第96編「紅蓮の翼」(愛は堕ちるのか、それとも飛翔するのか)
夜の街は、異様な静寂に包まれていた。どこからともなく聞こえる悲鳴、崩れ落ちた建物、焦げた匂い。世界は徐々に崩壊へと向かっていた。
この世界では、人間と「異形」の境界が曖昧になりつつあった。人間の中には突如として異形に変貌し、人々を襲う者が現れ、それを恐れた人間同士の暴力がさらに混乱を加速させていた。誰もが他人を疑い、恐怖の中で生きる日々だった。
その中で、少女・灯は一人で生き延びていた。家族を異形に殺され、自分もまた「異形の力」を宿す者として、隠れるように生きている。彼女の背中には、紅蓮の羽のような模様が浮かび上がっており、それが異形と人間の狭間にいることを示していた。
「私は人間なのか、それとも……」
何度自問しても答えは出なかった。彼女は夜の闇を彷徨いながら、その身を隠して生き続けるしかなかった。
そんな灯の前に現れたのが、少女・玲奈だった。玲奈は白髪と透き通るような肌を持ち、どこか儚げな雰囲気をまとっていた。彼女もまた家族を失い、一人で生きる者だったが、その瞳には不思議な力強さが宿っていた。
「君も、独り?」
玲奈がそう声をかけたとき、灯は一瞬戸惑った。しかし、その言葉には何か特別な響きがあり、灯は気づけば頷いていた。
「一緒にいる方が、安全かもしれない。……今の世界では。」
玲奈の提案に、灯は心のどこかで安堵を覚えた。この崩壊した世界で、誰かと寄り添えることの意味を、彼女は久しく忘れていた。
二人は、それから行動を共にするようになった。廃墟となった町を渡り歩き、食料や水を見つけ、夜は廃ビルの片隅で眠る。灯は次第に、玲奈の存在が自分にとってかけがえのないものになっていることに気づき始めていた。
ある夜、二人は街外れの廃工場で休息を取っていた。火を焚きながら、灯がふと口を開く。
「玲奈、どうしてこんな世界でもそんなに強くいられるの?」
玲奈は静かに灯を見つめ、少し笑った。
「強くなんてないよ。ただ……私は、この世界でもまだ大切なものがあると思ってる。」
「大切なもの?」
「そう。たとえば、灯。君みたいに、まだ人間らしい心を持っている人。それがある限り、この世界を諦めたくない。」
その言葉に、灯は胸が熱くなるのを感じた。玲奈の言葉が、自分の中にわずかに残る希望を揺さぶったのだ。
しかし、穏やかな時間は長く続かなかった。次の日、二人が歩いていると、突如として異形の群れが現れた。それらは一斉に襲いかかり、玲奈と灯は必死に逃げるが、行き場を失い、廃ビルの屋上に追い詰められる。
「もう、終わりか……」
灯はそう呟き、背中に浮かぶ紅蓮の模様を意識した。自分が異形の力を使えば、この状況を打破できるかもしれない。しかし、それは同時に人間としての自分を失うことを意味していた。
「灯、私が引きつける。その隙に逃げて。」
玲奈がそう言ったとき、灯は激しく首を振った。
「嫌だ!玲奈を置いてなんて行けない!」
その瞬間、灯の背中から紅い光が放たれた。彼女は異形としての力を解放し、巨大な紅蓮の翼を広げ、異形の群れに向かって飛び立った。
玲奈は目を見張った。灯の姿は人間とも異形ともつかない、しかしその目には明確な意志が宿っていた。
「灯……」
灯は異形の群れを次々と倒していったが、そのたびに自身の体が変化していくのを感じていた。自分が「人間」でいられなくなる恐怖。それでも、彼女は玲奈を守るために戦い続けた。
戦いが終わり、異形の群れはすべて倒された。灯は膝をつき、息を切らしていた。彼女の体は紅い光を纏い、完全に異形へと近づいていた。
玲奈が駆け寄り、そっと灯を抱きしめる。
「灯、あなたは変わってなんかいない。どんな姿になっても、私はあなたが私の大切な人だって分かる。」
灯の目に涙が浮かんだ。その言葉が、彼女にとって救いだった。
崩壊した世界の中で、二人は寄り添い、ただ静かに夜を見つめていた。その先に何が待っているかは分からない。それでも、二人でいる限り、少しでも未来を信じることができる気がした。




