第93編「光の降る航路で」(無限の星々を越えて、私たちは共に行く)
宇宙船のコックピットは、無数の星々の輝きに包まれていた。大きな窓の向こうには、果てしない漆黒の宇宙が広がり、その中を緩やかに航行する船体が、まるで星の海を漂う小舟のように見える。
操縦席に座るリナ・サリスは、ダッシュボードのスクリーンを操作しながら静かに溜息をついた。彼女の短く切りそろえられた黒髪が青白いモニターの光を反射している。その隣、サブシートには、ひとつ年下の相棒であるエレナ・ヴァリスが座っていた。長い銀髪がゆるやかに波打つように揺れ、その瞳は宝石のような青。エレナはモニターの輝きに負けないほどの輝きを内包しているように見えた。
「ねえ、リナ。この進路、本当に正しいの?」
エレナがスクリーンを覗き込みながら、やや疑わしげに声をかけた。その声は、宇宙の静けさの中で少し浮ついたように響く。
「間違いない。コンパスはちゃんと動いてるし、星図も一致してる。」
「でも、なんだか…ずっと同じ星ばっかり見てる気がする。進んでるのか、それとも迷ってるのか、よくわからなくなるのよね。」
リナは苦笑しながらエレナの方に顔を向けた。その瞳に浮かぶ不安を見つけ、彼女は思わず手を伸ばした。そして、エレナの肩を優しく叩く。
「進んでるよ、大丈夫。星っていうのはね、たとえ動いていても、距離が遠いからいつまでも同じ場所にいるように見えるんだ。それでも、私たちは確実に目標地点に近づいてる。」
「ほんとに?」
「ほんとに。」
リナの言葉に、エレナは小さく笑みを返す。その笑顔があまりにも愛らしく、リナは一瞬だけ心臓が跳ねるのを感じた。たった一人の相棒との孤独な航海は、こんな瞬間に救われる。宇宙がどんなに広くても、彼女と一緒なら怖くないと思えるのだ。
「ねえ、リナ。」
「ん?」
「こうして二人で旅をしてると、宇宙って広いけど、どこか狭い気もするよね。」
「どういうこと?」
「だって、どんなに広い空間を飛んでいても、私たちの世界はこの船の中だけだから。リナがここにいないと、宇宙が全部空っぽに見えるの。」
その言葉にリナは一瞬だけ目を見開き、それから深く息をついた。
「エレナ、それってずるい言葉だな。」
「どうして?」
「そんな風に言われたら、私が離れるわけにいかなくなる。」
エレナはくすくすと笑いながら、リナの腕に頭を軽く預けた。その仕草にリナは少し照れたように肩を竦めたが、エレナを拒むことはしなかった。
「ねえ、リナ。」
「まだ何かある?」
「この先、どんな星にたどり着いても、リナがいるならそれでいいや。だから、迷子になっても平気だよ。」
エレナの小さな声が、宇宙の静けさに溶け込んでいく。リナはもう一度彼女の肩に手を置き、そっと微笑んだ。
「安心して、エレナ。どんなに遠くても、どんなに迷っても、私は絶対に君を一人にしないから。」
二人の視線が交差する。星の光もかすむほどの静かな輝きが、二人の間に流れた。
外の宇宙はどこまでも広がり、彼女たちの航路はまだ終わりが見えない。それでも、この船の中には確かな絆とぬくもりがあった。それが、何よりも大切なものだった。




