第810編「契リの社」(愛は、血よりも深く結ばれる)
夜の森は静かだった。
ただ、神社の奥にある「契リの社」だけが、ほのかに燭火を揺らめかせている。
燈女は、その小さな社の前で膝を折ると、隣に立つ縁を見上げた。
「……本当に、やるの?」
縁は黙って頷いた。
この村には、「契リの儀式」と呼ばれる因習がある。長年、男神を祀らず、女神のみを信仰してきたこの地では、血統ではなく「魂の繋がり」が重視される。そして、特別な相手と「契リ」を交わした者たちは、生涯、互いを離れることなく生きることを誓わなければならない。
「燈女が嫌なら、やめてもいいのよ」
そう言う縁の声は優しかったが、その指先は微かに震えていた。
燈女は苦笑する。
「嫌なわけないよ。ただ……こういうの、怖いなって思うの」
「何が?」
「契リの社で結ばれた者は、来世でもまた巡り合うっていう、あの言い伝え」
社の奥には、「契リ紙」と呼ばれる古びた巻物が納められている。そこには、代々この儀式を交わした者たちの名が記されているという。そして、それらの名は、何世代にもわたって繰り返し現れるのだ。
「つまり……私たち、何度も何度も、同じことを繰り返してるんじゃないかって」
燈女の呟きに、縁はそっと手を握る。
「それでもいい。私は、何度生まれ変わっても、燈女を選ぶ」
月明かりの下で、彼女の瞳は揺るぎなく輝いていた。
「……もう」
燈女は、縁の頬にそっと触れ、唇を重ねる。
——その瞬間、社の灯がふっと揺らめいた。
「契リの神が、見てる……」
「いいよ。見せつけてやろう」
互いの指を絡め、誓うように、何度も何度も、深く口づけを交わした。
やがて、社の奥で古びた契リ紙が、誰にも見られることなく、一文字を書き加えた。
——それは、もう何度目かの名だった。




