第808編「万象の囁き」(この世界のすべてが、あなたを愛している)
森の奥深く、巨木の根元に並んで座り、ふたりはそっと目を閉じる。
「……聞こえる?」
鈴音の囁きに、透花は静かに頷いた。
葉擦れの音、風が土を撫でる気配、木々が呼吸する鼓動。それだけではない——大地の奥で蠢く水脈、遠くの山が発する微細な震え、そして、目には見えない存在たちの声。
「今日は、森が優しいね」
「うん。たぶん、昨夜の雨で潤ったから……みんな機嫌がいいんだよ」
透花は、鈴音の指をそっと握る。その手は少しひんやりとしていて、けれど確かな温もりを秘めていた。
シャーマンとして生きる鈴音は、万象に宿る精霊たちと対話し、彼らの感情を感じ取ることができる。そして透花もまた、万物に意識が宿るというパンサイキズムの思想を信じ、それを肌で感じることのできる存在だった。
ふたりが触れ合うことで、森はさらにざわめきを増す。
「ねえ、今日の精霊たちは……なんて言ってるの?」
「ふふっ」
鈴音は微笑み、透花の耳元にそっと唇を寄せる。
「——『あなたたちは美しい』、だって」
くすぐったくて、透花は思わず肩をすくめる。
「精霊もずいぶん甘いことを言うんだね」
「それだけ、私たちが響き合ってるってこと」
透花は鈴音の頬をそっと撫でた。彼女の髪は森の香りに満ち、瞳は深い湖のように澄んでいる。
「……鈴音のすべてが、私には響いてるよ」
「透花……」
囁きとともに、そっと唇を重ねる。触れた瞬間、周囲の空気が震えた。葉が擦れ、遠くの梢で鳥が羽ばたく音がする。
森が、ふたりの愛を祝福しているのだ。
「この世界のすべてが、あなたを愛しているよ」
「……うん。私も、あなたを愛してる」
手を重ね、心を交わし、ふたりは世界とともに息づいていた。




