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百合ショートストーリー集 ~百合好きなのでさまざまなジャンル・シチュエーションの百合を描いていきます~  作者: 霧崎薫


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第75編「夕暮れに咲く薔薇」(風に逆らう愛が、私たちを結ぶ)

 アメリカ南部の広大な平原に広がるグリーンヒル農園。その美しい屋敷には、ローザ・ハーウッドという少女が住んでいた。ローザは農園の次女で、周囲からは気まぐれで強情だと言われることが多かった。しかし、その黒い髪と緑色の瞳、はっきりとした物言いは、町の青年たちを魅了してやまなかった。


 だが、ローザの心はいつも落ち着かなかった。社交界に出るときも、舞踏会で踊るときも、彼女は心の中で何かが欠けているように感じていた。どんなに美しいドレスを着ても、どんなに周囲に褒めそやされても、彼女の胸の奥にはいつも虚しさがあった。


 そんな彼女の世界に、ある日新しい風が吹き込んだ。それは、彼女の親友だったエヴァ・ブレナンの再訪だった。


---


 エヴァは隣町の名家の娘で、ローザとは幼い頃からの友人だった。だが、エヴァが東部の学校に通うようになってから、二人はしばらく会えない日々が続いていた。そして、この日、数年ぶりにエヴァがグリーンヒル農園を訪れたのだ。


 「エヴァ!」

 ローザは馬車から降り立った彼女を見つけると、躊躇することなく駆け寄り、その手を掴んだ。

 「本当に久しぶりね!もう何年も待っていたのよ。」

 エヴァは微笑みながら答えた。

 「私もよ、ローザ。あなたに会いたくてたまらなかった。」


 エヴァはローザと違い、柔らかな雰囲気をまとった女性だった。彼女の金色の髪は陽の光を受けて輝き、その青い瞳はどこまでも優しさを湛えている。だが、その瞳の奥には、東部での生活で得た経験がもたらした落ち着きと知性が宿っていた。


---


 エヴァが農園に滞在している間、ローザの心は彼女の存在で満たされていった。二人は馬車で遠くの丘まで出かけたり、夜にはピアノを弾きながら一緒に歌ったりした。その時間は、ローザにとって何よりも幸せだった。


 だが、ローザの心には、次第に言葉にできない感情が芽生えていった。それは、ただの友情ではない何かだった。エヴァと笑い合うたびに、彼女の笑顔をもっと見たいと思い、エヴァの声を聞くたびに、その声がいつまでも自分だけのものであってほしいと願ってしまう。


 ある夕暮れ、二人は農園の広場で座っていた。空は赤く染まり、遠くの森が影となっている。ローザは静かに口を開いた。

 「エヴァ、私は……どうしてこんなにあなたといると安心するのかしら。」

 エヴァは少し驚いたようにローザを見たが、すぐに微笑みを浮かべた。

 「それはきっと、私たちが特別な関係だからよ。」

 「特別?」

 「ええ。ローザ、私は……あなたがとても大切なの。」


 その言葉に、ローザの心臓が一瞬跳ねた。そして、自分が何を求めているのかを初めて理解した。だが同時に、彼女の心にはもう一つの感情が生まれた。それは恐れだった。この想いが社会の中でどれほど異質なものかを、彼女は本能的に感じ取っていたのだ。


---


 その夜、ローザは一人ベッドの中で目を閉じながら考えた。この感情をエヴァに伝えてもいいのだろうか?彼女が自分と同じ気持ちを抱いているのかどうかは分からない。たとえそうだったとしても、家族や社会がそれを許すはずがない。


 次の日の朝、ローザは意を決してエヴァを呼び出した。農園の奥にある薔薇の庭で、二人だけの時間を過ごす。花々の香りが漂う中、ローザはついに声を震わせながら言葉を紡いだ。

 「エヴァ、私は……あなたがいなくなるのが怖いの。もしあなたがいなくなったら、私はどうしたらいいのか分からない。」

 エヴァはその言葉を聞き、そっとローザの手を握った。

 「ローザ、私もよ。同じ気持ち。」


 その瞬間、二人の距離は一気に縮まった。誰にも許されないかもしれない、けれど真実の心が交わった瞬間だった。


---


 だが、エヴァが滞在する時間には限りがあった。東部の家族が彼女を待っている。そして南部の空気は、戦争という新たな嵐の気配を帯び始めていた。


 出発の日、ローザはエヴァを見送るために農園の門の前に立っていた。

 「ローザ、いつかまた会いましょう。必ず。」

 「ええ、必ず。あなたがいなくても、私はこの農園を守るわ。だから……生きていて。」


 二人は強く抱きしめ合い、エヴァは涙を浮かべながら馬車に乗り込んだ。その姿が遠ざかる中、ローザはただ静かに立ち尽くしていた。


---


 エヴァが去った後も、ローザの心には彼女が残した温もりが生き続けていた。そして、どんな嵐が訪れようとも、ローザは自分の心に忠実であろうと決意した。それがたとえどんなに孤独な道であっても。


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