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百合ショートストーリー集 ~百合好きなのでさまざまなジャンル・シチュエーションの百合を描いていきます~  作者: 霧崎薫


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第73編「龍の島の影と光」(拳で切り開く明日、心で繋がる未来)

 太陽が海の向こうに沈みかけるころ、小さな船が波間を進んでいた。目的地は、東南アジアの海域に浮かぶ孤島。その島は「龍の島」と呼ばれ、招待制の武術大会が開かれる場所だった。大会の噂は世界中に広がり、武術家たちが集まる一方で、島には暗い影が潜んでいると囁かれていた。


 船の甲板に立つ一人の女性、レイ・サイファーは鋭い目つきで島を見据えていた。彼女は拳法の達人で、過去に数々の大会で名を馳せてきたが、この大会に出場する目的はただの栄光ではなかった。


 「目的地が見えてきましたよ。」

 船長の声に、レイは頷き、隣にいるもう一人の女性を振り返る。彼女の名前はミナ・リン。小柄で控えめな雰囲気の彼女だが、その瞳の奥には強い意志が宿っていた。


 「準備はいいか、ミナ?」

 「ええ。私はあなたについて行くだけ。でも、もし何かあれば……私も戦うわ。」

 その言葉に、レイは小さく笑った。

 「その必要がないようにするよ。」


---


 島に到着すると、すでに多くの参加者たちが集まっていた。様々な流派の武術家たちが、武器を持ち、あるいは素手で戦う準備を整えている。その中には明らかにただの参加者ではない者たちも混ざっていた。


 「雰囲気が……異様ね。」

 ミナが小声で呟く。彼女はレイのすぐ後ろを歩きながら、周囲を警戒していた。島の中心にある大きな館に入ると、豪華な装飾が施されたホールが広がり、参加者たちが次々と案内されていく。


 「レイ・サイファー、あなたはこちらへ。」

 案内役の男が低い声で告げた。レイとミナは目を合わせ、一瞬の間を置いてから頷き、指示に従った。


---


 その夜、歓迎パーティーが開かれた。美しい音楽と盛大な宴が繰り広げられる中、レイは会場を歩き回りながら周囲を観察していた。一見すると豪華な舞台だが、その裏に何かが隠されている気配を感じる。


 「レイ、あの人……。」

 ミナが指差した先には、一人の女が立っていた。赤いチャイナドレスをまとい、冷たい美しさを持つその女性の名前はファン・シェン。この大会のホストであり、島を支配する人物だった。


 「彼女が全ての鍵を握っている。」

 レイは小声でそう言うと、ゆっくりとシェンに近づいた。

 「あなたがこの島の主か。」

 シェンは薄く微笑み、レイを見上げるようにして答えた。

 「そうよ。あなたがレイ・サイファーね。聞いているわ、数々の武勇伝を。」

 「あなたがこの島で何をしているのか、それも聞いている。」

 レイの言葉に、シェンは一瞬だけ目を細めたが、すぐに微笑みを取り戻した。

 「面白い。では、見届けなさい。あなたが知りたいことは、すべて明日の大会で明らかになるわ。」


---


 翌日、武術大会が始まった。参加者たちが次々と戦い、勝者が歓声を浴びる中、レイも戦いを重ねていった。その強さは圧倒的で、彼女が一度も負けることなく進んでいく姿は、他の参加者たちの間で話題となった。


 だが、レイの心は戦いだけに向いていなかった。彼女の真の目的は、大会を隠れ蓑にして行われている「取引」の証拠を掴むことだった。この島は、違法な武器取引の中心地であり、その首謀者がシェンだという情報をレイは掴んでいたのだ。


 「レイ、見つけたわ。」

 試合の合間、ミナが小さな声で耳打ちした。彼女は大会中に隠れながら島を探索し、地下にある秘密の部屋を発見していた。

 「やるな、ミナ。」

 レイは微笑みながら拳を握りしめた。


---


 大会の最終ラウンド、レイはシェンと対峙した。会場は静まり返り、二人の間に緊張が走る。

 「ここまで来たのは見事ね。でも、あなたに勝つのは私よ。」

 「勝つのは私だ。そして、この島の闇も終わらせる。」


 島の中心にそびえる石造りの闘技場は、観衆のざわめきで満たされていた。月明かりが薄く差し込む中、火を灯した松明が揺れ、闘技場全体に不気味な影を作り出している。最終ラウンドの鐘が鳴り響き、観客の歓声が一段と高まった。大会の頂点をかけた戦いが今、始まろうとしていた。


 レイ・サイファーは闘技場の中央に立ち、深く息を吸い込んだ。彼女の額にはこれまでの戦いでついた傷があり、汗がそれを伝って滴り落ちる。だが、その目は鋭く、揺るぎない決意が宿っていた。対するは島の支配者、ファン・シェン。赤いチャイナドレスに黒い帯を締めたその姿は、圧倒的な威圧感を放っている。彼女の動きには隙がなく、まるで獲物を狙う猛禽のようだ。


 「ここまで来るとは大したものね、レイ。」

 シェンの冷たい声が響く。その瞳には薄い笑みが浮かんでいたが、その奥には油断のない鋭さがあった。

 「あなたを倒し、この島の闇を終わらせる。それだけだ。」

 レイは拳を握りしめ、静かに構えを取った。


---


 開始の合図とともに、二人は鋭いスピードで動き出した。シェンが繰り出すのは連続した蹴り技だった。足はまるで鞭のようにしなやかに、そして速く、空を裂く音を立てて迫ってくる。レイは一瞬の反応でその蹴りをかわしながら、反撃のパンチを放つ。しかし、シェンはそれを予測していたかのように流れるような動きで避け、逆に肘打ちを繰り出してきた。


 その肘打ちがレイの肩に直撃し、彼女はわずかに後退する。だが、すぐに体勢を立て直し、低い構えから素早い蹴りを放つ。それはシェンの腹部を狙った正確な一撃だったが、シェンは寸前でその蹴りを受け止めると、反対の足で回し蹴りを返した。その蹴りは風を巻き起こし、レイの頬をかすめる。


 「なかなかやるじゃない。」

 シェンが冷静な口調で言うが、その動きは一瞬たりとも止まらない。今度は踏み込んで拳を繰り出し、近接戦に持ち込んでくる。彼女の拳は正確で力強く、一撃一撃がレイのガードを打ち砕こうとしていた。


---


 二人の間の攻防は激しく、周囲の観衆が息を呑んで見守るほどだった。レイはシェンの猛攻を何とかかわしつつ、逆転の一撃を狙っていた。シェンの動きは洗練されている。無駄がなく、美しく、すべての技が殺意を伴っていた。だが、レイにはそれ以上の執念があった。彼女はこの戦いをただの試合ではなく、自分の使命そのものとして捉えていた。


 「諦めたら楽になるのに。」

 シェンが嘲笑のように言いながら、鋭い手刀を繰り出す。その一撃はレイの顔すれすれを通り過ぎ、次の瞬間には膝蹴りが飛んできた。レイはそれを紙一重で避け、カウンターの肘打ちを放つ。ついにその一撃がシェンの肩にヒットし、彼女はわずかにバランスを崩す。


 「その程度で満足?」

 しかし、シェンはすぐに体勢を立て直し、さらに素早い動きで反撃を開始する。空中で回転しながら放たれる蹴り。その美しさと破壊力に、観衆からどよめきが起きる。レイはとっさに腕を上げてガードするが、その衝撃で体が数歩後退した。


---


 レイの息は荒くなっていた。全身が痛み、視界がぼんやりしてくる。それでも、彼女の心は折れていなかった。ふと、闘技場の外でミナが見守っていることを思い出す。彼女の存在が、レイにもう一度立ち上がる力を与えた。


 「これで終わりだ!」

 シェンがそう叫びながら、最後の一撃を狙う。彼女は全身の力を込めて突きを放った。その速度と威力はこれまでのどの技よりも圧倒的だった。だが、レイはその瞬間、冷静さを取り戻していた。彼女はその突きをわずかに外すように身をかわし、同時に全力のアッパーカットをシェンの顎に叩き込んだ。


 衝撃でシェンの体が一瞬浮き上がり、そのまま地面に崩れ落ちる。闘技場は静寂に包まれた。


---


 レイは大きく息をつきながら、膝をついて座り込む。観客の中から拍手と歓声が湧き上がり、彼女が勝利したことを祝福していた。しかし、レイにとって重要なのは勝利そのものではなかった。この島を闇から解放し、もう一度人々が自由に生きられる場所にする。それが彼女の使命だった。


 立ち上がると、ミナが駆け寄ってきた。

 「レイ!大丈夫?」

 「ああ、なんとかね。でも、まだやることがある。」

 レイはそう言って、ミナの手を取り、優しく微笑んだ。

 「君のおかげだよ。ありがとう、ミナ。」


---


 その夜、島を去る船の上で、レイとミナは並んで座っていた。

 「これで終わったの?」

 ミナが尋ねると、レイは海を見つめながら答えた。

 「ああ。でも、まだこれからだ。この世界には闇が多すぎる。」

 「じゃあ、また一緒に行きましょう。どこまでも。」

 ミナの言葉に、レイは微笑んだ。

 「君がいれば、どこにでも行けるさ。」


 二人の影が月明かりに溶け込みながら、船は遠くの地平線へと向かっていった。


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