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百合ショートストーリー集 ~百合好きなのでさまざまなジャンル・シチュエーションの百合を描いていきます~  作者: 霧崎薫


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第67編「記憶の砂に咲く花」(偽りの記憶に埋もれた真実の愛を、あなたは信じられるか)

 世界は二つに分かれている。青い空の下で太陽を浴びる「地上」と、赤い空と薄暗い照明が支配する「地下」。地上は富と繁栄を享受する特権階級の住処であり、地下はそのための資源を提供する労働者たちの世界だった。


 地下では、酸素は薄く、空気は煤けている。そこに住む人々は、過酷な労働と貧しい生活に耐えながら生きている。その一方で、地上の人々は記憶の編集技術を使い、自分たちの都合の良い人生を設計していた。本物の記憶を削除し、作り上げられた幸福な偽りの記憶に満ちた人生。それが地上の住人たちの特権だった。


 そんな世界の地下都市「ヴェルナ」に住む一人の少女、ミア。彼女は廃工場で働く日々の中、毎夜奇妙な夢を見る。それは、自分が地上の美しい庭園を歩き、誰かの手を握っている夢だった。夢の中で彼女が手を握っているのは、顔がぼやけて見えない誰か。だが、その感触だけはなぜか懐かしいものだった。


 「また、あの夢を見た。」

 ミアは、唯一の友人であるリナに話した。リナは同じ廃工場で働く少女で、ミアよりも少しだけ歳上だった。リナは彼女の話を聞いて微笑む。

 「きっと前世の記憶とかじゃない?」

 「そんなの、信じてないくせに。」

 「まあね。でも、その夢があるから少しは救われるんでしょ?」

 リナの言葉に、ミアは頷く。それは事実だった。この荒んだ世界で、夢の中の美しい庭園と温かな感触だけが彼女を生かしていた。


---


 ある日、地下都市に地上からの調査団が訪れた。彼らは「生活環境改善」と称して地下の状況を視察していたが、誰も本気で改善する気などないことは明白だった。その中に、一人の少女がいた。彼女の名前はエリス。肩までの黒髪が印象的で、どこか冷たさを感じさせる整った顔立ちをしている。


 ミアが工場の片隅で作業をしていると、エリスと目が合った。ほんの一瞬のことだったが、エリスの目には何か引き寄せられるものがあった。ミアは思わず手を止めて見つめ返した。すると、エリスがゆっくりと歩み寄り、小声でこう言った。

 「……君、どこかで会ったことがある?」

 「え……?」

 ミアは戸惑った。会ったことがあるわけがない。自分は地下に生まれ、地下で生きてきた。地上の人間と接点などあるはずがない。

 「いえ……多分、人違いです。」

 そう答えると、エリスは少しだけ困ったような顔をして微笑んだ。その笑顔が、夢の中の「誰か」に似ていることに、ミアは気づいてしまった。


---


 その夜、ミアは廃工場の片隅で小さなデバイスを拾った。それはエリスが落としたものらしく、表面に「Mnemosyne」という刻印がされていた。好奇心に駆られてデバイスを起動すると、驚くべき映像が映し出された。それは、地上の豪奢な庭園でミアとエリスが笑い合っている記録だった。


 「何、これ……?」

 映像の中の自分は、まるで別人のようだった。地下の生活の痕跡は一切なく、美しいドレスを身にまとい、楽しげに微笑んでいた。隣にはエリスがいて、二人の姿は親密そのものだった。


 翌日、ミアはエリスを探し出し、デバイスを突きつけた。

 「これ、何なの?」

 エリスは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに目を伏せた。

 「君に本当の記憶を返すべきか迷ってた。でも、もう隠す理由はないね。」

 エリスの話によると、ミアはかつて地上で暮らしていたという。二人は恋人同士だったが、ある出来事をきっかけに、地上政府の記憶操作プログラムによって記憶を消され、地下に追放されたのだ。


 「じゃあ、あの夢は……?」

 「君が地上にいた頃の記憶の断片だよ。」


 ミアは頭を抱えた。自分が信じていたものが根底から崩れる感覚。しかし、エリスの目を見ていると、彼女の言葉が嘘ではないと感じた。夢の中で手を握っていた「誰か」は、この目の前の少女だったのだ。


---


 二人は地上への道を探す決意をした。だが、それは簡単なことではない。地下と地上を繋ぐ道は厳重に管理されており、不法に通る者には容赦ない罰が待っていた。しかも、エリスが地上の住人であることが発覚すれば、彼女自身も危険な立場に立たされる。


 それでも、エリスは言った。

 「君とまたあの庭園に行きたい。それが、私のすべてだから。」


 ミアは彼女の手を握り返した。

 「私も、本当の私を取り戻したい。そして、あなたと一緒に生きたい。」


 二人は廃工場の地下に隠された古いトンネルを通り、地上を目指す旅を始めた。酸素の薄い地下の最深部で命の危機にさらされ、地上の追跡者から逃げる中で、互いの手を離さなかった。


---


 ついに二人は地上にたどり着いた。そこには夢で見た通りの美しい庭園が広がっていた。花の香り、青い空、暖かな日差し。それはミアにとって、初めて体験する世界だった。


 「ここが……私たちがいた場所。」

 エリスは微笑みながら、ミアの手を引いた。その先には、大きな木の下にベンチがあり、二人が笑い合っている記憶の中の風景が広がっていた。


 ミアは涙を浮かべながら呟いた。

 「ここが、私たちの始まりだったんだね。」

 エリスはそっとミアの肩を抱き寄せた。

 「そして、またここから始まるんだよ。」


 二人はその場に座り、青い空を見上げた。この世界にはまだ多くの危険が潜んでいる。だが、二人が一緒である限り、どんな記憶の改ざんも、どんな障害も乗り越えられる気がした。


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