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第6編「永遠に還る庭」(薔薇の中でわたしたちは出逢った……)

**Novel Output:**

**Title:「永遠に還る庭」**


 小雨の降る庭に、フィオナは立っていた。石畳には水たまりが点々と広がり、その中に映る空は灰色に染まっている。咲き乱れるはずの薔薇も、雨に打たれてその重さに頭を垂れていた。それでもフィオナは、一歩も動かずにただその場に立ち尽くしていた。


 彼女の足元には、誰かが落としたであろう銀色のブローチがひっそりと転がっていた。フィオナはそれを拾い上げると、雨に濡れた指先でその模様をなぞった。ブローチには一羽の小鳥が刻まれている。


 「まさか、エヴリンの……?」

 その名前を口にした瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走る。十年前の夏の記憶が、雨のように降り注いできた。


---


 エヴリンと初めて会ったのは、この庭だった。フィオナが大学を卒業した年、家族が買い取った古い屋敷。その庭には、どこか異世界に通じているかのような独特の空気が漂っていた。


 エヴリンは庭師だった。髪を無造作に後ろで束ね、土のついた手袋をしている彼女は、最初からこの庭に溶け込む存在だった。フィオナは、エヴリンに気づかれるのが怖いような気がして、声をかけることができなかった。


 だが、ある日、エヴリンが声をかけてきた。

 「お嬢さん、あの薔薇、気に入った?」

 振り返った先には、微笑むエヴリンの顔があった。その目は、まるでこちらの心を覗き込んでいるような鋭さと優しさを同時に秘めていた。


 「ええ、とても綺麗で……。」

 言葉を選んでいる間にも、エヴリンは手にした剪定バサミを軽やかに動かし、薔薇の花を一輪切り取った。


 「じゃあ、これはお嬢さんに。」

 差し出された薔薇を受け取ると、彼女の指先がほんの一瞬触れた。その瞬間、胸の中に何かが芽生えた。それが何なのか、フィオナにはまだ分からなかった。ただ、その感覚が忘れられなかった。


---


 それからの二人は、雨の日も晴れの日も、庭で顔を合わせるようになった。エヴリンは花や植物の話をするのが好きで、フィオナは彼女の話を聞くのが好きだった。


 「花っていうのは、人の感情と似ていると思わない?」

 エヴリンがそう言ったとき、フィオナは思わず聞き返した。

 「どういう意味?」


 「例えばこの薔薇。咲いているときは美しいけど、それも一瞬で、すぐに枯れてしまう。それでも、また新しい蕾が生まれるんだよ。」

 エヴリンの指が優しく薔薇の花びらをなぞる。その仕草を見つめているうちに、フィオナは自分が何を感じているのかに気づき始めた。


 それは恋だった。


 フィオナはその気持ちを、どうやってエヴリンに伝えればいいのか分からなかった。ただ、エヴリンと同じ空間で、同じ空気を吸い、彼女の話を聞いているだけで十分だと思っていた。


 だが、その幸せは長くは続かなかった。


---


 十年前の嵐の日、エヴリンは突然姿を消した。

 フィオナは屋敷中を探し回ったが、彼女の姿はどこにもなかった。唯一見つかったのは、庭の片隅に落ちていた銀色のブローチだけだった。


 それからのフィオナは、エヴリンのことを忘れることができなかった。誰に聞いても、エヴリンという名前の庭師のことを知る者はいなかった。彼女が実在したのか、それとも自分の幻想だったのかさえ、分からなくなりそうだった。


---


 現在に戻る。雨が弱まり、庭に薄い霧が立ち込めてきた。フィオナはブローチを握りしめ、再び薔薇の茂みに目をやった。すると、霧の向こうに人影が見えた。


 「エヴリン……?」

 その名前が自然と口をついて出る。


 人影はゆっくりと近づいてくる。雨に濡れた髪を無造作に束ね、土のついた手袋をしている。その姿は十年前とまったく変わらなかった。


 「久しぶりだね、フィオナ。」

 懐かしい声が耳を震わせる。フィオナの目から涙があふれた。


 「どこに行ってたの?どうして何も言わずに消えたの?」

 エヴリンは優しく微笑むと、フィオナの頬に手を伸ばし、その涙を指先で拭った。


 「ごめんね。でも、私の帰る場所は、ずっとここしかなかった。」


 エヴリンが何を意味しているのか、フィオナには分からなかった。ただ一つだけ分かったのは、目の前にいる彼女が紛れもなく、自分が愛し続けてきたエヴリンその人だということだった。


 雨が上がり、薄日が庭に差し込む。薔薇の花びらが光を受けて輝き、二人の周囲を包み込むようだった。


 「これから、もうどこにも行かないで。」

 フィオナがそう言うと、エヴリンは黙って頷いた。その頷きが、全ての答えのように感じられた。


 二人は手を繋ぎ、再び咲き誇る薔薇の中を歩いていった。永遠に続く庭の中で、彼女たちはようやく一つになれたのだ。


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