第45編「琥珀色の微熱」(夕陽の中で交わる二人の視線、それは心の中の新しいページをめくる)
放課後の図書室は、校舎の中でもひときわ静かな場所だった。夕陽が差し込む窓辺の机で、九条瑛美は一冊の分厚い小説を読んでいた。ページをめくる指先の動きは丁寧で、長いまつ毛の影が頬に映り込む。その姿は、まるで絵画の中の一場面のようだった。
「また読んでるのね。」
声をかけたのは、南条真帆。瑛美と同じクラスで、どちらかというと活発な性格の彼女は、図書室に似つかわしくない軽やかな歩き方で瑛美の隣に腰を下ろした。
「うん。」
瑛美は視線を本から離さずに短く答えたが、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。
真帆は、そんな瑛美の横顔をじっと見つめた。細い首筋に揺れる髪、薄く開いた唇の微妙な動き。どれをとっても、真帆には「綺麗」としか思えなかった。
「ねえ、瑛美。」
「なに?」
「どうしてそんなに本が好きなの?」
真帆の問いに、瑛美はふっと微笑んだ。その笑顔は柔らかく、けれどどこか遠いものを思わせた。
「……本の中の人たちはね、本当に自由だから。現実よりも、もっと自由に生きている気がするの。」
「ふうん。でも、瑛美も自由だと思うよ?」
「そう?」
瑛美の言葉に、真帆は少しだけ考え込むような顔をした。
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その日の帰り道、真帆は瑛美と一緒に校門を出た。二人が並んで歩くのは珍しいことではなかったが、今日はいつもと少し違う空気が流れているように感じた。
「ねえ、瑛美。」
「なに?」
「今日、うちに寄っていかない?」
「え?」
真帆の唐突な誘いに、瑛美は目を瞬かせた。真帆の家に行くのは初めてではなかったが、学校帰りに誘われることはあまりなかったからだ。
「別に、何か特別な理由があるわけじゃないよ。ただ、瑛美と一緒にいたいなって思っただけ。」
その言葉に、瑛美は少しだけ顔を赤らめた。そして、控えめに頷いた。
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真帆の部屋は、彼女の性格を映し出すようにカラフルで明るい空間だった。ベッドの上にはクッションが並び、机の上には雑誌やアクセサリーが無造作に置かれている。その中で、瑛美は少しだけ所在なさげに座っていた。
「はい、これ。紅茶だけど、大丈夫?」
真帆が差し出したカップを受け取りながら、瑛美は微笑んだ。
「ありがとう。」
真帆は瑛美の隣に腰を下ろし、少しだけ体を近づけた。その動きが自然だったのは、彼女自身がそうすることを当たり前だと思っていたからだろう。
「ねえ、瑛美。」
「なに?」
「……私、瑛美のこと、可愛いなって思うんだ。」
不意にそんなことを言われて、瑛美は驚いて真帆を見た。
「え、どうして?」
「どうしてって……瑛美の全部が可愛いんだもん。たとえば、その髪の毛の触り心地とか。」
真帆はそう言って、瑛美の髪を指先でそっとすくった。
「ちょ、ちょっと、やめてよ。」
瑛美は困ったように顔を背けたが、その表情は怒っているというよりも、むしろ照れくさそうだった。
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その後も、二人は他愛のない話をしながら時間を過ごした。気づけば夕焼けが窓の外を染めていて、部屋の中に長い影を落としている。
「そろそろ帰らないと。」
瑛美が立ち上がると、真帆は少しだけ残念そうな顔をした。
「もうちょっといてくれてもいいのに。」
「遅くなったら心配されるから。」
瑛美が微笑むと、真帆は仕方なさそうに頷いた。そして、玄関まで彼女を見送るとき、不意にその手を掴んだ。
「ねえ、瑛美。」
「なに?」
「……今日はありがとう。瑛美がいてくれるだけで、私、本当に幸せなんだ。」
その言葉に、瑛美は驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「私も。真帆といると、なんだか安心する。」
その一言が、真帆の心に深く響いた。




