第44編「わたしのはじめて、あなたと」(はじめての気持ち、それはきっと永遠になる)
高校三年生の夏。私は、人生で一番ありえない「初体験」をすることになった。
「えっ、うちにしばらく住むって……どういうこと!?」
放課後、自宅のリビングで母がさらりと言った言葉に、私は声を張り上げた。
「ほら、麻衣ちゃんの幼馴染の千晶ちゃん、覚えてるでしょ?」
「え、千晶?」
記憶を掘り返すと、小さい頃、よく遊んでいた子供の頃の友達の名前が浮かんだ。だけど、それはもう何年も前の話だ。
「お父さんの仕事の関係で、千晶ちゃんがちょっと家に泊まることになったの。よろしくしてあげてね。」
「いや、そんな急に言われても……」
そうこうしているうちに玄関が開き、カツカツと軽快な音が響いた。振り返ると、そこには、長い髪をさらりとなびかせた見目麗しい女の子が立っていた。
「麻衣、久しぶり。」
微笑むその顔は、確かに千晶の面影を残しているけれど、大人びた美貌に成長していた。目を見張るほど綺麗で――正直、私は息を呑んだ。
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その夜、私たちは同じ部屋で寝ることになった。二段ベッドの下段に寝転がりながら、天井をぼんやり見上げていると、千晶が声をかけてきた。
「麻衣、覚えてる? 昔、私たち、よく一緒にお風呂入ってたよね。」
「え、あ、そんなこともあったっけ。」
突然そんな話をされて、私は動揺した。
「ふふ、あの頃の麻衣、すごくかわいかったな。」
「いや、やめてよ! そういうの。」
千晶は楽しそうに笑う。その無邪気な笑顔に、私の胸は何かを掻き立てられるような感覚を覚えた。
その夜、なぜか私はなかなか眠れなかった。隣で穏やかに寝息を立てる千晶を横目に見ながら、胸の奥に芽生えた奇妙な感情に戸惑っていた。
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翌日から、千晶との生活が始まった。学校も同じで、クラスも偶然隣同士。これまで一人で過ごしていた日常が、千晶の存在によってどんどん変わっていった。
千晶は何をしても絵になるような女の子で、男子はもちろん、女子からも注目の的だった。一緒にいると、自然と私も目立つようになり――それがなんだか、少し嬉しかった。
「麻衣、こっちおいでよ。」
千晶が教室の隅で手を振ると、私はなぜか胸が高鳴った。彼女が私を見つめる視線に、他の誰もいない特別な空間を感じてしまうのだ。
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そんなある日の放課後、千晶が突然言い出した。
「ねえ、麻衣。私たち、もっと特別なこと、しない?」
「特別なことって……何?」
「秘密の場所、教えてあげる。」
千晶に連れられたのは、学校の裏山の展望台だった。夕陽が一面に広がり、町の風景が一望できるその場所で、千晶はじっと私を見つめた。
「麻衣、私ね、ずっと言いたかったことがあるんだ。」
「え……?」
「私、麻衣が好き。ずっと、好きだった。」
その言葉に、私は言葉を失った。胸がドキドキと高鳴り、何も言えなくなってしまう。
「驚かせちゃった?」
千晶が少し不安げに微笑む。
「……私も。」
気づけば、私の口からそんな言葉が出ていた。千晶の瞳が驚きに揺れる。
「私も、千晶が好きだよ。」
夕陽が二人を包み込み、私たちはそっと手を取り合った。その瞬間、心の中で何かが弾けたような気がした。
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それから私たちは、秘密の関係を始めた。家ではもちろん、学校でも、お互いに目を合わせるだけで胸がときめく。千晶が隣にいるだけで、私の世界は明るくなった。
でも、この気持ちを誰にも知られたくなかった。だって、こんな感情は普通じゃない――そう思っていたからだ。
ある日、千晶が私の耳元で囁いた。
「麻衣、私たちが特別じゃないなら、こんなに幸せなわけないよ。」
その言葉に、私は救われた気がした。
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夏の終わり。千晶が家を出る日が近づいてきた。
「千晶、行っちゃうの?」
「うん。でも、大丈夫。麻衣がいる限り、私たちは離れないよ。」
千晶が優しく微笑み、私の手を握った。その手の温もりは、初めて触れた日のままだった。




