第40編「光影と茨の姫」(光と影、触れることのないふたりの心だけが交わる)
その世界には、触れてはならない者たちがいた。
「影の民」と呼ばれる人々。彼らは罪深き先祖の血を引くとして、村や都市の外れに隔離され、陽の下を歩くことさえ許されていない。彼らに触れた者は不幸をもたらすとされ、影の民はその名の通り、存在そのものが隠されるべきものとされていた。
一方で、王族は「光の血統」と称され、この国の頂点に立つ存在だった。最も高貴な血筋を持つ者だけが王座に座り、神々の加護を受けるとされている。そして、その光と影の間には、決して交わることのない深い断絶があった――はずだった。
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アレインは、影の民の中でもさらに忌み嫌われる存在だった。母親が生まれた直後に亡くなり、父も知らない。影の民の村の中でも孤立し、手の届かない森の奥で一人暮らしていた。彼女の黒く艶やかな髪は「災厄の印」とされ、誰も近づこうとはしなかった。
アレインは、それでも生きていかなければならなかった。森で採れた薬草や果実をこっそり村の外れに置き、村人たちがそこに食料やわずかな貨幣を置いていく。そのやり取りだけが彼女と外界を繋ぐ唯一の糸だった。
そんなある日、森に迷い込んだ少女がいた。
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リヴィエル――王女リヴィエル・アルヴィナ・カステリナ。その名を知らぬ者はいない、高貴なる血筋を持つ王国の姫君。だが、森の中で彼女を見たアレインは、ただの迷子の少女だと思った。
「あなた、どうしてここにいるの?」
アレインが声をかけると、リヴィエルは驚いたように振り返った。王族らしい純白のドレスが枝に引っかかり、裾は泥だらけだった。
「……迷ってしまったのです。」
リヴィエルの声は震えていた。王宮の中では決して見せなかったであろう無防備さがそこにあった。
アレインは、彼女を助けるべきか迷った。だが、放っておけば夜の森で獣に襲われるかもしれない。
「とりあえず、私の小屋に来て。」
それが二人の出会いだった。
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リヴィエルを小屋に招き入れたアレインは、彼女に湯を沸かし、冷えた体を温めさせた。
「あなた、名前は?」
「リヴィ……ただのリヴィです。」
その瞬間、アレインは彼女が何かを隠していることに気づいた。だが、追及することはしなかった。
数日間、リヴィエルはアレインの小屋で過ごした。最初は怯えていたリヴィエルも、次第にアレインに心を開いていった。
「このスープ、とても美味しいですね。」
「ただの森で採れたキノコだよ。」
二人は笑い合った。小さな小屋の中で、身分の違いも忘れて、ただ一人の人間として向き合う時間が流れていた。
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だが、平穏は長くは続かなかった。リヴィエルの失踪に気づいた王宮が、森に捜索隊を送ったのだ。
「リヴィエル様!」
兵士たちの声が響いた時、リヴィエルはその場で硬直した。
「……あなた、王女だったの?」
アレインが小さく呟くと、リヴィエルは申し訳なさそうに頷いた。
「ごめんなさい……でも、私は、あなたともっと一緒にいたい。」
その言葉に、アレインは驚いた。彼女のような影の民に、王族の娘がそう言うなんて、あってはならないことだった。
「帰りなよ。あなたがここにいても、不幸になるだけだ。」
「私は、不幸になんてならない。あなたがいるなら、それだけでいい。」
涙を浮かべながら必死に訴えるリヴィエルを見て、アレインの胸は締め付けられた。
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だが、兵士たちはリヴィエルを力ずくで連れ去った。アレインはただ見つめることしかできなかった。影の民が王族に手を伸ばすなど、絶対に許されない。それは、彼女が最初から理解していたことだった。
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それから数週間後、アレインの小屋に一通の手紙が届いた。リヴィエルからだった。
「アレイン、私はあなたを忘れない。たとえどんな障害があっても、いつかまたあなたに会いに行きます。」
アレインはその手紙を胸に抱きしめた。触れ合うことは叶わなくても、二人の絆だけは、誰にも引き裂くことはできないと信じて――。




