第16編「海鳴りが響く方へ」(愛は波のように、形を変えながらも決して消えない……)
私が彼女に出会ったのは、嵐の夜だった。港町の灯台の下、波しぶきが荒れる中、彼女は立っていた。どこから来たのか、なぜそこにいるのかはわからない。ただ、彼女がその場にいるべき存在であるように思えた。
名前を聞いたのは数日後だった。彼女の名はリヴィア。舌の先で転がすと、海の音のように響く名だ。彼女の髪は海藻のように濡れ、瞳は深い海底を映すように青かった。
「灯台の光は好き?」
私が聞くと、彼女は微笑んで肩をすくめた。
「光は嫌いじゃないわ。でも、私はいつも影の中にいるから。」
その答えに何かを感じたけれど、私はそれを深く考えなかった。リヴィアの存在は、考えるという行為を超えた何かだったからだ。彼女は、私の中に言葉では説明できない感覚を呼び起こした。その感覚は、渇きと熱が混ざり合ったもの――欲望に近いけれど、それだけではない。
リヴィアと私は次第に、港町の風景の一部になっていった。彼女が灯台の近くに現れると、私も自然とそこに足を運んだ。誰もいない海辺を歩きながら、私たちは未来のことや、過去の失われた夢について話した。
彼女は言った。
「海はすべてを飲み込む。過去も、痛みも、名前も。」
私はそれに反論しなかった。何も言えなかった。リヴィアの言葉には、彼女が飲み込まれてきたものの重みがあったからだ。
ある夜、彼女が突然言った。
「あなたは、なぜここにいるの?」
私は答えられなかった。この港町は私の故郷ではなかったし、ここで何かを待っていたわけでもない。けれど、彼女の問いには別の意味が込められているような気がした。
その晩、私たちは灯台の近くの小屋に身を寄せ、冷たい夜を耐えた。リヴィアの体温が近くにあることに、私は初めて「生きている」という実感を覚えた。
彼女の肌は塩の味がした。海のようにしょっぱいけれど、それが私を安心させた。彼女の声はさざ波のように耳元で囁き、彼女の手は海風のように冷たかったけれど、私の胸を温めた。
「明日になったら、また違う場所に行くの。」
彼女はそう言った。
私はうなずきながら、彼女の顔を見つめた。リヴィアは旅人だ。この港町に縛られることはない。私は知っていた。けれど、それでも彼女の隣にいることを選び続けた。
そして、その選択がいつか終わることも。
彼女がいなくなったのは、穏やかな朝だった。嵐のような夜に現れた彼女は、海のように静かに去っていった。残された私は、彼女の気配を求めて海辺を彷徨った。けれど、彼女の足跡は波に消されていた。
それでも、灯台の光を見るたびに、私は彼女を思い出す。彼女の名前を心の中で呼びながら、海鳴りに耳を傾ける。
リヴィアは私に残してくれた。言葉にならないもの、目に見えないもの、触れることのできないもの。彼女が私に触れてくれた瞬間、それが私の中に永遠に刻まれた。
「光と影は切り離せない。」
それが彼女の最後の言葉だった。そして私は今でも、灯台の光の下で影を探し続けている。




