第1244編「秘密の逢瀬 ~この部屋にいる間だけは、世界はふたりのもの~ 」
チェックインを済ませ、エレベーターの扉が閉まると、千夏は思わずくすりと笑った。
「ねえ、なんかちょっとドキドキしない?」
隣に立つ遥は、千夏の手をそっと握りながら、小さく頷いた。
「うん。でも……こうして手を繋いでると、少し落ち着くかも」
廊下を歩く音だけが響く。ドアを開けると、ふんわりとした甘い香りと、間接照明の柔らかい光がふたりを包んだ。大きなベッド、ガラス張りのバスルーム、壁に掛けられたムーディーな絵画——日常とは違う空間に、千夏は思わず頬を染めた。
「……ちょっと、すごいね」
遥がくすっと笑う。
「ラブホって、こんな感じなんだね」
千夏はスニーカーを脱ぎ、ベッドに倒れ込んだ。
「ふかふか……!」
そのまま転がる千夏の隣に、遥もそっと腰を下ろす。
「ねえ、千夏……」
「ん?」
ふいに、遥の指が千夏の頬をそっとなぞる。
「ここにいる間は、ずっと一緒にいられるね」
千夏は微笑んで、遥の手をぎゅっと握り返した。
「うん。だから、めいっぱい甘えてもいい?」
「もちろん」
遥が優しく微笑むと、千夏は嬉しそうに腕を回して、遥の肩にもたれかかった。
——この部屋にいる間だけは、世界はふたりのもの。
時間を気にせず、ただひたすらに、寄り添い合う甘い午後が始まった。
◆
「ねえ、ルームサービス頼んでみる?」
ベッドの上で遥の肩にもたれたまま、千夏がふと顔を上げた。
「いいね。何か食べたい?」
「んー……パフェとかあったらいいなあ」
遥はスマホでメニューを確認しながら、ふふっと微笑んだ。
「あるよ。チョコレートパフェと、いちごのパフェ、どっちがいい?」
千夏は少し考えて、にっこりと笑った。
「いちご!」
「じゃあ、それにしよっか」
遥が電話で注文を済ませると、千夏はそのまま彼女の腕に絡みつくように抱きついた。
「……千夏?」
「だって、こうしてると落ち着くんだもん」
遥は苦笑しながらも、千夏の背中を優しく撫でた。
「甘えんぼさんだね」
「いいじゃん、今日はふたりだけの時間なんだから」
そう言うと、千夏は遥の首に腕を回し、ゆっくりと顔を近づけた。
「ねえ、遥……」
囁くような声が、遥の耳元に届く。
「ん?」
「もう少しだけ、こうしてたいな……」
遥は優しく千夏の髪を撫で、そっと抱き寄せた。
——この時間が、ずっと続けばいいのに。
そんな願いを込めて、ふたりは静かに寄り添い続けた。




