第1243編「真夜中の花々 ~あなたが私の詩になる時~」
少女のための名門寄宿学校、聖ローズガーデン学園。歴史ある薔薇園に隣接する温室では、園芸部の部長である六条舞花が、一人黙々と植物の手入れをしていた。
「あら、まだ残っていたの?」
声の主は園芸部の新入部員、桜庭詩音。彼女は一年生ながら、植物への深い愛情と知識を持っていた。
「ええ、この子たちの世話が終わらなくて」
舞花は慈しむように、白い蘭の花に水を与えている。夕暮れの光が温室を黄金色に染め、無数の花々が宝石のように輝いていた。
「先輩、その白い蘭、とても美しいですね」
詩音は舞花の隣に立ち、花びらに触れようとした。その瞬間、舞花は詩音の手を優しく包み込んだ。
「この子はとても繊細なの。でも、あなたなら触れても大丈夫かもしれないわ」
二人の指先が触れ合う。温室内の湿った空気が、さらに深く潤んでいくように感じられた。
「この蘭は、月下美人と同じように、夜に花開くの」
舞花の声は、まるで月明かりのように柔らかく、詩音の心に染み入っていく。
温室の奥から、甘い香りが漂ってきた。夜咲きジャスミンの蕾が、今まさに開こうとしている。舞花と詩音は無言で見つめ合い、その瞬間を待った。
「ねぇ、このジャスミン、私たちだけの秘密にしましょう」
舞花の囁きに、詩音はゆっくりと頷いた。花々の間で二人は互いの存在を強く意識し、心臓の鼓動が次第に高鳴っていく。
温室の湿度が上がり、植物たちの呼吸が激しくなっていく。蘭の花びらから零れる露が、まるで真珠のように光を放っている。二人の吐息が重なり、花々の香りに溶け込んでいった。
「先輩……」
詩音の声が震える。舞花は黙ったまま、詩音の頬に触れた。温室の空気は、さらに潤いを帯びていく。蕾たちが次々と開いていき、甘美な香りが空間を満たしていった。
月が昇り、銀色の光が温室に差し込む頃、二人の周りの花々が一斉に咲き誇った。その瞬間、温室内は最も甘美な香りで満たされ、二人の魂は花々と共に天に向かって舞い上がるかのようだった。
「これが私たちの庭ね」
舞花の言葉に、詩音は微笑んだ。月光の中で、二人の影は一つに溶け合い、まるで一輪の花のように美しく輝いていた。温室の花々は、この特別な夜を永遠に記憶するように、より一層鮮やかに咲き誇っていた。




