第1242編「花酔い~この香りに包まれるたび、あなたを思い出す~」
香房とは、香料を調合し、香を生み出す場所。調香師は、そこに立ち、あらゆる花や樹々の精を集め、一滴の香に閉じ込める。
「今日は、どんな香りを作るの?」
鈴音が問いかける。私は棚に並ぶ小瓶を見渡しながら、そっと微笑んだ。
「月下美人の香りを、もう少し柔らかくしたいの」
「ふうん。でも、あの香り、十分に美しいのに」
「もっと……あなたに似合うものにしたいの」
鈴音はふっと目を細めた。
「じゃあ、私も手伝うね」
彼女は棚から白檀の瓶を手に取り、蓋を開ける。甘く、深く、静かな香りが広がった。
「白檀を加えたら、落ち着きが出るわ。でも、それだけじゃ物足りない……そう思わない?」
「ええ」
私は別の瓶を開けた。そこから立ちのぼるのは、ほんのりと苦みを帯びた、柑橘の香り。
「これは?」
「ベルガモットよ」
鈴音は瓶を覗き込み、ゆっくりと息を吸った。
「……いい香り。でも、どうしてこれを?」
私は彼女の髪を指でなぞり、その先に香りを纏わせる。
「あなたの髪に似合うと思ったから」
彼女の睫毛が、ゆるく震える。
「そんなこと言われたら……照れちゃう」
私はふふっと笑い、静かに言った。
「あなたがここにいると、いつもより香りが鮮やかに感じるの。私の調香に、あなたは欠かせない」
鈴音は何も言わず、そっと私の指先に触れた。
香に満たされた静寂の中、ふたりだけの調香が始まる。




