祠の主にお願いされちゃった!
「ふん、まぁよい。わらわがお主に頼みたいのは1つ」
シコンは、祠の上で立膝をついたと思ったら消えた——。
「今わらわには妖力が足りん。それを補うための貢物がほしいのじゃ」
「うわ⁉︎ 後ろにいる⁉︎」
耳元でした声にあわててふり向くと、してやったり顔のシコンが満足そうに目を細めた。
「信仰を集めている暇がない。そんなことをしておったら、わらわの方が先に消えてしまうからの。だからてっとり早く、魂がほしい……が、それもまぁ童には難しそうじゃから……」
長いまつげにふちどられた目が、すこし悩むようにさまよってから……シコンが手にしていた僕のラノベにとまる。そしてにんまりと唇が三日月にかわる。
「これ……このような人の思念の集まる物や所に、わらわを連れて行くのじゃ」
「思念の……?」
「言うたじゃろ。思念は魂のかけらじゃと。効率は悪いが……ま、お主でもできそうな範囲じゃからの〜。それに童はこの町の者じゃろ?」
「え、う、うん」
「その範囲なら、わらわの行動範囲内じゃ」
「で、でも……どうやって行くの?」
この際、連れていくのはいい。
僕が食べられちゃうよりよっぽどいい。
だけどシコンは鎖につながれている。
それがこの祠から離れない範囲なのだとしたら、むずかしいんじゃないだろうか。僕のおこづかいじゃ、ラノベは頑張っても毎月3冊しか買えないし……。
「童、なにか人形はもっておるか?」
「人形? 女の子じゃないからもってないよ……持ってても学校では校則違反で没収されちゃうし」
「ふぅむ。いたしかたない。ならば紙で人形をつくれ」
「紙? ……あ、ノートとハサミはあるけど……」
カバンを投げた時に散らばってしまったものの中から、クロッキー帳と筆箱をとった。筆箱の中にはいつも小さいハサミが入れてあるんだ。意外と便利だから。
「随分と丈夫そうな紙じゃな〜? ま、その方がよいか。仮とはいえ、すぐ破けるようでは散歩にもならんからな」
「この後どうするの?」
「わらわのいう通りにするのじゃ」
紙を切ってシコンの言う通りに折ると、下の方が袋状になったなんとなくひとっぽい……ような折り紙ができた。重なっているところが、和服みたいに見える気がする。目とか描いたら、もっと人っぽくなりそうだ。
「お主、筆と墨は持っておるか?」
「えぇ……? それはさすがにないよ。シャーペンか鉛筆じゃダメ?」
「むぅ……まぁ書くものがあるならばよい。最悪血文字で何とかしようと思ったが」
「いやだよ! 痛そう!」
「……童じゃな~」
僕がブーブー文句をいったせいか、そのままぐりぐりなで回された。僕は身長がちょっと……成長期がまだだから、頭をなでられるのは屈辱だけどよくあることだ。でも鳥の巣になりそうだな、と思っていたらプチっと音がして痛みが走る。
「いったぁ⁉︎ なにするのシコン!」
「1本髪を抜いただけじゃが?」
「1本でも髪は抜いちゃだめだよ⁉︎」
「お主はほんに面倒じゃのう……髪1本で済むなら血よりいいじゃろて」
痛いのはこっちだし悪いのはあっちなのに、シコンはやれやれと首をふる。そしてそのまま、僕から抜いた髪の毛を人形の袋状の部分にしまいこんだ。なんでそんなことするんだろう。
「童は呪いの人形を知っているか?」
「えぇと、藁人形とか?」
「そうじゃ。あれは呪いたい者の身に着けているものや髪、写真なんかをつけることで本人に見立てる方法じゃな。もちろん、名前もいるが」
「え! シコン、僕を呪うつもりなの?」
「ちーがーう! 話を聞けい! わらわならそんな回りくどいことせんでも呪える! これは呪術の方法の話をしておるんじゃっ‼︎」
「現にさっき呪ってやったじゃろうが!」と怒られた。呪い……と言ってもあんまりぴんとこない。さっきのだって、たしかに手の甲に模様は出たけど……別に痛いわけでもないし。シコンへの恐怖心を食べられてしまったらしい僕には、あんまりよくわからなかった。
「はぁ、まぁよい。いいか童、この人形にこの字を書くんじゃ」
シコンはそういって、祠の方を指さした。僕がひどく壊してしまった扉の先の真ん中に、なにか石が置いてあるのが見えた。ふるぼけたその石は、よく見れば文字が彫られているみたいだった。よく見えなくて、目を細めながらゆっくり近づいてみたそこには、こう書かれていた。
『祇崑』
それをそのまま紙に書き写した。その後どうするのかな、と思ってそわそわしていると夕日がかげってきて日が暮れ始める。
「急げ、早くしないと機会を逃す」
「え、いやこの後どうするの⁉︎」
「呪文じゃ、呪文を唱えるんじゃ」
「そんなの僕しらないよ!」
「ほんに世話が焼けるのぉ~しかたない、耳を貸せ」
そうして僕は、教えてもらった呪文を口にする。
「来たれ、我が願いを聞き届けし者よ——シコン!」
そう唱えた途端人形と僕の手の甲が光って、あまりのまぶしさに目をつむる。
「……むぅ。どっちの力も足りないせいで、こんなにちいさくなるとはのぅ……」
どこからかちいさな女の子の声がした。不思議に思って目を開けると……。
「え! シコンなの⁉︎」
目の前には、キツネ耳のちいさな和服を着た白い女の子がいた。10才くらいだろうか。紫色の目とへの字の口が不満げにこちらを向いている。僕よりちっちゃい!
「はぁ……なんたるぶざまな……」
「わぁ……かわいい! さっきまできれいなお姉さんだったのに、声もかわいくなっちゃったね!」
「……わらべ。くわれとうなければ、口をつつしむのじゃ」
キツネ耳がぺたっとしてにらまれる。2本の尾も下にさがってしまっていて、どうも本当に怒ってるみたい。でも僕は、こっちの方が緊張しなくてすむからうれしいかも。話し方も舌たらずなしゃべり方で、本当にちいさい子みたいだ。
「わらべって、子供って意味でしょ? でもいまは僕の方が大きいね!」
「うるさいわい! 力がたりんのじゃ……まぁ、だからこそおぬしでもよびだせたのじゃが」
「ていうかもう暗くなっちゃった! どうしよう! 帰るのも大変だし、それにお母さんに怒られるかも!」
「いま目のまえでおこっておる、わらわより気にすることか……?」
「じゃあねシコン!」
「あぁこら! わらわを置いてくんじゃない‼︎」
急いで散らばっているものをカバンに無造作に入れて、走りだそうとしたら「だましてやるから、つれてけ!」と腕をつかまれた。もうあたりは暗くて、そんな山道は早く抜けたいくらいこわいしお母さんもこわい。玄関で腕を組んで立っているのを想像したら、よけいに泣きたくなってきた。
「でも……僕のマンション、ペット禁止なんだ」
「だれがペットじゃ! だれが! ……いいか? わらわの呪いをうけたおぬしは、今後たくさんのやっかいごとに巻きこまれる」
「やっかいごと?」
「幽霊や妖怪もののけ、そんなところじゃ。おぬしをくえば強くなれるからな」
「えぇ~⁉︎」
「いやじゃろ? だからつれてけ。わらわがくうてやる。幽霊や妖怪もののけは、きょーれつな思念のかたまりじゃ。さすればおぬしも安全、わらわも力がつよくなってうぃんうぃんじゃ!」
「……WIN-WIN?」
「うむ、それじゃ!」
「どこでおぼえたの、それ」
「さっきのしょもつじゃ!」
「でも……」
「なんじゃ、まだあるのか?」
ちいさな女の子の姿でため息をつくのが似合ってない。背伸びをしたおませな子みたいだ。でもシコンは全然わかってない。そりゃ僕だって怖い。食べられるのもイヤだ——だけど。
「このままシコンをつれていったら、お母さんになんて説明すればいいの!」
「いいからつれてけ! あとはわらわがなんとかする!」
「えー⁉︎ もう、僕のお母さん、ほんとにこわいんだからね!」
全然納得いかない。だけどこのままじゃらちが明かないし、お母さんのボルテージだけが上がっていってしまう。しかたがないから、僕はシコンの手をつかんで、山道を急いで走りだした。