僕、呪われちゃった!
はだけた着物の裾から足をぶらぶらさせて、完全にごきげんに見える……けど、その足首には足枷が祠に繋がってついていた。しかも裸足だ……。
「ふふん、わらわの足を盗み見るとは。いい趣味じゃな」
「え⁉︎ そんなつもりじゃ……」
「しかも逃げないとは。いい供物じゃな。この時代に人身御供とは、殊勝なことよ」
「ひとみごくう……⁉︎」
人身御供って、生け贄じゃなかった?
僕、本当に家に帰れないんだろうか?
そんなつもりで来たわけじゃないのに……。
男なら、泣いちゃいけない。そう言われてきたけど、帰れないと思ったら鼻がつーんと痛くなってきた。すすっても、もう抑えられないかもしれない。
「なんじゃあ……お主、泣いておるのか? これだから童は……少しおどかしただけであろうに……」
もう隠せなくてすんすんと鼻を鳴らしはじめた僕に、白い足が近づいてくる。もうダメだ。僕、食べられちゃうんだ……背の順が1番後ろになる夢は叶わないまま、食べられちゃうんだ……!
こわくて、ぎゅっと目をつむる。
痛いのもこわいのもイヤだ。
僕は結局、勇者になれない臆病者だ。
「しかたないのう。手の焼ける童じゃ。ほんにしかたがないからお主の涙、喰うてやろう」
そう耳元で声がして、頬に温かいなにかが当たった……あれ? 痛くない……というか、怖くなくなった気がする……?
目を開けると、目の前に深い紫の瞳があった。そっと離れていく幽霊は、人差し指をちろりと赤い舌で舐めながら言った。
「ふむ、しょっぱいが悪くはないな。やはりお主の魂は上等じゃ。かけらである思念でさえ、生だとやはり美味じゃな……どうじゃ? もう悲しくなかろう?」
「……いま何が起きたの……?」
「うむ。わらわがお主の思念——童にわかりやすく言うと、感情を喰うたのだ」
そう言ってにこりと笑うその顔は。
さっきまでと違って——こう言っちゃなんだけど。
まるで、天使みたいに綺麗で優しげだった。
おかしい。さっきまで、たしかにこわかった。その感情がごっそり、どこかに捨てたみたいに消えてしまっている。
「……さっきまで幽霊さんのこと、こわかったのに……」
「幽霊とは失敬な。わらわをそのような不安定なものと一緒にするでないぞ」
「幽霊じゃない……?」
「お主、幽霊を祠で封じるものと思うておるのか?」
けらけら笑って、祠にまた乗る。
その足は軽やかだ——そういえば足がある。
幽霊じゃないっていうのは本当みたいだ。
「知らぬなら、話してやろう。わらわはシコン——二つ尾の狐を喰ろうた『あやかし』じゃ」
こわくなくなってから見たシコンは、ちょっと異常なくらい美人な感じの、儚げなお姉さんだった——その表情と言ってることを除けば。
「童、お主の名はなんと言う?」
「え、名前……?」
「名を申せ。はよう」
「な、七瀬圭、ですけど……」
「ほほーん、ナナセケイ……して、書き字は」
「え……これだけど」
胸ポケットにしまっていた名札を取り出す。それをシコンに見せた途端、「ふふふ……聞いたぞ、見たぞ、知ったぞ」と言って、雰囲気があやしげに変わる。な、何⁉︎
「お主……あやかし相手に真名を申したな?」
「えっ」
一瞬でまずいとわかる。相手は人間じゃない。最初からこわい存在だったのに、なんで気を抜いて安心なんかしちゃったんだろう?
「真名とは、その者の魂をこの世に繋ぎ止める楔そのものじゃ……これがあれば、お主のことをどうとでもできるの〜」
「や、やめて‼︎」
そんなものがあるの⁉︎
ラノベでも漫画でも読んだことない!
なんだかちょっと物語の世界みたいだ!
さすがリアル妖怪……いや、あやかしか。でも僕にだってわかる……喜んでる場合じゃない。これって多分、さっきよりまずい状況なんじゃないかって!
「さて、どうしようかの? このまま童の魂を喰うて、その身体を乗っ取ってやろうかの〜」
「や、やだ! 僕まだ背の順1番前のままだし、女の子にモテたいし、好きな子に告白もしたいし、ラノベも読みたいし漫画も見たいし……!」
「お、おう……邪念まみれじゃのぅ…… 」
せせら笑っていたシコンは、僕の願いに若干ひいている……いいだろ! 正常で健全な男子の夢を引くなんて、ひどいやつだ。
「まぁよいじゃろ……圭、七瀬圭」
「何……?」
「うむ応えたな。よし、呪いの成立じゃ」
「え!??」
僕が何か言うよりも早く、シコンはふう、と何かを吹いた。それは光を放ちながら、僕の右の手の甲にくっついた。そして変な模様が浮かぶ……えっ何これ⁉︎
「僕になにしたの⁉︎」
「言うたじゃろ。呪いをかけた」
「なんの!??」
「わらわは自由には動けぬ。まだこの祠の楔くさびが生きておるゆえ……離れぬことができぬ。ま、だがそれは普通のあやかしであればだな」
祠から降りて、シコンはこちらに歩いてくる。枯葉のある地面に降りても足音がしないことに今さら気づいた。わかっていたけどやっぱり、人間じゃないんだ……。
「しかしあやかしとて、食事をしないと飢えて死ぬ。けれどもここには誰もこんのだ……食事をするのに足が必要なのじゃよ。童が喰うなと申すゆえ、譲歩してやったのじゃぞ?」
「それはありがたいけど……」
「ほんに残念じゃ。お主がまれびとであれば喰えたのだがのー」
「まれびと……?」
「異郷の者のことじゃな。童にはちと、難しかったか」
異郷の者って……つまりよその人ってこと?
もしかして、行方不明になるのって……。
「ねぇ、シコンさん」
「なんじゃ? 童はわらわのしもべゆえ、特別に敬称を外しても良いぞ?」
「えっとあの、ありがとう……じゃなくて! ……もしかして、人間を食べたこと、本当にあるの……?」
「うん? ……あやかし相手に変なことを聞くのう? 童にはあやかしもわからんのか?」
にっと笑った口から見える歯は鋭くて、とてもじゃないけど人のものじゃなかった。言われなくてもわかる。これは……僕はラッキーだっただけみたいだ!
「わかるよ。化け物のことでしょ?」
「まぁ……はずれてはおらんのぅ」
「それで僕、なにしたらいいの?」
「お主、ほんに素直で心配じゃの……呪いをかけた相手に……。呪い、いらなかった気がしてきたのぅ……」
呪いをかけたのは自分なくせに、変なところで心配そうにしている。
「だって僕、別にシコンのことこわくないから」
「あぁすまん。わらわが喰うてしもうたからじゃな。一度喰うたものは返せんのじゃ」
「シコンって結構優しいんだね」
「童……お主は素直すぎるのぅ……」
なぜかうなっているシコンは、「もっと警戒心を持ったほうがよいぞ……」と、やっぱり心配してくれた。うん、思ったよりはやっぱり悪くない人 (あやかし?)な気がする。……少なくとも今は。
次回更新は18時ごろを予定しています。
ちなみに圭は疎いのでわかりませんが、シコンの声は高めだけどあやしげで色っぽい感じをイメージしてます。のじゃ美女妖艶系。