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31. 商品となるもの

 待ちに待った昼食の時間だ。

 フローラは平民の食堂であるレンゲツツジに来ていた。

 ちなみに、以前食堂を訪れたときは、アレックスに怒られたのだが。

 最近になって、


「あのときは悪いことをした。あんたさえ良ければ、いつでもレンゲツツジに来てくれ」


 とアレックスに言われた。

 アレックスから許可を得たフローラは、


 ――ふふんっ、オレのバックにはアレックスがいるんだ。誰も文句を言えないだろ?


 虎の威を借る狐のように、堂々と平民の食堂を訪れていた。

 なんて、器の小さい少女だろうか?

 そもそも、フローラを拒絶する平民生徒は、ほとんどいない。

 無駄な虚勢である。


 そして、最近ではフローラ以外の貴族生徒もちらほら、レンゲツツジを訪れるようになっていた。

 騎士部の生徒や第1学年の生徒だ。

 フローラと接した貴族たちは、平民を見下さなくなってきたのだ。


 これらも全てフローラの功績である。

 フローラのおかげで、着実に学院の雰囲気は良くなっている。

 もちろん、フローラはそこまで考えていないが……。

 今、彼女が考えていることは、目の前に置かれた昼食のことである。


 きのこのマリネと野菜炒め。

 そして少量のご飯。

 今日は質素な料理を選んだ。


 レンゲツツジの良いところはヘルシーなメニューが多いことだ。

 貴族の食堂であるカサブランカでは、こうはならない。

 カサブランカには美味しいメニューが多いが、その分、カロリーが高めなのだ。

 そして、自制心がないフローラは、ついつい食べ過ぎてしまう。

 このままでは太ってしまうと考えたフローラは、レンゲツツジを利用するようにしていた。


 貴族とは思えないほどの質素な食事であり、フローラの食事風景を見た生徒たちは、


 ――フローラ様は、なんて清貧な方なんだ!


 と、勘違いする。


 そんな周囲の視線に気づかないフローラは、黙々と食べていた。

 4人がけのテーブルを一人で占領している。

 彼女の周りには、たくさんの人がいる。

 だが、フローラと同じテーブルで食事をしようという者はいない。

 フローラが美しすぎるため、生徒たちは気軽に近づけないのだ。

 特に平民からすれば、フローラは聖女であると同時に侯爵令嬢という恐れ多い存在でもあるのだ。


 まあ、つまり……。

 フローラは孤高なのである。

 周りから少し距離を置かれている。

 悲しいかな。

 孤高といえば聞こえは良いが、ぼっちを言い換えただけの言葉である。

 お友達であるエリザベスは、カサブランカを利用しており。

 他に友達がいないフローラは、ぼっち飯だ。

 だが、しかし!

 そんなぼっちフローラに話しかける勇者がいた!


「やあ、フローラ嬢。隣の席、いいかな?」


 それはマシューだった。

 人懐っこい笑みを浮かべながら、マシューはフローラに近づいたのだ。


「ええ、もちろんですわ」


 と、フローラは頷く。


「ありがとう。じゃあ、ここに座るね」


 そう言って、マシューはフローラの隣の席に座った。

 マシューは誰とでも仲良くできる人物だ。

 気難しいアレックスと仲が良いのも、マシューの親しみやすさのおかげである。

 そんなコミュ力お化けのマシューは、孤高の戦士(ぼっちとも言う)のフローラに躊躇わず話しかける。


「剣術部で凄い活躍をしたらしいね」

「そんなことありませんわ」

「そうかな? アレックスも褒めていたよ。フローラ嬢は他の貴族令嬢とは違うって」


 そりゃあ、そうだろ。

 なぜなら、彼女は無自覚TS転生ポンコツ美少女なのだから。

 フローラのような奇特な人物が、他にもいたら大変なことになってしまう。


「まあ、それは嬉しいことですわ」


 うふふっとフローラは笑った。


「マシュー様はなにか部活動をやられているのですか?」

「うん、僕は服飾部だよ」

「服飾部? 珍しいですね」


 と、フローラは目を丸くした。

 服飾部とは、主にドレスを作る部活動だ。

 在籍しているのは、ほとんどが女性である。


「服飾に関係のある家業ですの?」

「代々商人をやってきた家系でね。ドレスも取り扱っているんだ」

「ドレスとは、目の付け所が良いですね」


 と、フローラは頷いた。

 特に何かを意図した発言ではない。

 というか、フローラの発言は基本的に考えなしのものである。


 しかし、マシューは、


「それはどうして?」


 と聞き返した。

 フローラはぱっと思いついたことを答える。


「女性が扱う物に着目した点が、さすがだと思いまして」


 と、フローラは答えた。

 彼女は男の人生も女の人生も両方を経験しており。

 そのため、どちらの方にお金がかかるかを知っている。

 女性のほうが圧倒的にお金がかかるのだ。

 だから、女性が扱う商品に目をつけていることを「さすが」だと言ったのだ。


 さらにフローラは続ける。


「それもドレスと言ったら貴族令嬢が使うものでしょう? お金持ち相手の商売は稼げそうですから」


 21世紀の地球文明のような、大量生産大量消費ができない時代だ。

 平民相手よりも、お金持ち相手のほうが儲けやすいに決まっている。


 つまり、貴族女性を顧客に見据えた商売は、かなり儲かりやすいということだ。


「フローラ嬢は商才がありそうだね。商売の本質を見抜いている」

「本質ですか?」

「僕の家系では商品と呼ぶモノは2つしかないんだ」

「たったの2つとは、随分と少ないですね」

「そう。1つ目が女性が使うもの。2つ目が口に運ぶもの」

「それだけですの? 男性が使うものは商品ではないのですか?」


 フローラは驚いた。

 そして、同時に、


 ――男性が使うものって、我ながら如何わしい表現だな。


 と、全く別のことを考えていた。

 如何わしいのフローラの頭の中である。

 やはり、フローラは安定のポンコツであった。


「うん、そのとおり。というよりも、男性が使うものは、売れにくいからね。女性用品を扱ったほうが10倍も簡単に稼げるよ」


 とマシューは言った。

 フローラは、


「確かに……そうですわね」


 と頷いた。

 男としての経験と女としての経験。

 加えて、食べるのが大好きなフローラ。

 そんな彼女からすれば、女性用品と食料品がよく売れるというのは、納得のいく話だった。


 そしてフローラは、


 ――前世の知識を使って、女性用品を売ってみようかな? ぐふふふっ、ボロ儲けの予感だぜ!


 と、しょうもないことを考え始めたのだ。

 フローラは金貨がいっぱいに入ったお風呂を想像していた。

 これのどこが聖女なのだろうか?

 欲望にまみれた小人の考えである。


 しかし、マシューはフローラを見て、


 ――彼女の慧眼には驚かされるな。


 と、感心していた。


 女性用品と食料品。

 この2つが売れる商品である、というのはマシューの先祖たちが何百年にも渡って導き出した答えだ。

 マシューは、その真理を見抜いたフローラに対し、


 ――慈悲の心と真実を見通す目。まさに聖女のようだね。


 と、思ったのだった。

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