それでも生きていく
それはあっという間の出来事だった。
「暑い…」
連日連夜続く猛暑と熱帯夜に、着実に体力を削られ、それでも今日も今日とて営業先に向かわなければならない。
まもなく正午の信号待ち。容赦なく照りつける太陽にチリチリと頭髪が焼かれる。
エアコンの効いたオフィスで働く事務方が羨ましくてならないこの季節。もっとも春先なんぞは逆に羨ましく思われているのでお互い様だろう。隣の芝生ってやつだ。
「それにしたって暑すぎる。今何度なんだ」
41度5分。
熱中症注意の為か交差点の街頭に掲げられた電光版に表示された値を見てゲンナリする。
風呂の温度じゃないか。
見なきゃ良かったと思いつつ信号が青に変わったので歩き出す。同じタイミングで掲示板の値が42度を示したのを目の端で捉えて…。
ドンッ
!?
音と共に地面が跳ね上げた。
「地震?」
「え、でもなんか違くない?」
隣を歩く少女二人が口にした言葉は、その場にいた者皆が感じたことだろう。
地震大国日本。だからこそ感じる違和感。
今のは地震じゃない。
かといって何とも分からず困惑する。
ドンッ!
「うわっ」
「きゃっ」
また下から突き上げるような揺れに何人かが尻餅をついた。
不味い。
ゾワゾワ ゾクゾク ドキドキ ギリギリ
恐怖心がわいてくる。
逃げないと。
ここから一刻も早く逃げないと。
ドンッ!
まただ。
近くなってる!
何が?
知るか!
ドンッ!
地面が揺れる。
さっきよりもキツイ揺れ。
僕は震える足を叱咤してヨタつきながら走り出す。周りもパニックの様相になり我先にと逃げて行く。
あるものは叫び、あるものは人をおしのけ、そしてあるものは…
ドンッ
「ーーーーっ」
「おい、走れよ!」
「無理無理無理! 怖いって!」
「ちっ、こんな時になんだよ! 俺は先にいくからな!」
「やだ、ちょ置いてかないでよ!」
…あるものは先程まで睦まじく組んでいた恋人の腕を振り払い走って逃げた。
ドンッ!
ドンッ!
「きゃあ!? だ、誰か助けて! 立てないの!」
交差点に取り残されたのは彼女だけじゃなかった。
恐怖に負け地面に座ったものが幾人か残された。
手を差し伸べるものは僕を含めて誰も居なかった。
地震如きでは無駄に騒ぐ事なくパニックにもならない日本人が、まるで暴徒のように他人を一切慮ることもなく弱者を助けることなく己が命の為だけに走って逃げ出す。
狂気の光景。
カチリ。
叫び声が響く中、不思議と時計の針の音が聞こえた。
正午を告げる音が。
そして
地面の割れる音。
崩れる音。
悲鳴。
咆哮。
阿鼻叫喚。
時計の針は動かない。