紅と蒼の子 ─紫の願い─
紅の薬師の里・クリュウ、蒼の薬師の里・ユンヌ。
その婚姻により生まれた「紫の子」の物語──。
久しぶりの書き下ろしです。
※セレスティアルブルーの番外編短編ですが、これだけでも読めます。
水面は日の光に煌めき、覗き込んだ者の全てを映し出す。
たとえ、見たくない姿でも──。
淡い紫の髪、紫の瞳。
蒼にも紅にも属せぬ色彩が、静かに時を奏でていた。
「薬草はざっとこのくらい、それから、安眠促進のラベンダーは数束、こっちはそのまま、こっちは乾燥……あと必要なのは……」
泉の畔に佇み、幅広の編み籠に山盛りになった草を種類ごとに改めて選り分ける。
手慣れた作業ながら、時折手が止まってしまうのはおそらく、自らの不甲斐なさなのだろう。
「……お薬、つくらないと」
無理矢理頭を振って立ち上がると、何も考えぬように調剤場に疾走した。
自らの生んだ風が、少しだけ心地よい。
素早く移り変わる街の景色が混色された絵の具のようにマーブル模様を描くのを、ただ視界に入れて、誰とも話さぬままに──
古びた屋敷に、辿り着く。
「ん? 戻ったのかい?」
蒼い髪に、蒼い瞳。
この里、ユンヌではありふれた姿。
「蒼の薬師」の長の声に、苦笑いする。
「今日中に調剤しないと、明日の分が間に合わないでしょう?」
「それはそうだが、イオリ──君の手当ては」
「僕なら大丈夫です、早々に処置しておきましたから。いつものことですよ」
服の袖を捲れば、器用に巻かれた包帯が顔を出す。
主に、防御に使う両腕を負傷していた。
「ユンは……」
「母さんなら、まだ眠っていますよ。連打をかわしつつ、軽く催眠をかけておきました」
淡々と語る少年の如き姿の少女に、長は一通の封書を手渡す。
「……イオリ。これを」
「?」
受け取り、雑に破くと──瞳を見開いた。
霧がかかったような毎日に、急に何かが宿ったような──そんな手紙で。
『貴殿の合格をここに通知する。選考の経緯を鑑み──担当は当学府学長とし、早期入寮を許可する。なお、以下が学長よりの通達である』
「ええと──危険物の持ち込みは最小限に……って、え、ちょっとは構わないの? 基本的に研究は自由……しかし学府の破壊は極力せぬように……? いやいやいやいや、これ書いた人、頭おかしいんじゃ──学府の破壊なんて、誰が考え……え、学長……!? なに」
長を──父親を一度見やり、再び手紙に視線を落としたイオリは、何度か手紙を頭に入れると、父親に視線を戻した。
「父さん……僕は──」
我が子の珍しい一挙一動を目の当たりにした長は、口を開いたものの静止している少女に、穏やかに語る。
「構わないよ。君の後任はもう育っただろう? 今君がしている引き継ぎもあと少しだ。──ユンのことなら心配するな、私がなんとかしておく」
「それは──」
「君は、私たちユンヌに尽くしてくれた。──混色の子と揶揄され続けても、蒼を──里を繋いで守ってくれた。──もう、君自身を抑えずとも構わない」
淡い紫が、蒼の瞳を見据えて。
蒼は、ゆっくりと閉じ、開く。
「──母さんは、紅の里──クリュウに。その方が、互いに安泰でしょう」
「私も、そう考えていたよ。……私がユンをクリュウから奪ってしまった。……ユンは蒼に追い詰められ、子である君も殺めようとした──」
「……別に、父さんのせいじゃないですよ。紅と蒼は、まだ相容れる段階にはなかった、そういうことです。──時代が変われば、また結果も変わるのでしょう」
紫の髪の少女は、自らの髪を少しだけ掴むと、ナイフで切り落とす。
淡いその色彩を紐で結わえると、紙に包んで長の手に渡した。
──蒼の里ユンヌでの、決意を示すその証を受け取り、長は黙礼する。
「……これを残して往くということは、君は──この色彩を、恨まないのかい?」
「ええ。色々ありましたが──生まれなければ、僕はこの世界にも出会えなかった。──いつか、このどっちつかずの──今は忌避されている『あいのこの色彩』が、様々な物事の、許しの色彩になればと。──新たな世代が、この色彩を乗り越えてくれる日を、僕は願っています」
「決意というよりは」
「願いの証、ですね」
「──承った」
「よろしくお願いいたします、里長」
紫の子は、深々と長に一礼すると、その日のうちに里から姿を消して──
──やがて、学術都市エスタシオンで『学長よりはまだましだけどちょっと危うい禁術のプロフェッショナル』と揶揄されるまでの道を、静かに歩き始める──
*おわり*