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セーブ&ロードのできる宿屋さん

ホーのヒマな一日(セーブ&ロードのできる宿屋さんコミックス3巻発売記念短編)

作者: 稲荷竜

 冒険者ギルドというのは因果な商売で、やった仕事のなにがどこへ響くかというのがまったく想像もできない。

 いちいち気にしてもいられないというのが本当のところでもある━━ようするに、とても忙しい毎日をホーは送っていた。

 ある日のことだ。

 忙しい日々を送っていたホーにもある程度暇な時間というものができた。しかし問題もあって、あまりにも唐突に空いた時間でなにをしていいのかがさっぱりわからない。

 あるだろう、暇を渇望していた。渇望はしていたが、いざ唐突に時間を渡されるともてあます。そういうあれだ。

「……ったく、タイミングがなあ」

 最近のホーは冒険者ギルド内の奥まった場所に控えていることが多かった。

 食堂の隅っこの席は半ば彼女の指定席と化していて、ホーがいなくても冒険者たちがなんとなくその場所を空けるという、暗黙の了解みたいなものがある。

 最近の彼女は借金も返済しているし、祖母……ギルドマスターをしている、クーという女性だ……との仲も良好、とまではいかないが、険悪からは一歩進んだ状態になっていた。

 そして何より『ダンジョン制覇』という押も押されぬ功績もあり、冒険者たちも『ちょっと気を使う』みたいな、なんとも言えぬ、薄膜一枚挟んだかのような、そういう空気感の中にいた。

 というわけで『助け合いの商売』と一部で言われたりなんかする冒険者業だが……

 ホーには、仲間と呼べる者が、いなかった。

「……忙しい時には気にならなかったが……」

 これは、なかなか、まずい。

 いや、仲間と呼べる者はいる。いるのだ。

 あの宿屋(・・・・)の連中。

 ちょっと頭のおかしい店主のだいぶ気が狂った修行をともに過ごした仲間である。

 恐怖体験によりつながれた絆はどうにも思ったよりかたく、無言のままでも互いの思っていることが目だけでわかるような、そういう、長年付き合った相棒、あるいは長年連れ添った夫婦じみた、謎の共感覚(テレパシー)が働いたりもする。

 だけれどあの宿屋の連中は妙に忙しいのも共通点で、貴族だとか、なんかよくわからんけど風呂当番(?)だとか、そういう仕事が常に入っている。

 おかしなレベルまで鍛え上げられた連中のせいか、みんながみんな当たり前のように一芸を持っているのだ。

 いや、一芸っていうか、なんだろうあれは……人力でやる必要のある行為ではないというか、人力でできてはいけないものというか、そういうのができてしまう……

 ともかく。

 宿屋連中との付き合いはあるのだけれど、気付けばそれ以外との付き合いがおろそか、というよりも、付き合い方さえ忘れているのが、ホーの現状を作り上げるだいたいの要素であった。

 そしてホーの側からコミュニケーションをとるスキルが育ってない(そしてあの宿屋では絶対育たない)ので、周囲からの声かけなどを待つしかないのだが……

 そこは『ギルドマスターの孫』『ダンジョン制覇者』などの看板が、周囲に遠慮や配慮を生んでしまっている。

 八方塞がり。

 ホーという少女の見た目は親しみにくいものではない。

 むしろ褐色肌の、まだ幼くしか見えない少女なので、声をかける側にそう抵抗はないはずなので、精神的な配慮・遠慮がなくなればどうにか周囲とのコミュニケーションもうまくいくはずなのだが……

 妙なタイミングで時間ができたせいか、答えの出ない問題が頭の中で堂々巡りしている。

 そんな時だった。

 ホーに声をかけてくる者がいる。

「一人か?」

 そいつは奇妙な服装をした、幼い獣人の少女だった。

 銀色の毛並みが特徴的な狐系獣人……というあたりまではまあ、なくはない特徴だ。

 けれどそいつの奇妙なところは、獣人なら誰もに生えているしっぽの数だった。

 後ろから見ないと正確な本数はわからない。だが、少なくとも、見えるだけで四本……いや、五本以上はあるようだった。

 ホーはうさんくさいものを感じて、眉根を寄せる。

「あ? なんだよ、あんたは」

「わらわがなんであろうと、貴様には関係あるまい」

 関係あるまい、とか言いながら対面に腰掛けるもので、関係がある感じになってしまった。

 ホーは警戒しつつも、対面に座った獣人のやけにマイペースな雰囲気に、トラウマとなった某宿屋店主に似たものを感じてしまい、追い払う気になれない。

「……で、なんだよ。こう見えてヒマじゃねーんだ。用件があるならさっさと言え」

「どう見てもヒマじゃろ、貴様。……まあよいわ。いやな、ヒマそうにしておる貴様に、依頼でもしようかと思ってのう」

「依頼はギルドの窓口を通せ」

「個人への依頼じゃ」

「そういうのはやってねーんだよ。……まあ、ないわけじゃねーんだけど、なんにせよギルドを通して指名しろ。そうしたら受けるかどうか悩んでやるから」

「しかし、ここだけの話にしたいんじゃがのう」

 ……。

 このチビ、退く気配がない。

 この、のらりくらりとしつつも、ぜんぜんゆずる気のない感じ、ますます某宿屋の店主を思い出す。

 ホーは仕方なく、話だけ聞くことにした。

「とりあえず言ってみろよ」

「うむ、実はな……」

 そうして銀色の獣人が語り始めたのは、なんだか要領を得ない、よくわからない話だった。

 ざっくりとまとめると『草むしりをしてほしい』とかそういう依頼だ。

 絶対に受けない。少なくとも、今のホーが受けるようなレベルの依頼ではない……というのは、別にクエストの程度が低いのをあざけっているというわけではない。

 冒険者ギルドの張り出すクエストにいちいち推奨レベルが設定されてるのは、冒険者の安全のためという側面もあるのだが、それ以上に、『レベルの高い冒険者が、レベルの低い冒険者の仕事を奪わないように』という配慮の面もあるのだ。

 自分のレベルよりレベルの低いクエストを受けたとしても、特別ペナルティがあるわけではない。

 だが、なんとなく注意されたり、『あいつレベルの低いクエストばっかり受けるからな……』というように、冒険者間での信頼が落ちたり、そういう、明文化されていないペナルティが存在する。

 ホーはこのあたりの『ギルドの暗黙の了解』というものをけっこう厳格に守るタイプだった……だったというか、最近気にし始めた……ので、普通ならばこんな依頼は受けない。

 しかし、ホーはなぜだか、銀色の獣人からの依頼を承諾してしまった。

 これが思い返せばぜんぜん理由のわからない、気色の悪い承諾だった。自分がクエストとを受けた理由がまったくの不明で、返す返す首をひねるばかりだ。

 ともあれ失敗のしようもなく、ホーは草むしりの依頼を受ける。

 ただ、そこにはちょっとした問題があって、『男手をふくむ四人で受けろ』という指定が存在した。

 正式な依頼ではないので無視してもかまわなかったが、ホーはこれもなぜだか律儀に守って、ギルド中を『いっしょに草むしりしませんか』と言いながら練り歩くという、ある意味でなかなかできないことをやってのけたのである。

 このクエストの顛末は義務かなと思ったので、ギルドマスターである祖母にいちおう報告をした。

 そうしたら祖母は、酒だか煙管だかで焼けた、しわがれた声で、妙にメルヘンなことを言い出した。

「ああ……『妖精さん』か……」

 きわめて苦々しい顔でそんなメルヘンワードを口にする祖母に、ホーは思わず吹き出した。

 そうしたら歴戦の猛者しか持ち得ない鋭い眼光でにらまれたので、反射的に体を固くしてしまう。

 祖母は大きくため息をつき、『妖精さん』について続けた。

「なんか、目を離してるスキに現れるらしいんだよ。……『悩みのある冒険者の前に現れて、悩みを解決して去っていく』っていう……都市伝説か」

「ああ? 『死なない宿屋』と同じ系譜の噂話か?」

「……それといっしょにすると、一気に不気味な怪談めいてくるな」

 みょうな沈黙が降りた。

 祖母は気を取りなおすように煙管をひと吸いし、

「とにかく、まあ、悪いもんじゃあねぇよ。いいモンにも思えねぇがな。……で、どうだ? 悩みは解決したのか?」

 ホーは目を閉じて考え込む。

 うねうねと、自在に動く長い長い髪がうごめいて……

「どうなんだろうな。まあ、きっかけぐらいは、って感じか」

「……やだねぇ、都市伝説ってぇのは。どうにもすっきりしない」

「ま、そんなモンだろ。例の、宿屋のほうの都市伝説も、巡り合ってみりゃあ、けっきょく、全部を都合よく解決なんざしてくれなかった。……最後は自分で行動するしかねぇんだろうさ」

 ホーがそうまとめると、祖母は鼻で笑った。

 だが、反論もなく、その会話は、それきり終わる。


 これが、あとから思い返せば本当にあったのかもわからない、ホーが過ごしたある日の話だ。

 みょうにモヤモヤして、なにも解決しなくて、それでも、ギルドでの稼業になじむきっかけにはなったのかもしれない、奇妙な『妖精さん』の物語。

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