2−4
「思うのですが、これ持ち歩く物じゃありませんよね」
前を歩くレインに言う。
我ながら恨みがましい声である。
「そうかい?まだ軽い方だと思うけど」
現在、背中には四キロのベース、それになりより十キロのアンプを持っている。
「重さよりむしろ大きさが……」
アンプの箱まで含めればもともと膝丈まであるそれは楽勝で座れる大きさだ。
歩く度々、足に当たって仕様がない。
「ベース、持つ?」
アヤが少し心配そうに言う。
けれども彼女だってギターを背負っているのだ。
「いや、いいよ。ありがとう」
むしろ弱音を吐いた自身が恥ずかしくなる。
礼を言われ、アヤは少し恥ずかしげに首を横に振った。
気にするなって事だろう。
「ははーん」
ミヤの悪巧みするような笑み。
「な、何?」
手をわきわきと動かすミヤに迫られアヤが後退る。
「いや、何でも」
言いつつにやにやしているミヤ。
アヤの襟首を掴んで何やらこそこそと話をしている。
「置いてくよー?」
前を歩くレインが後ろを振り返る。
尻尾のような髪が遅れて回る。
「はいはい。今行く今行く」
ミヤはアヤを解放するとレインの側まで走っていく。
何の話をしていたのか少し頬を染めていたアヤと視線が合う。
さらに真っ赤になって俯くアヤ。
何の話をしていたの?とは聞けなかった。
「ここだ」
そう言ってレインが止まったのは何の変哲も無いビルの前。
よく見れば地下に続く階段とスタジオの文字。
小綺麗なそこを降りると小さな待合室のような所に出る。
「十三時からの……そうそう」
レインが受け付けに行って戻ってくる。
「まだ時間がある。待とうか」
といって、レインは椅子に座ると煙草を取り出して火を着ける。
アヤは少し離れた所に寄りかかり、ミヤはレインの横に座った。
かく言う僕はアンプの箱の上に座る。
「何も言わないのだね」
何が?と視線を上げるとレインが煙草を持ち上げている。
「別に、悪い事でもないかと」
人の自由だ、と僕は思う。
「生活委員のくせに」
ミヤが笑う。
そういえばそうだ。
「学校は関係ありませんよ、校内ならともかく」
笑って首を振る。
「そうかい」
レインは笑って灰を落とす。
「君は?」
と尋ねたのはミヤ。
「いえ、吸えませんから」
そんなことをしていると五分前になる。
前のバンドが個室を出てくる。
ベースを持っている男に何となく目がいく。
何か既視感のある顔。
レインが目を逸らし、煙草をもみ消す。
その一瞬の瞳に鋭い光の入ったのは気のせいか。
立ち上がり、今人の出てきたスタジオに入る。
すれ違う一瞬には何もなかった。
やはり気のせいか。
全員が部屋に入る。
壁の四方の内一つの面が鏡張りで、身長程もあるベースアンプと、胸の辺りまであるギターアンプが二機。
ドラムセットが中央に鎮座し、マイクも用意されている。
「大きい音を出したい時や、録音したい時にここを使う」
ミヤがドカドカとバスドラを踏み鳴らし、アヤがアンプにムスタングを直に繋ぎ、レインはエフェクターを取り出す。
「あ、チューニングしてない」
アヤは言ってシールドを抜いてチューナーに繋ぐ。
自分は、やることのなくなったミヤに教えて貰いながらベースを用意した。
アンペグのアンプにシールドを繋ぐと、ノイズが部屋に満ちる。
恐る恐る弦を爪弾けば低音が腹の底に響く。
「さっきやったスタンドバイミーを弾いてごらん」
言ってレインは漆黒のレスポールをかき鳴らす。
アヤのミュートしたアタック音がカウントを刻む。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
ミヤがスティックを打ち鳴らす。
つっかえながら弾くスタンドバイミー。
二小節目からアヤのギターがミュートを外し、続いてレインが、ミヤが加わる。
贅沢なスタンドバイミー。
そばにいるだけで
こんなにも楽しい事があっただろうか。
汗がベースのボディを濡らし、指が止まる。
顔を上げれば、みんなの笑顔があった。