2−3
「好きなベーシストは?」
広いフロアに所狭しと並べられたベース。
壁の高い所にさえベースが吊り下げられたそこで、レインは急に尋ねる。
「まず間違いなく初心者が聞かれるポイントだね」
だが、とそこでレインは言葉を切る。
「君には単純に好きな音を選んでもらう」
にや、と笑うレイン。
アヤはちょっと手持ち無沙汰。
「ベースはひけないしな」
とミヤと一緒にぼんやりとベースを眺めている。
ベース専門店なのだ。
「でも僕は弾けませんよ?」
そう言うと心外そうにレインは眉をひそめた。
「何のために私がいるんだ」
ベースも弾けたのか、とちょっと驚く。
「付け焼き刃だがね」
ピック弾きしか出来ないし、と言って店の奥を見るレイン。
「あれ?璃那、来てたのか?」
そう言いながら出てきたのは金に染めた髪を後ろでまとめた男。
「今日は客だよ、宇都木」
ふーん。と言って宇都木と呼ばれた男はこっちを見る。
「彼氏?」
「だったらどうだい?」
は?と声が漏れた。
「そんなに否定しなくても良いだろう?」
いや、何も言ってませんが。
「今日はこいつのベースを決めに来たんだ」
「ひょっとして俺、邪魔?」
「ああ。ひょっとしなくても」
がっくりと肩を落として去っていく宇都木。
あっという間の出来事だった。
「お姉ちゃんはこの横のギター専門店でバイトしてる」
アヤがぽつりと言う。
「可哀想だなー宇都木くん」
ミヤが言って、店の奥へ入って行く。
「さて、ベース選びを始めようか」
そう言ったレインの手には既にベースが握られている。
「ジャズベ。フェンダーのスタンダードだね。これは62年型のUSピックアップ」
枯れたようないい音がするベースだった。
「宇都木ー、ジャズベの3TSはないの?」
「この前売り切れたー」
残念だな。と頷くレイン。
「あの色が一番好きだったのに」
ま、いいか。とほいと渡された。
「ネック細くて握りやすいだろう?」
確かに手にしっくりくる。
「んで、次。プレベ」
真っ白なボディに黒いピックガード。
あ、見覚えが。
「シド・ビシャス色だね」
「あぁ、鈍器ですね」
太くゴリゴリした音がする。
この後もスティングレイだのギブソンだの試したが、結局、この二つに帰ってきた。
「JB62USかPB70USだね」
既に一時間以上が経過していた。
アヤは飽きたらしく持ってきた自分のギターを(ベースアンプで)爪弾き始めた。
「弾きやすさはジャズベースなのですが……」
音はプレシジョンベースのが好きだ。
「なら音で決めた方がいいかな」
けれどジャズベースの音も捨てがたい。
十五分粘り、どうせだから。と教えられたスタンドバイミーなど爪弾きつつ(いつの間にやら目の前にいたアヤに見つめられながらはやりにくかった)決めた。
「プレシジョンベースにします」
「渋いのにいったね〜」
後ろから声。
肩に手を置かれ、上から覗かれる。
ミヤだ。
「プレベだからって渋いというわけでもないさ」
と言ってレインは宇都木さんを呼ぶ。
「はいはいはい」
奥から出てきた宇都木さんは自分のベースを持っていた。
「そのベースは?」
「これ?アトリエZの……」
「聞いたら駄目だ延々語り続ける」
宇都木さんはがっくりと肩を落とす。
「このベース買う為にここで店員始めたらしいよ」
とはミヤ。
「三十万する。ハンドメイド」
と、アヤ。
「アンプは同じフェンジャパのベースマンクラシックつけて」
「総計はー、って店員に言ってもどうしようもないな」
「ああ、五万で頼むよ」
レインの恐怖の笑み。
「はいはいはいはい」
宇都木さんはもう諦めていた。
「シールドは?」
「モンスターで。L字」
こうして、後々長く使うことになる僕の愛機は決まったのだ。