9-1 faithless
僕は、屋上でぼんやりとしていた。
朝の冷たい空気。
給水塔に寄りかかり。
ライブをしてから二日。
まだ、あの時の熱が手に残っているようで、自分の右手を見下ろして苦笑する。
随分弾き倒して指先は固くなっているつもりだったけどライブで必要以上に力が入っていたようで、指先に僅かに血豆が出来ていた。
「フェイスレス」
急に呼びかけるような声がして、顔を上げる。
「何故、我々がそう名乗っているのか解るかい?」
レインが、立っていた。
冷たい風に髪をなびかせ、それに負けぬ冷たい美貌で。
フェイスレス……不誠実とか信用の無い、といった意味。
そういえば、その理由を聞いた事はなかった。
僕が考えている内にレインは傍にきていた。
向かい合って、吐息すらかかる位置で。
圧倒されて、動けなくなる。
「何故、最後の曲がコロラドブルドックなのか」
その怜悧な瞳の奥の、燃える焔に気付く。
「何故?」
呟くように答えた僕の声は朝の空気に散る。
レインはくすり、と嗤い、口許を僅かに歪めた。
「いつ、裏切られてもいいように」
更に距離は縮まる。
唇が触れそうな所まで。
ほんの少しだけ僕よりも低い背丈で、踵を浮かし。
余りに存在感のある彼女なので、僕よりも大きいと思っていた。
その僅かな発見に、僕は何故か動揺していた。
「もし、私がここで、愛の告白をしたらそれは同じ所へ立った仲間としての裏切りにならないかい?」
小さく、潜められた声。
頬に当たる吐息。
その言葉に喜び、胸を高鳴らせながら、何故僕は焦っているのだろう。
自分の気持ちの相反する思いに口を開けず、止まる。
レインは答えを待つかのように動かない。
暫くの空白。
緊迫した空気。
そして、ようやく僕が口を開いた時。
レインの肩越しに、アヤが見えた。
彼女は驚きに目を見開き、ぬばたま色の黒髪をなびかせ、走り去る。
「……ごめんなさい」
僕はそれだけを、凍り付いた肺から絞り出し、レインの横を駆ける。
気付いたのだ、自身の心に。
一心不乱に駆ける。
アヤを追って。




