8-5
そして
いよいよ、本番。
防音扉を開いて、ステージに出る。
スタンドに立てかけられた僕のベースが、一番奥で待っていた。
逆リハだったから準備は要らない。
震える足に力を入れてベースを担ぎ、一度振り返る。
アヤ、ミヤ、レイン。
三人の顔を見る。
レインは目を閉じ、漆黒のレスポールを構えマイクの前へ。
ミヤは軽くウィンクを返し、
アヤは僕の目を見て、頷いた。
ライトはステージに向かっているために客席は殆ど見えない。
僅かに数人、以前のフェイスレスのライブで見た顔が近くに。
後は表情の見えぬ観客が、後ろに。
意を決し、前を向く。
ミヤがスティックを投げ上げる気配。
そして、破裂した。
ミヤの揺るがないビートに合わせて自在に身を捻る、地を這うようなレインのギター。
心地よくカッティングをかき鳴らすアヤのバッキング。
僕は、ついていけなかった。
いつもは自然に動く指が、固まる。
音と音が途切れる。
左手のミスにつられ、右手の二本の指が絡まるかの如く。
イントロが終わり、歌へ。
単純なルート弾きに指が動かない。
走るライン。
手許しか見てなかった、一人焦る僕に正気を戻させたのは、ミヤのドラムでも無く、レインのかき鳴らすレスポールでもなく。
メインギターへと移ったアヤのムスタング。
本来ならメロディーを追うそれが、バッキングを奏でている。
歯切れの良い、高音の強いカッティング。
気付けば皆が僕のリズムに合わせてやんわりとテンポをずらし、合わせていた。
目があったアヤは少し、笑った。
間奏に入り、レインは後ろを、僕を見る。
そのまま頭の後ろでギターを奏でつつ、その顔は笑っていた。
ミヤがドラムの叩き方を変えた。
合わせやすいように、リフを減らしてまで。
僕は、一人でやっているのではない。
フェイスレスの一部なんだと。
四人が一つなんだと。
そう気付いた時に、
僅かな涙が瞳を湿らした。