8-2
そして、当日。
久々に母親と朝食を食べて、ベースを担ぐ。
今まで共に練習を続けてきたそれは、ずっしりと肩に食い込む重さを返してくる。
けれどもそれは頼もしい重さ。
心臓は、既に十六ビートを刻むよう。
昨日までは現実感が希薄だったけれど、今更ながらに実感がふつふつと沸いてくる。
固くなった右手の人差し指と中指を、親指で軽くなぞる。
まず向かう先は、ライブハウス……ではない。
いつも使っているスタジオ。
一時間だけ借りたそこで、今日の演目を一通しする。
ルーズリーフに書かれたセットリストをもう一回見て、ベースを担ぎなおし、歩く。
朝の日差しの中で見る、いつもの街。
シャッターの落ちた店。
何かいつもとは違って見えた。
「カイリ」
急に肩を叩かれて驚く。
見れば、アヤがムスタングのソフトケースを担ぎ、エフェクター類の入った鞄を持って立っていた。
駆けてきたらしく、息を切らせている。
「おはよう、大丈夫?」
言ってから大丈夫?は無いな。と思う。
「うん」
アヤは頷く。
少し向こうにレインの姿。
一緒に歩いてきたのだろう。
それなら、そのまま合流すれば良かったのに。
そう思った時に、息を整えたアヤは言う。
「カイリは何でうちのバンドを続けているの?」
質問の意図が分からなかった。
「それは……」
「あ、いや、私は、カイリが居た方がいいし、けして悪い意味じゃないねだけど」
いや、カイリは居なきゃいけないと言うか居て欲しいと言うか。
そんな事を言いつつ、何か考えるアヤ。
レインはもう少し向こう。
「え~と、カイリがあれだけ頑張って、ついて来た理由、かな」
僕は、その問いに、咄嗟に返そうとして言葉に詰まる。
レインへの憧れ?アヤやミヤへの友情?
フェイスレスが好きだから?
本当にそれだけ?
アヤの投げた一石は、思ったよりも重かった。




