6-5
「pulseってバンド、知っていますか?」
ベース専門店。
宇都木さんにそう話を切り出すと、彼は自身の手にあったアトリエZを取り落としそうになる。
「なんでまたそのバンドを知っているんだね、ミノリくん?」
少し焦ったかのような宇都木さんにこの前の本屋での出来事を話すと、なんとも言えない表情をする。
「偶然ねぇ」
考えるように顎に手を当て唸り、頭をがじがじと掻く。
金色に染めてまとめた髪が二、三本ほつれた。
「この辺じゃ、まぁ有名所だね、インディーズのレーベルにも話が来てるとか」
んで、何が聞きたい?
片手間に軽くスラップ練習をしながら尋ねる宇都木さん。
そう。僕は彼にスラップ奏法を習っていたのだ。
お陰で指には血豆が出来たけど。
「いや、今度対バンするみたいなので」
ふーん。とチューニングの狂った弦のペグをラフに巻く宇都木さん。
「どうでもいいけど璃那にはその話しない方がいいぜ」
何故か、と尋ねようとした時宇都木さんはぎょっとした顔をする。
「私がどうかしたって?」
背中にかかる僅かな重み。
上から聞こえた声。
紛れもなく、レインだ。
「ミノリも来てるなら言ってくれればいいのに」
見下ろす視線。
鋭い眼差し。不敵に笑む口元。
横のギター専門店の前掛けを付けているからにはバイトの日なのだろう。
というか、僅かに伝わる体温にどきどきする。
「ん?もしかして宇都木にスラップでも習っていたのかな」
僕の右手を握りつつ笑うレイン。
「あ、いや、その」
なんか恥ずかしくて知られたくなかったのに。
「一曲目か、あれは別にオクターブで弾くだけだから別にスラップじゃなくてもいいのに」
と言って、宇都木さんのベースを取って弾き始めるレイン。
「ほらね」
とベースを渡してくるレイン。
ナチュラルフィニッシュのボディ。
細いネックは握りやすい。
じゃ、なくて。
「俺のアトリエZ……」
宇都木さんのジト目に気圧される。
「しかし、大丈夫かい?」
レインは僕の右手を見て言う。
指弾きとスラップで使う二本の指は血豆が出来ているので酷く使いにくい。
かと言ってテーピングするわけにいかないしなぁ。
「ピック弾きの練習だと思えば、まぁ」
色々ピックを試すきっかけにはなった。
「私は、君の指弾きが好きだけどね」
どきり、とした。
僕は血の上った顔を隠すため、手許に目を落とす。
あのバンドの事は、結局聞けなかった。