6-3
それは本当に偶然だった。
いつもの楽器屋とは違う所で教習本を探す。
いつもの所はベースの品揃えはいいのだが、如何せん書籍が少ない。
「コードだけ見て、アレンジを決めろとはなかなか難しいことを言うよなあ」
つい、ぼやく。
それが当たり前とは言え、初めて数ヶ月の自分には荷が重い……。
「いや、やってみせるさ」
嘯く。
足を引っ張るわけには、いかないだろう。
ベースラインの本と作曲の本を見繕って、レジから離れた時だった。
後のことを考えて、悩んでいたのが悪かった……いや、良かったのかも知れない。
肩がぶつかる。
持っていた本が地面に落ちる。
「あ、すみません」
ぶつかった相手が謝る。
僕の肩くらいまでの身長。
ウェーブのかかった栗色の髪。
ロングスカートがよく似合った、落ち着いた女性だった。
僕が呆けている間に彼女が本を拾い上げてくれる。
「はい。バンドやってるんだ?」
開いてしまった紙袋の中身を見て微笑む彼女。
齢は二十前半、という所か。
「あ、はい」
本を受け取る。
「ありがとうございます」
買った本を見ただけで分かるってことはこの人も?
「これも何かの縁かな、よければ見てよ」
名刺入れから取り出された一枚の深い青のカード。
受け取ると、真ん中にホームページのURLだけが書かれている。
「あ」
何かに気づいたかのように顔を上げる彼女。
「じゃ、私は行くね」
頑張れ、少年。
そういって軽く拳で胸を突かれた。
何故か、彼女とはこれで最後とは思えなかった。
店の外へと走っていく彼女。
その先にはライダースジャケットを着た、黒ずくめの男性。
逆光でよく見えなかったが彼女と二言三言話したあと此方を向いて少し微笑んだように見えた。