5−3
「ちーっす」
ミヤが言いながら先に入る。
いつものベース専門店。
いつもと違うのは、激しいビートが満ちている事。
店内を見ると、宇都木さんがベースを弾いていた。
親指ではじき、人差し指で引っ張る。
サムピング、プリング。
俗に言うスラップ奏法というやつだ。
アトリエZのベースが、激しく唸る。
高音の強い音が、たたみかける。
まるでベースではないような音。
店内に入ると、ふつと止まる。
「おっと、いらっしゃい」
金に染め、後ろに束ねた髪が汗で張り付いている。
青いバンダナを外して、巻き直す。
「相変わらずだね」
レインがいささか呆れたように言う。
「まさか平日この時間に客が来るとは思ってなかったのさ」
宇都木さんはうそぶいてアトリエZをスタンドに立てる。
その横にはスティングレイ。
「久々じゃん、そのベース」
ミヤがスティングレイを指して言う。
「スラップの宿命だね」
スティングレイと言えばスラップと言うほどのベースだ。
「最初に買ったのがこいつだったのが運のつきさ」
と宇都木さん。
アトリエZもまた、スラップのベースだ。
個人的には指弾きしたときの音が好きなのだけど。
「で、今日は?」
「こいつのベースのピンをロックピンにして欲しいんだ」
ロックピンね。と宇都木さんがメモ。
「色は?」
急に話を振られ反応が遅れる。
「えーと、シルバーで」
「はいはい。了解」
すぐ終わるから。
宇都木さんが僕のプレベを持って奥に引っ込む。
「しかし、出費が痛いです」
ロックピンで数千円飛ぶのだ。
「仕方ないよ」
と言ったのはアヤ。
彼女が言うと、確かに。としか言えない。
操作性のために万単位でかけているのだから。
「私もフロントをハムバッカーにしようかな」
charがそんなカスタムにしていた気がする。
けれど、
「僕は今のアヤの音が好きだけど」
少しアヤが頬を赤く染める。
「そう?」
「あー、カイリがアヤちゃんに告白してるー」
にやにやしながらミヤがアヤにしなだれかかる。
いやまて、何か変な事いったぞ。
「なッ……違いますよ」
「お、動揺してる」
私の時は即答だったのに。
ミヤが明らかに分かってる顔で笑う。
「私の時?」
「聞き捨てならないな」
レインまで入ってくる。
「聞いてよ、カイリってばさ……」
追及をかわしたり、誤解を解きにドタバタして、みんなでわーわーやってると、作業を終えた宇都木さんが呆れた顔をして出てくる。
けれど話を聞くと笑って僕の肩を叩き、話の輪に加わる。
僕は翻弄されながら、不思議と嫌な気分ではなかった。