eve:2027 - ブックサンタミミミ番外編
※この作品は志室幸太郎様主宰のシェアード・ワールド小説企画「コロンシリーズ」参加作品であり拙作シリーズ「ブックハンターミミミ」のスピンオフ作品です。
公民館は子供達で賑わっていた。今日は十二月二十四日。年に一度のとっておきの夜だ。
「お待たせ~!」
明るい声を響かせながら入ってきたのは真っ赤なサンタのコスチュームでめかした少女だった。その姿を見た子供達は無邪気な歓声を上げる。
「いい子にしている皆に今年もプレゼントを持ってきたよ~! トナカイさ~ん!」
「はーい……」
彼女の声に続けてトナカイのコスプレをした少年が姿を現した。ぱんぱんに膨らんだ麻袋を掲げている。
「ちょっと、もっと元気出してよ」
少女は小声で彼に話しかけた。
「何で今年も俺はトナカイなんだ……」
「だったら替わってもいいよ? やる? ミニスカサンタ」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「ならもっと声出してよ……メリ~・クリスマ~ス!」
期待に胸を膨らませた子供達はサンタとトナカイにわらわらと群がっていった。
「お! おいこら押すな! ちゃんと全員分あるから慌てずに……!」
「俺の本どれだ~!」
「あたしのえほ~ん!」
「僕のずか~ん!」
「はいは~い、皆順々に取ってこうね~。サンタさんが配るから……」
「サンタさん今年も真っ赤なパンツだぞ!」
「ひゃっ! そんなとこ見ちゃいけません! 悪い子だよ!」
少女はとっさにスカートを手で押さえる。
「だからそんな短い衣装はやめとけって言ってるのに……」
「せっかくのイベントなんだから弾けないと!」
「そういうとこはほんと似てるよな……」
およそ一時間後、子供達の相手でくたくたになった少年はとある喫茶店のカウンター・テーブルに突っ伏していた。
「疲れてんな」
それを見兼ねてマスターがカップに入ったコーヒーを彼の前に差し出す。
「サービスだ」
「……ありがと」
軽く礼を言うと少年はミルクをふたつ、それからシュガースティックを三本掴み、その中身をカップにどばどばと注いでいく。
「うげ……まーた体に悪い飲み方しやがって……」
「好きなんだからいいじゃん」
彼の大好きな飲み物は「超絶ド糖」がキャッチコピーの「激甘MAXコーヒー」だ。
「う~ん、いつ飲んでもシド兄ちゃんのコーヒーは美味い」
「多分お前は僕のコーヒーを1割も味わえてない」
「この甘さがたまんないんだよな~」
「確実に砂糖じゃねーか!」
「お待たせー」
ふたりで話していると奥の従業員用の部屋から着替えを終えた少女が出てくる。彼の双子の妹だ。
「あ! またそんなの飲んで! 体壊すよー!」
「俺はまだ誰かさんみたいに脂肪を気にしてないから平気ですー」
「ちょっ! ちっ、違うからねシドお兄ちゃん! ボクはそんなの全然無いからね! ……もう、お姉ちゃんはそんな子に育てた覚えはありません!」
「俺が兄だっつってんだろ!」
「相変わらず仲いいなお前ら。メメメにも今淹れてやるからな」
「あ、じゃあ頂こうかな」
メメメは厚意に甘える事にした。
「……うん、美味しい」
彼女は淹れられたコーヒーをブラックのまま静かに飲んでいく。湯気で眼鏡が曇らない様に飲むのはなかなか難しい。
「ほんとにお前は育ちがいいな。母親似だな。姉にも見習って欲しいもんだ」
「っていうかシド兄ちゃんこんな事してていいのかよ。今日何の日か知ってるの?」
「お前達が仕事で疲れてやって来るだろうと思ってこうして閉店後もカウンターに立ってたってのに、酷い言い方だな」
「さすが。お姉ちゃんも惚れる訳だ」
「惚れてない惚れてない」
「ひとりの寂しい時間を潰す口実にも聞こえるけどな」
しばらくの間三人は談笑を続けた。
「それじゃそろそろ帰るね」
「ああ、気を付けてな」
「メリ~・クリスマ~ス」
去り際、メメメはラッピングが施されているセーターをシドに手渡す。
「おお、お前ら今年もくれるのか。サンキュな」
「風邪ひかない様にね」
「ああ。お前らもな」
喫茶店を出るとふたりは帰路に就いた。聖夜のすずらん通りにはまだちらほらと人影がある。
彼らは学業の傍ら、依頼人が求めている本を探し出す探書家という仕事をやっている。今日はクリスマス・イブという事で彼らがよく入り浸るこの街、神田神保町近辺の子供達に欲しい本をプレゼントするという特別なサービスを行った。去年に思い付きでやった物が好評だったため、今年も貯金を削って実施したのである。おそらく来年もやるだろう。
「つか、お前もいいのかよ」
突然ムムムが言い出した。
「何が?」
「だから、こんな日に俺といて」
「仕事じゃん。自分達でやろうって言い出したんじゃん」
「まあそうだけど……もう来年で高校はお終いだぞ。誰かそういうのいないのかよ」
「何? 心配してくれてるの?」
「そ、そんなんじゃねーし……」
「余計なお世話ですー。こないだも言い寄られたし」
「そ、そうなのか……」
確かに妹は可愛い顔をしている。それは彼も認めざるを得ない。
「その言い方だと断ったのかよ」
「ん。気になってる男の子がいますってね。ムムこそそういう話無いの? 顔はいいんだから」
「顔はいいってどういう意味だよ……ねーよ」
「まず髪を切ろうよ。バッサリと」
「あったかくなったら考える」
「そう言って結局切らないんでしょ。こないだ後ろ姿だけで大学生にナンパされたとか言ってなかったっけ?」
「その話は忘れろ。忌々しい記憶だ」
歩く事十数分。もう少しで自宅の最寄りのスーパーが見えてくるという所でメメメはカバンから小さな紙袋を取り出した。
「今年も誰からももらえないみたいだから、ボクからメリー・クリスマス」
「! ……おま…………はあ……」
彼は小さく溜め息をつきながらそれを受け取る。
「何? どうしたの? 嬉しくないの?」
「……いや……もう高校生なんだからプレゼント交換なんて今年でやめやめって去年言った気がするんだが……」
「ムムが一方的に言っただけでしょ」
「……そうかもしれねえ……しっかしそう言う俺も……」
恥ずかしそうにしながら彼も似た様な大きさの紙袋を妹に差し出した。
「えっ」
「……おんなじ事考えてたんかいと」
「くれるの!? ありがとう!」
彼女は驚きつつも喜んでいた。大袈裟な気もする。
「今開けていい?」
「ああ」
言いながら彼も自分がもらった紙袋を開けてみる。
「……やっぱ考える事は一緒か」
メメメからのプレゼント、それはファンタジー小説の文庫本だった。彼が彼女にプレゼントしたのも同じく文庫本である。先ほど彼が飲み干したコーヒーほどに甘ったるい恋愛小説だ。妹はベッタベタのそういうのが好きなのだ。
「……っ! これ映画でやってる奴じゃん! ありがとう!」
機嫌がよくなったのか、彼女は鼻歌を歌い始めた。リズムに合わせておさげ髪が左右にふらふらと揺れる。
「そういや、さっき言った気になってる男子がいるっつーのはほんとなのか?」
「え? ……お兄ちゃんはやっぱり妹のそういう話を知りたいの?」
「そ、そこまで気になる訳でもねーよ。何となくだよ」
と言いはしたが、正直少し知りたい……と思っているのは内緒である。
「えへへー、秘密」
「……あ、そう」
「あれ、拗ねちゃった?」
「ち、ちげーよ! ……さっさとスーパー行くぞ! 今の時間だともう割り引かれてるかもだし。無くなる前に買わねーと!」
ムムムは急に走り出した。
「あっ、ちゃんと前見てよー! ……まったく、まだまだ気になっちゃうよ、あの兄は」
少女は白く染まる兄の背中を追いかけた。