7.超絶ぼっちな僕、超絶美少女の修羅場に巻き込まれる【挿絵有】
放課後部活が終わり、僕はいつもと変わらない下校時間を迎えたわけだが、ひとつだけ違う点がある。下校途中の道で何故か知らない女子に声をかけられたのだ。
ちなみに自慢じゃないが僕は下校中に女子に話しかけられたことなど一度もない。
「ねぇちょっと聞いてんの?」
眉間にしわを寄せ、そう言ってきた目の前の女子。制服を見たところ僕と同じ学校なのは間違いない。髪は長い金髪でウェーブがかっている。
「ああ、ごめんなさい。下校中に女の人に話しかけられたのは初めてなので」
「はぁ? 何わけわかんないこと言ってんのよ。それよりあんたが九条であってるの?」
九条、って僕の名前か。最近は僕の名前を覚えててくれる人が多いみたいだけど、槍でも降るのかな。
「合ってます、けど。なんですか?」
「あんた、あの佐々木と仲が良いって本当?」
「佐々木さん? まぁ、多少は」
「ふうん、じゃあやっぱりあんたが黒幕だったのね!」
「く、黒幕?」
彼女は人差し指を僕に突きつけてきた。
黒幕ってなんだ? 僕は知らないうちに悪の秘密結社でも築いていたと言うのか?
「わかってんのよ、あんたが佐々木を操ってるんでしょ!」
「い、意味がわからないよ。何を言ってるんだ、君は」
「あんたのせいで私は部活をクビになったんだからね! 責任とりなさいよ!」
駄目だ、全く話がわからない。さっきから何を言っているのかさっぱりわからないけれど、とりあえずこの人が僕に対して怒っている事だけは理解できる。
「部活? なんで部活が関係あるのさ」
「私はね、昨日まで茶道部だったのよ!」
「茶道部? 茶道部って確か……」
佐々木さんが所属してるって嘘をついた部活だ。あれは確かに申し訳ない事をしたけど……ん?
「昨日まで? 昨日までってどういうこと?」
「何よ白々しい。佐々木が茶道部にいるっていうから男子どもが毎日ゾンビみたいに部活に押し寄せたのよ。それを新入部員の私が追い払ってたら……追い払ってたら! 『あなた、少し凶暴的過ぎますわ』とかなんとか言われてクビになったの!」
彼女は鼻息を荒くして、僕に詰め寄りながらそう言った。顔が近い、少し気恥ずかしい。
それにしても新入部員という事は僕と同じ学年だったのか。
「そ、それは大変だったね」
「大変だったね、じゃないわよー! あんたが仕組んだんでしょーが!」
「い、いや誤解だよ! 僕は何もしてないよ。佐々木さんが一人でやったんだ」
我ながら情けない物言いだが、本当に僕は何も言っていないので仕方ない。
すると、彼女は少し考え始めてやがて納得したように、僕から離れた。
「よく見れば……あんたみたいな弱そうなのに、あの佐々木が操られるわけないか」
「とても悔しいけれどその通りだよ」
「って事は、やっぱり佐々木が悪いわけだ。ふうん……ねぇあんたって佐々木と仲良いのは本当なの?」
「まぁ、他の人よりは喋ったりしてるけれど」
「じゃ付き合ってるわけ?」
「いや、それはないよ」
「なるほどね。佐々木が、あんたとだけ仲良くしてるって事は……ふふ。良いこと思いついたわ」
彼女は僕のことをじろじろと見たかと思えば、突然悪ガキの大将のように笑みを浮かべた。
なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「ねぇ、あんた下の名前はなんていうの?」
「僕? 幸村だけど」
「そう、なら幸村。あんたには協力してもらうわ。嫌とは言わせないわよ、私の部活を奪ったんだからね」
「協力って何さ」
「それはまた後で話すわ。今はこれくらいにしましょう」
そういえば今って下校中だった。この子のインパクトが強過ぎて忘れてた。
「そういえば、君の名前は?」
「有里香よ。またね」
そう言って、彼女は元気よく走っていってしまった。有里香……どこかで聞いたような気もするけど、僕は人の名前を覚えるのが得意ではないので、忘れてしまった。
とりあえず僕もそのまま家に帰ってその日は終わった。問題が発生したのは次の日だ。しかも朝。
「やっ、幸村」
いつものように僕は学校までの道を一人で歩いていたわけだけど、背後から突然声が聞こえてきたのだ。
幸村? 幸村って誰だ?
「何無視してんのよ、幸村!」
再び声が聞こえる。今度は肩を掴まれた。どうやら僕のことらしい。そういえば僕って幸村って名前だった……。
僕はとりあえず振り返ってみた。するとそこには、金髪で少しつり目がちな女の子が立っていた。昨日会ったばかりの人じゃないか。
「ええと……有里香、さん。おはよう」
流石に昨日あれだけ話しかけられたから、僕も名前を覚えていたようだ。
「有里香でいいわよ」
彼女は腰に手を当てて不満そうにしている。
「じ、じゃあ、有里香……」
「そ、そんなに照れて言われるとこっちも変な感じになるじゃない」
何故か有里香も照れた様子でそう言った。沈黙が二人を襲う。気、気まずい。それもそのはずだ。僕が今まで女の子を呼び捨てにしたことなんて一度もない。それも下の名前でなんて。
空気を変えたかったのか、有里香は咳払いをして話を変えた。
「んん、そういえば、なんで一回無視したのよ」
「いや、登校中に話しかけられたこともないし、同年代に名前で呼ばれる機会もないから反応出来なくて」
「何それ、寂しい奴ねあんた。まぁいいわ、一緒に登校しましょ」
「寂しいってそんな雑な……え?」
「何?」
「い、一緒に登校するって言った?」
「言ったけど」
「お、女の子と一緒に登校するなんて……馬鹿な。僕に何が起きてるんだ?」
「あー、変な勘違いしないでよね。これは作戦よ!」
有里香はそう言って、邪悪な笑みを浮かべた。どうやら彼女が急に僕に好意を抱いたとか、そういうラブコメ的展開ではないらしい。
「作戦?」
「ええ。私は考えたわ。いったいどうすれば佐々木に悔しい思いをさせられるかをね!」
「佐々木さんも恨まれたもんだね……それで? なんで僕と登校するのに繋がるのさ」
「決まってるじゃない。佐々木はあんたとだけ仲が良いんでしょ。そのあんたが私と仲よさそうにしてたら、あいつは悔しがるに違いないわ! 修羅場を作るのよ!」
「そ、そうかな……?」
佐々木さんが悔しがる姿なんて想像もつかないんだけれど。
「そうよ。ということで、あんたには今日から協力してもらうわ。いいわね?」
「いや、全然よくないんだけれど……」
「つべこべ言わない! あんたらのせいで私は部活クビになったんだから責任とりなさい」
「うーん……まぁわかったよ」
僕はしぶしぶ頷いた。断り切れそうな相手でもないしね。
「ふふ、面白くなってきたわ。さぁ、そうと決まれば早く学校に行くわよ」
「うん。でも、佐々木さんに勝てる気がしないけどなぁ……」
そういうわけでその後色々と話しながら、僕と有里香は学校に到着した。彼女は別のクラスなので、僕たちはそれぞれの教室に入る。佐々木さんは既に席に座っていた。というより今日は話していたせいで僕が遅いのか。
いつものように自分の席にカバンを置くと、隣の席の佐々木さんが、ちらりと僕を見た。
「おはよう。今日は遅いのね」
「え、ああ……うん。ち、ちょっとね」
僕が動揺したのがバレたのだろうか、佐々木さんは目を細めて訝しげに僕を見た。
「ねぇあなたもしかして何か隠して……」
佐々木さんが言いかけている途中で朝のホームルームの鐘がなった。助かった。なんかボロを出してしまいそうだったからね。有里香については何も佐々木さんに言うなと言われているので、僕は何も言う事はできない。
佐々木さんも、鐘がなったから諦めたようで話を切り上げた。
授業中、僕のスマホが震えた。佐々木さんからメッセージが来たらしい。おいおい、今授業中だよ。
教科書を盾にしてスマホを見てみると、そこには、
『あなた、私に隠し事しているでしょう』
と書かれていた。そしてクマがサングラスをかけているスタンプ。
なんでここまで怪しまれているんだ? 僕の挙動ってそんなにわかりやすいのかな。けれど話すわけにはいかない。僕は『何のこと?』としらばっくれておいた。
とりあえず、お昼休みまでは我慢だ。何をするのか知らないけれど、有里香は今日の昼休みに何か行動を起こすと言っていた。というか何で僕が我慢なんてしてるんだ、とんだとばっちりじゃないか。
佐々木さんからの攻撃を避けつつ、僕はなんとかお昼休みを迎えることができた。ただし、お昼休みという事は、佐々木さんと面と向かって話すという事だ。
「さて、九条君? お話をしましょうか」
嘘っぽい笑顔を貼り付けた佐々木さん。恐ろしい。怒られるの怖い。
正直言って対面で話して佐々木さんに嘘をつき続ける自信が僕にはない!!!
来るなら早く来てくれ有里香。
そんな事を考えていたら、教室の扉が開いた。そこにいたのは金髪の女子生徒。有里香だった。有里香は性格はきついけれど、見た目は綺麗なので嫌でも周りが注目する。
有里香は僕を見つけると、少し小走りでこちらに向かってきた。
「ごめんなさい。待たせたわね、幸村!」
そう言って有里香は手に持っているパンを、僕の机に置いた。ど、どういうことだ?
「ど、どういうこと? 有里香」
「何しらばっくれてんのよ。一緒に食べるのよ、お昼ご飯」
「こ、ここで?」
「そうよ。何かまずい?」
「そ、そりゃあ……佐々木さんも、いるし」
僕はちらりと佐々木さんを見た。佐々木さんは獲物を殺すかのような鋭い視線で僕を見ていた。
僕は思わず視線をそらす。こ、怖すぎる。
「あぁ、なんかいたのね。気づかなかったわ。私は今から幸村と一緒にご飯を食べるから、あんたはどいてくれる? 邪魔だから」
有里香は、佐々木さんに向けて挑発的な笑みを浮かべた。
なんだこの状況!? 何がどうしてこうなった!?
「ふぅ……面白い事を言う人ね。もしかして今のは挑発? ねぇ九条君、この方は誰なのかしら? ちゃんと人間の教育を受けた人なの? もしかして最新科学の力を得て人っぽくなった牛なのかしら」
佐々木さんも立ち上がって有里香を睨め付けながらそう言った。
怖いよー嫌だよー。
「だっ、誰が! 牛よ!」
「あら、違うの? そんな牛みたいな乳をぶら下げているからそう思ったのだけれど」
「なっ!?」
佐々木さんに胸を指さされた有里香は思わず胸を両手で隠した。確かに有里香は胸が大きい。本人も自覚はしていたみたいで顔を真っ赤にしている。
「む、胸が大きい私が羨ましいんでしょ!? あんた女としての魅力なさそうだもんねぇ!?」
「お生憎様だけど、私はこれでもモテている方よ。あなたはもう少し胸以外にも大きくした方がいいんじゃないかしら。器とか」
「ふ、ふん! あんたなんか馬鹿馬鹿ばーか! ばーか!」
もはや何も言えなくなっていた有里香は涙目になっていた。口喧嘩で佐々木さんに挑むのは無理ゲーだった。
「ちょ、ちょ、有里香。落ち着いてよ。何しに来たのさ、君は。お昼食べに来たんじゃないの?」
耐えきれなくなった僕は、有里香の前に立って落ち着かせようとそう言った。
「ふーっ、ふーっ……そ、そうね」
有里香も少し冷静さを取り戻したようで、誰も座っていない椅子を持ってきて座った。
「ここまで言われて、居座る度胸だけは認めてあげるわ」
「な、なんですって!」
「お、落ち着いてよ有里香」
なんで僕が有里香を引き止めてるんだろ。
でもこの二人放っておくと取っ組み合いの喧嘩とかしそうで怖い。
「くぅ……お、落ち着いたわ。ありがとう幸村」
「下の名前で呼び合うなんて、随分と仲がよろしい事で。ねぇ? 『九条』君」
佐々木さんは、僕の方をじいっと見つめながらそう言った。
な、なんだろう、理由はわからないけどとても責められている気分だ。
「ご、誤解だよ佐々木さん」
「誤解? 誤解って何かしら。今日は朝から様子がおかしいと思えば、その牛女と乳繰りあっていたってことなのかしら」
「そ、そういうわけじゃ……ねぇ? 有里香」
「私はあなたに訊いているのよ、九条君」
僕は謎の汗が身体中から発せられるのを感じた。
拝啓、お母様、お父様。元気でしょうか。僕は今、窮地に陥っています。お父様は、女の人を怒らせると怖いぞといつも仰っていましたが、確かに怖いです。お父様は、いつもお母様の怒りからどうやって逃げているのですか。僕は今すぐその答えを知りたいです。
僕はそんな事を考えながら、この地獄を逃げ切ろうとしていた。
大きいのは素晴らしいよね
やる気が出たので珍しく連続更新
作者のモチベーションは感想とブックマークと評価ポイントで出来ているので是非よろしくお願いします