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5.超絶ぼっちな僕、本を買う


 今日は土曜日だ。さて、とりわけ何か予定があるわけでは無いんだけど、どうしようかな。家でごろごろしてもいいし、気分転換でどこかに出かけてもいいな。

 そういえば、この前漫画の最新刊が発売されたな……うむ、出かけるか。僕は適当に着替えて、妹に何やら言われる前に家から飛び出した。


 僕の家から学校までは歩いて20分程度だが、ここから10分程度歩くと少し栄えた場所に出る。そこには僕がよく行く本屋さんがあるのだ。


 僕はワイヤレスイヤホンを付けて音楽を聴きながらプラプラと歩く。三曲目の途中くらいで目的の場所に着いた。この本屋は、今では珍しい個人経営のお店だ。だから店長の好みに合わせられた本が多く存在する。もちろん漫画も小説もどちらもある。

 僕はイヤホンを外して店内に入った。


「おっ九条君、元気?」


 長い髪をちょんまげのように後ろで結び、無精髭を生やした長身の男。和服を着た店長さんが店の奥から話しかけてきた。この人で和服を見慣れすぎて麻痺してるけど、やっぱり変だよな。


「ええ、元気ですよ。店長もお変わりないようで」

「相変わらず閑古鳥が鳴いているよ」

「閑古鳥が鳴くには少し早い時期な気がしますが」

「そういう細かい話はしてないよ、九条君。そういうことばかり言うからモテないんだ」

「なんで店長が僕のモテ度を知ってるんですか」

「見てればわかるよ」


 説得力がある一言だ。まぁとはいえ僕は店長と会話しにこの店に来たわけじゃ無い。漫画の新刊を買いに来たんだ。

 僕は新刊のコーナーの方へと歩く。するとこの店にしては珍しく客がいた。髪を肩くらいまで伸ばしていて、背筋をピンと張っている凛々しい女の子。女の子にしてはシンプルな服装をしているが、確かどこかで見た事があるような……。

 相手の方も僕の存在に気づいたようでこちらを見てきた。


「おや、君は」

「ああ、ええとどうも。はじめまして。同じ学校の人、ですよね? この前屋上に行く時に話しかけてくれた」


 そうだ、この前佐々木さんとお昼ご飯を屋上で食べようとした時に話しかけてきた人だ。

 僕がそう言うと、何故か無言のまま彼女は僕の目をじっと見つめて、そのあと諦めるようにして息を吐いた。よくみると潤んだ綺麗な目をしている人だ。まつげも長い。


「……そうだね。私は美雲みくもというんだ。同じ一年生としてよろしく頼むよ」


 この人同じ学年だったのか。てっきり先輩かと思っていた。


「そうなんだ。こちらこそよろしく。僕は――」

「九条君だろう? 知っているよ」

「え? なんで僕の名前を……」


 しかも田島と間違わずに。いや田島と間違えている事がおかしいんだけど。僕の名前を知っていてくれている人なんていつぶりだろうか。嬉しくて涙が出そうだよ。


「なんでちょっと涙目なんだ君は。私は生徒会に入っているからね。同学年の生徒なら名前は覚えているさ」

「生徒会……なるほどね」

「君はこんなところで何をしてるんだ。彼女さんとは今日は一緒じゃないのかな?」


 いつのまに僕に彼女が? もしかして気づいていなかっただけで僕には彼女がいるのか?


「彼女って誰のことさ」

「佐々木さんだよ。おや、もしかして違うのかな」

「佐々木さんは違うよ。最近他の人にもよく言われるんだけれど、付き合ってなんかいないさ」


 僕がそう言うと、美雲さんは興味深そうにしていた。


「それは意外だね。あの『男嫌い』という噂の佐々木さんが男子と一緒に昼食を取っているという事は、そういう事なのかと思っていたが」


 男嫌い、そんな通り名が付いてるのか。もしかして僕にも『孤高の狼』みたいな通り名が付いていたりするんじゃないかな、そうなら良いんだけれど。


「佐々木さんとは少し気が合って話しているだけさ」

「ふうん、まぁいいさ。それで、君はここに何を買いに来たんだい?」

「漫画の新刊をね」


 僕はそう言って、棚にある最新刊を取り出した。


「ああ、『フリード』か。私も小さい頃から読んでるよ。既に最新刊も買った」

「へぇ、女子でフリード読んでるなんて珍しいね」


 フリードは少年漫画だ。主人公のフリードが仲間と共に闘って敵を倒していく王道少年バトル漫画。もう長い事続いているし国民的人気もあるけど、女子はあまり読んでいるイメージはない。


「私はこう見えてアクティブでね。血沸く戦闘なんかも好きなんだ。君はどのキャラが好きなんだい?」

「ううん、そうだな。僕はレバンかな。仲間想いで、憧れるね」


 レバンは主人公の仲間の一人で、皆から頼られている兄貴的存在だ。僕はそんな彼がとても羨ましかった。小さい頃はよく彼みたいになろうと思っていたりもしたけれど、上手くいかなかったな……あれ、涙出そう。


「レバンか。熱い男だ」

「美雲さんは誰が好きなんだい?」

「私は、ユルヴァかな」


 ユルヴァは影の主人公とも言われている男だ。フリードと幼馴染のユルヴァは、いつもフリードの影で活躍してきた。だがユルヴァはとある戦闘で主人公を庇って死んでしまう。その時ユルヴァは自分のある秘密を、あえてフリードに伝えずに最期に命を落とした。読者にだけ伝わったその衝撃的な秘密は、僕たちを震撼させたものだ。


「格好いいよね、ユルヴァは」

「ああ、私もああいう強い人間になりたいものだ」

「意外だ。てっきり美雲さんはもっと落ち着いたキャラが好きかと思ったんだけど」

「ふふ、人は見かけによらないものだよ九条君。草食と見せかけて肉食、なんていうのはよく聞く話さ」


 そう言って美雲さんは魅惑的な微笑みを見せた。

 わかったようなわからないような。不思議な空気を纏っている人だ。


「ところで、僕は漫画を買いに来たんだけど、美雲さんは何をしに?」

「私は小説を買いに来たんだ。徳川すばるの最新作さ」

「ああ、今有名なあの人」


 徳川すばるは少し前に小説の大きな賞を取って一躍有名になった人だ。恋愛小説を書いているらしくて、僕は読んだことがない。今人気の小説家だが、素性は一切明かされていない。


「そう。一作目を読んで私も彼のファンになってしまってね。二作目を買おうという訳さ」


 そう言って、彼女は新刊の本棚から一冊の小説を取り出した。タイトルには『新風』と書かれている。


「なるほどね」

「君も読むといい。さて、私はそろそろ用事があるので失礼するよ」

「そうだね、暇な時にでもそうさせて貰うよ。じゃあまたね、美雲さん」

「ああ、またね、九条君」


 美雲さんはお会計をすませると、そのまま店から出ていった。さて、そろそろ僕も帰るとするか。


「九条君が美雲ちゃんと知り合いだとは思っていなかったよ」


 お会計の時に、店長は僕にそう言ってきた。何故か少しニヤニヤしている。


「僕もこの前知り合ったばかりですよ。なんで嬉しそうなんですか」

「いや、なんだか二人って少し似てるところがあるじゃない? お似合いかもねぇ」


 似てるところ……あったかな?

 正直自分だとさっぱりわからない。


「僕があんな綺麗な人とは釣り合いませんよ」

「どうかな? 俺の見立てだと意外といける気がするけどねぇ」

「店長の見立ては当てになりませんからね。前も『来る』って言ってた作者の本全然売れなかったでしょ」


 店長はイチオシ作家の作品を大量に仕入れたようだが、全く売れる事なく赤字になっていた。


「あはは……それを言われちゃきついな」

「というより美雲さんってここの常連だったんですか? 僕も結構通ってるつもりだったんですが見た事ないですけど」

「ああ、美雲ちゃんはつい最近来てくれるようになったからね。ここ一ヶ月くらいかな、上手いこと二人は会わなかったみたいだけど」


 一ヶ月っていうと、高校に入ってから来るようになったのかな? まぁそんなこと僕が考えていても仕方ないか。


「ふぅん。それじゃあ店長、また来ますよ」

「あいあいーまたらっしゃい」

 

 他にどこか寄って行こうかなと考えた結果、僕はコンビニに寄ってお菓子を買っていく事にした。

 コンビニがあるのはここから五分程度の場所だけど、そっちには大きなデパートもあるので人通りが多い。だからといってなんでもないはずなのだが……。


「あら、寂しい空気を感じたと思えば、九条君じゃない」


 コンビニまであと数歩というところでそう話しかけられた。誰だかもうわかってはいたが振り返って見てみると、そこには私服姿の佐々木さんがいた。

 私服もとても新鮮だが、まさか彼女と休日に会うことになろうとは。


「佐々木さん。偶然だね、僕も今神々しい女神のような空気を感じていたところだよ」

「そういうスピリチュアルな事いうの恥ずかしいからやめて欲しいわ」

「君が言い出したんだけどな。何してるのさ、見たところ買い物をしていたのかな」


 佐々木さんは片手にビニール袋を持っている。2リットルの飲料水と何か他にも入っているようだ。


「え、ええ。まぁ少しね」

 

 ん? 佐々木さんにしては珍しく言いよどんでいる。これはもしかして何かあるのでは?


 ビニール袋をよく見てみると、少しだけお菓子の箱のようなものが飛び出している。あれは確か……『クマのマーチ』か。クマのマーチはクマの形をしたクッキーの中にチョコが入っている国民的お菓子だ。

 それだけなら普通なのだが、ビニール袋にはそのクマのマーチらしき箱が大量に入っているように見える。というかあれ飲み物以外全部クマのマーチじゃないか?


「ねぇ佐々木さん。クマのマーチ、好きなんだね」

「……なんのことかしら」


 佐々木さんはいつの間にか無表情に戻っていた。あんだけあるのにしらを切るつもりだとは。


「いやそのビニール袋に入ってるの殆どクマのマーチだよね」

「人のビニール袋を見ているなんて痴漢だわ」

「痴漢!?」


 斬新な発想だ。

 まさか痴漢冤罪がお菓子にまで及ぶとは。だが折角手に入れたチャンスだ。逃してたまるか。


「まぁでも佐々木さんもチョコが好きで大人買いしちゃうなんて可愛いところがあるんだね」

「別に好きでもなんでもないわ。偶然買っただけよ」


 いや偶然それだけの量を買うことはないと思うけれど。どうやら佐々木さんも判断力が鈍っているようだ。


「そういえば佐々木さんはマインのクマのスタンプばかり使っているよね。つまり佐々木さん、クマが好きなんでしょう。あれだけクールぶっていても女の子らしいところあるね。ふふ、隠さなくてもいいじゃあないか」

「な、何を言っているのかわからないわね。あぁそうだったわ、私用事があったの。じゃあまたね、九条君。寝違えて首がちぎれるといいわ」


 寝違えるってレベルじゃないよそれ。僕がそう言い切る前に佐々木さんはそそくさと帰ってしまった。

 初めて佐々木さんに勝ったんじゃないか? なんだか達成感があるな。とはいえ、少しやりすぎちゃったかな。さて、僕も帰るか。



 家に帰って、僕は早速買ってきた漫画を読むことにした。妹はどうやら僕と入れ違いでどこかに出かけたようなので、リビングでゆっくり読むことにする。


 ちなみに前巻は敵の大ボスとの決戦で、主人公のフリードのすべての攻撃が効かない事が判明して、絶望のまま終わった。

 表紙は大ボスの手が主人公を包み込んで潰しそうになっている絵だった。主人公は弄ばれているという比喩表現だろう。


「絶対倒せないよ……どうするんだろうこれ」


 僕は独り言を呟きながら、ページをめくった。一度めくり始めると手が進む進む。もう90巻を超えた漫画だというのに何故こんなにも心をワクワクさせてくれるのだろう。

 そして僕はあっという間に本を読み終えてしまった。

 僕は驚愕していた。まさかこんなことが……ありえない。そんな馬鹿な。

 漫画の最後のページに描かれていたのは、秘密を告げずに死んだはずの主人公の親友ユルヴァだった。


 僕は言いようもない読了感に包まれながら、しばらくぼーっとしていた。


姿勢が綺麗な人っていいよね。

作者のやる気はブックマークと評価と感想で構成されているので是非よろしくお願いします。

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