4.超絶ぼっちな僕、佐々木さんとポッキーゲームをする【挿絵有】
佐々木さんと共に部活に入った翌日。朝、僕はいつも通り教室に入った。すると、教室が少しざわついている。もちろん友達のいない僕には、何が起きているのか状況を知ることはできない。
心なしか僕のことをクラスメイトたちがチラチラ見ている気がするんだけれど、気のせいかな。僕は気にしてなさそうに席に着いた。佐々木さんはまだ来ていないみたいだ。
席から クラスを少し眺めてみると、ある特徴をつかめる。どうやら騒いでいるのはほとんど男子のようだ。女子はそこまで騒いでいる様子はない。
とりあえず、授業が始まるまで寝たフリでもしていようかな、そう思っていると僕の元に一人の男子が来た。誰かと思えばこの前散々尋問してきた御堂君ではないか。
「な、なぁ田島……くん」
御堂君はどこかよそよそしい様子で話しかけてきた。
「どうしたんだい御堂君。急に君付けするなんて。それに君付けするほどへりくだるなら、せめて名前は合っていて欲しいものなんだけれど」
僕がそう言うと、御堂君は焦った様子で、頭をかきはじめた。
「あ、ああ、悪い悪い。えーと……田島じゃなくて……田村? いや……田本?」
「九条だよ」
「ああそうそう! 九条!」
いや、今絶対田縛りみたいな感じになってたよね。僕の一文字目は田だと決めつけた上で名前を探していたよね。
「それで何かな」
「ええと、噂で聞いたんだけど……佐々木さんって部活入ったのか?」
なんと。昨日の放課後の出来事が、既に朝には知られているとは。情報の出回る速さが尋常じゃない。
「ううん……なんで僕に聞くの?」
「なんでってそりゃ……お前が一番仲よさそうだからな」
どうやら周りにはそう見えているらしい。
「そう。でもそういうのは本人に聞いた方がいいんじゃないかな」
「ま、まぁそうなんだけどよ。それが出来たら苦労しないっていうか……」
「あ、ほら。佐々木さんが登校してきたみたいだよ」
僕は教室の入り口の方を見ながらそう言った。そこにはいつも通り凛々しく教室に入ってくる佐々木さんの姿があった。
佐々木さんは僕の隣の席なのでこちらに歩いてくるが、御堂君は特に話しかける様子はない。
「ねぇ、なんで話しかけないのさ」
僕は御堂君にそう言うが、彼は冷や汗をかいていた。
「馬鹿野郎。お前と違って話しかけたら心を打ち砕かれる可能性があるんだぞ」
僕も時々佐々木さんには酷いこと言われてるけどな。要は心の持ち方な気がするんだけど。
「焦れったいな。なら僕が話しかけるよ」
「おい、ちょっと待て」
「おはよう佐々木さん」
席に座った佐々木さんに向かって僕は挨拶をした。すると彼女は興味ありげに無表情のまま僕を観察した。
「おはよう。珍しいわね、あなたが挨拶をしてくるなんて。それにクラスメイトと話しているのはもっと珍しいわ。『まぼろしじま』で色違いを捕まえるくらいの確率ね」
それってほぼ0%じゃないのか。
横でぽかんとしている御堂君に代わって僕が話を切り出す。
「どうやらその御堂君が佐々木さんに話があるようなんだけれど。ね、御堂君」
「あ、ああ。そうです、そうだ」
緊張して言葉がおかしくなっているな。
「そうなの。それで用というのは何かしら。クラスの中で一番初めに私に告白をしてきた御堂君」
「うっ……俺が一番最初だったのか……ていうことは実質俺が佐々木さんの初めての男……?」
御堂君は、なんだか急に頬を赤らめて照れていた。ううむ、気色悪いな。
「気持ち悪いから早く話してちょうだい」
「あ、はい。あの、佐々木さん部活に入ったって聞いたけど、本当か、ですか!!」
すると佐々木さんは僕の方をちらりと見た。「あなたが話したの?」という目線な気がする。なので僕は違うという意味を込めて首を横に振っておいた。
「ええ、本当よ。それが何か?」
「ど、どこに入ったんだ?」
「なんで言わなくちゃいけないのかしら……まぁ隠したところですぐにわかるから言うけれど、茶道部よ 。『和』の精神を学ぼうと思って」
めちゃくちゃだこの人は。何が茶道部だ。和の精神を学んだ方が良いのは確かだと思うけれども。
周りを見ると、こっそりと聞き耳を立てていたらしい他の男子たちが皆「茶道部……」「茶道部だな」と口に出していた。何をする気だ。
「そ、そっかぁ、茶道部かぁ。うん、良いと思うぜ。お茶を立てる佐々木さんはとても似合ってると、お、思うよ」
「そう、ありがとう。是非見に来てね」
「え、いいのか!? やった! 行く行く!」
茶道部に見に行ったところで佐々木さんはいないけどね。
「それで、その噂とやらは誰から聞いたのかしら」
「え、誰って言われてもな……まぁいろんな人かな」
「そう、もういいかしら」
「あ、おう。もういいぜ、ありがとう」
嬉しそうな様子で御堂君は席に戻っていった。やれやれどうなることやら。
僕はとりあえず気になったのでメッセージを佐々木さんに送ってみた。
『なんで嘘ついたのさ』
『面白そうだからよ』
熊が悪巧みしているスタンプと共に送られてきた。
シンプルでとてもわかりやすい答えだ。まぁそんなところだと思ったよ。
何事もなく1日は終わり、僕はとりあえず昨日入部したばかりの文芸部に行こうかと思ったのだが、
「茶道部の様子を見に行きましょう」
佐々木さんがそう言うので、こっそりと様子を見ることになった。ちなみに教室には既に男子たちの姿はない。先ほど急いでどこかに向かっていった。
いつもなら部活に行っているはずの男子も、忙しそうにみんなとどこかに行った。相変わらず僕だけはハブられているようだ。
茶道部があるのは、校舎一階に1つだけある畳の部屋だ。どうやら初代の校長が茶道好きで作ったらしい。普段なら落ち着いたはずの場所だが今日見てみると、茶道部前の廊下に長蛇の列が出来ていた。
「佐々木さんを見せろー!」
「入部させろー!」
そんな声ばかり聞こえてくる。
どうやら佐々木さんがいると勘違いした男子たちがこぞって集まっているらしい。
「傍迷惑な連中ね。茶道部が可哀想だわ」
「いや、君のせいだと思うんだけれど」
僕たちはぎりぎりバレないような位置からその様子を伺っていた。僕らの学校では部活に入る時期は明確に決められていない。とはいえ二ヶ月くらい経てばだいたい皆部活に入るかどうかを決めるようだ。
あそこにいる男子たちも運動部に入るのを決めていたり、既に入部している連中がいるはずなのだが、彼らはそんな事より佐々木さんと同じ部活に入りたいらしい。
「そういえば入学式の後すぐに運動部のマネージャーに誘われたわ。座ってお茶を飲んでいるだけで良いと言われたけれど、勿論断ったの。何故だかわかるかしら、九条君」
「面倒だとか命令されるのが嫌だとか、そんな感じでしょ」
「正解よ、やるじゃない」
全く嬉しくない正解だ。おっと、ようやく男子たちは茶道部に佐々木さんがいない事に気付いたらしい。何やら言い争いをしている。よくみると、茶道部から出てきた一人の女子生徒に観衆たちは追い払われていた。一人であの男子たちに立ち向かうとは、やるな。
「気が強そうな子ね。私も怒られそうだわ」
佐々木さんもそんな事を言っていた。
佐々木さんがいないとわかった彼らは最早用無しとばかりに離散していった。御堂君もとぼとぼと去っていく。
「さて、茶道部に怒られる前に逃げましょう」
というわけで僕たちは逃げるようにしてその場から去った。そして比較的人に見つからないようにして文芸部の部室に入る。
部室に入ると、藤原部長が露骨に嫌そうな顔をした。
「ちっ、来よったか……」
「当然でしょう、私たちは文芸部員だもの」
「まだ仮じゃがな」
「どういうことかしら」
「入部届けを顧問の先生に見せておらぬからのう。まだ正式ではないのじゃ」
「なら早く見せに行ってくれないかしら」
「私はあの先生苦手なんじゃよなぁ……」
藤原部長は本当に苦手なようで、冷や汗をかいている。
「先生が苦手って、小学生みたいなこと言うのね。いいわ、私が出してくる。先生の名前は?」
「伊達先生じゃな」
「わかったわ、じゃあ行きましょう九条君」
やっぱり僕も行くのか。まぁそんな気はしていたけど。
僕たちはそのまま職員室に向かった。伊達先生は女の先生だった。身長は少し高めだ。跳ねっ返りの強いショートヘアだ。
「伊達先生ですよね」
「そうだが、お前たちは? そっちは有名な……確か佐々木だったか」
確か伊達先生は三年生の担任だったはずだが、佐々木さんの知名度はそこまで広がっていたのか。
「ええ、私文芸部に入りまして。伊達先生が顧問ですよね。入部届けを受け取ってもらえますか」
伊達先生は、紙を受け取ってしばし唸って何事か考えた後、入部届けを机に置いてこう言った。
「駄目だな」
「「えっ」」
思わず僕と佐々木さんのシンクロ率400%の「えっ」が出てしまった。
なんだ、どういうことだ? 先生が提出した紙を拒否するなんて現象がこの世にはあったのか。
「あー、今思い出したんだが……文芸部には入部試験があったんだった」
伊達先生は、白々しくそう言った。入部試験がある部活なんてこの学校で聞いたことはない。明らかに今作られたものだと思う。だって先生笑いが抑えきれてないもの。
佐々木さんも流石に戸惑っているようだが、流石に肝が座っているというかすぐに落ち着きを取り戻した。
「そうなんですか。それでその入部試験ってなんです? 私自慢じゃないけれど運動は大の苦手ですわ」
本当に自慢じゃないな。
伊達先生は、楽しそうに笑いながら答えた。
「大丈夫さ。だいたい文芸部の入部試験に体力が関係あるわけないだろうに」
「ならいいんですけど」
「試験は簡単だ。ここに先生の大好きなポッキーがある。このポッキーを二人で端っこから食べていき、先に口を離した方が負けだ」
「いやそれポッキーゲーム!!」
僕も思わず口を出してしまった。
圧倒的なポッキーゲームだった。
「どうした九条。怖気付いたのか?」
「いや、怖気付くも何も文芸部関係ないじゃないですか!」
「そういう日もある」
「そういう日ってなんですか! そもそもそれ負けた方は部活入れないって事ですか?」
「いや、違うな。見るのは度胸だ。だからどっちも本気でやっていたら両方部活は入れてやるさ。どうだ、やるか?」
く、なんて理不尽な二択だ。こんなのものをわざわざ受ける理由がない。
佐々木さんをちらりと見ると、何やらじっとポッキーを見つめている。まさかとは思うが、佐々木さん……。
「やるわよ九条君」
「本気で言ってるのかい佐々木さん。これは大変なことだよとても。すごく大変なことだ。語彙力がなくなってしまうくらいには大変だよ」
「大丈夫よ、要はギリギリを攻めればいいのでしょう。簡単なことだわ」
いやそんな単純なことではないと思うよ。けれど、佐々木さんの意思が強いものになってしまったので、試験はやることになった。
試験はもちろん職員室でやるわけにもいかないので、部室でやることになった。部室に入ると、藤原部長は伊達先生がいるのに気づいて、
「よ、用事があるのを思い出したのじゃ」
とかなんとか言って、帰宅してしまった。どれだけ伊達先生が苦手なんだ。
部室にいるのは僕と佐々木さんと先生だけ。
やっぱりやめた方がいいんじゃないか、そう言おうとしたが、佐々木さんはポッキーを口に咥えてしまった。そして僕の方を無表情で見てくる。
やれということだろう。仕方ない、腹を括ろう。
僕は一度深呼吸をして、佐々木さんが咥えているポッキーの反対方向を咥えた。
驚くべきことに、既にこの時点で顔と顔がかつてないほど近づいている。まずい、目を合わせると言いようもない気まずさが漂う。佐々木さんも気まずかったのか僕から目をそらした。
僕もとりあえず目線を下げると、佐々木さんの唇があった。もっとまずいことになりそうなので、僕は目を閉じた。いや待て、目を閉じたら僕がキス待ちしているみたいではないか。やめておこう。
僕は目を開けて可能な限り真下を見るようにした。自分の鼻を見て集中する。
「準備は出来たようだな。じゃあ始めるぞ、真剣にやれよ。開始!」
開始の合図と共に、僕はとりあえず小さくひと齧りした。思ったよりも進む。佐々木さんも同じような配分で噛んでいるようだが、このペースだとすぐに唇が激突してしまう。大丈夫なのか?
くっ、しかしここで挫けるわけにはいかない。なんだかよくわからないが、ここですぐに負けでもしたら、永遠に佐々木さんに意気地なしと言われてしまいそうだ。
僕は再び一口齧る。佐々木さんも齧る。それを数回繰り返しているうちに、とうとうあと一回進んだら唇が触れてしまいそうな位置まで来てしまった。
「おーおー!! やるじゃないか! もうほぼくっついてるようなもんだな。やれやれーい」
伊達先生は呑気にそんなことを言っている。
いやいや次行ったらまずいんだよ。でもここで引き下がるのもなんだか癪だ。こうなったら勢いで行ってしまおうか。そう思って、集中すると口元にポッキーの震えが伝わってきた。これは僕が震えてるのではない。ということは――
僕はそこで、ポッキーから口を離した。勝負は僕の負けだ。
「おっと、佐々木の勝ちか。惜しかったなぁ。ま、でも十分満足したよ私は」
伊達先生はケタケタと笑っている。どうやってこの人が教員採用試験を突破したかが謎だ。僕が面接官だったら落としているんだけどな。
「先生、なら私たちは部員ということでいいのかしら」
佐々木さんは、相変わらずクールな態度でそう尋ねる。この人も凄いな。
「ああ、問題ないぞ。そもそも別に試験なんて無いから入れるつもりだったけどな」
やっぱりそうだよね。無いとわかってはいたけど、意地悪な先生だ。
「私はお前たちが意識し合うくらいの距離でドキドキしているのが見たかっただけだ」
「してませんよ」
佐々木さんはバッサリと言い捨てた。そんなにいい切らなくてもいいじゃないか。
「ふふ……まぁいいか。じゃお前らは正式に文芸部の部員だ。好きにしていいぞ」
「おぉ……やった」
なんだか無駄な達成感があるな!
踊らされてる気がするけど、気にしないようにしよう。
「それにしても九条君、もしかして最後は私に気を遣ったのかしら」
佐々木さんは、僕の方を見てそう言う。見た様子態度にいつもとの違いは見られないけど。
「いいや? なんのこと?」
惚けることにした。
まぁどちらにせよ僕が勝手にやったことだ。
「そう……ならいいわ」
佐々木さんはそれだけ言うと満足したのか何も言ってこなかった。その日の夜、佐々木さんから何故か『生意気よ』というメッセージとクマがパンチしているスタンプが送られてきたが、理由は分からなかった。
トッポも好き。
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