超絶美少女な私だけが、超絶ぼっち九条君の秘密を知っている
――空が灰色に見える。
私は、退屈で仕方がないこの世界をとにかく嫌っていた。下手に顔だけはよく生まれてきたせいで、私にまとわりついてくる下卑た好意、嫉妬、恨み。
男の語る愛なんて、私の表面しか見ていないから嫌い。そんな浅ましいものに対して嫉妬を抱く女も嫌い。
全てが嫌い。
退屈で、どうしようもなくつまらないこの世界。人は皆、友達が大事だと言う。それは本当なのかしら。
私には小説に出てくるようなお互いを信頼できる友達がいない。いざとなったら、その人のために命すらも惜しまないような友達が。
そんなものが理想だっていうのはわかっている。だけどそれでも追い求めてしまうのは、いけないことなのかしら。
仮面のように、取り繕った日々に辟易する。いつしか取り繕うことも忘れて、私は自分の世界に他人を入れる努力をやめた。
興味を失った世界の空はいつしか色を失って灰色になった。
――世界には私しかいないの?
あれは高校受験のために会場に向かう朝のことだった。雨だから送ると親が言ってくれたけど、私はすぐだからいいと断った。
そしたら、知らない男たちに車に突然連れ込まれた。目を隠されて手を縛られて。何が起きたかわからなかった。
怖くて、自分がどうなってしまうかわからなかった。少しして自分が拐われたという事実に気づいて、抵抗しようとした時にはもう遅かった。
近くには私と同じように受験で通る生徒がいるはず。だから誰かが助けてくれると思ったけれど、そんな事は起きそうにもない。
絶望が頭を埋め尽くしそうになっていた時に、ふと目を覆っていた布がズレた。見えた右目から必死で外を見ようとしたけれど、涙で霞んでよく見えない。だけど、ひとりの男の子がこちらを見ていることだけはわかった。
助けてもらえるかもしれない。そう思ったけれど、彼はそのままそこを通り過ぎていった。私は、精神が壊れそうだった。
ほら……誰も助けてくれない。
世界はこんなにも、救えない。
顔が見えない私なんてなんの価値もない。
それとも私の顔が綺麗だと分かったのなら、誰か助けてくれるのかしら……。
いっそこのまま死んでしまえば楽なのに。そう思いすらしたその時、
「痛えっ!?」
私を拉致した男の悲鳴だった。
何が起きたかわからないまま、誰かが私の体に触り、手足の紐を解いて車の外に連れ出してくれた。
雨で濡れたアスファルトの上に尻餅をついた。見上げるとそこには先ほど私を見捨てたはずの少年が立っていた。
「走って逃げろ!!!!」
大声で彼は私に向かってそう叫んだ。
私は、恐怖で腰が抜けてしまいそうだったけれど、よろよろと立ち上がる。
すると男が再び私を捕まえようとしてきた。それを少年は必死で抑えて再び「逃げろ」と私に言う。
私は必死で逃げた。走って走って走って、どこかもわからないところまで。
事件が終わり、私の心がようやく落ち着く頃、私はある一つの感情が芽生えていた。
彼に、お礼を言いたい。彼にはいくらお礼をしたところで、恩を返しきれないだろう。ただ、とにかく彼に会ってお礼を言いたい。
私は親に相談した。親も勿論賛同してくれて、彼を探して手がかりをみつけてくれた。でも彼は私とは会ってくれないようだった。
何故……?
見知らぬ誰かのために、命を張って助けられる彼は、とても興味深かった。
世界には私しかいないの?
そう思って無色だった私の人生に、色がついた気がするのは彼がいると分かったから。彼のような人がいるなら、私はまだ、希望を捨てずにいられる。
彼と会ってどうなるかなんてわからない。それでも私は彼に会いたかった。
私は事件があった場所に再び赴いた。蘇る恐怖で今にも気絶してしまいそうだけど、彼の手がかりが何かあるかもしれないから。
そこで見つけたのは、学生の校章だった。彼のモノかはわからない。けれど、私はそれを持ち帰ってその中学を調べた。
中学校がわかった私は、今年卒業する生徒に彼がいることがわかった。
名前は、九条幸村君……。
私は、心の中でなんどもその名前を繰り返しながら、担任から聞き出した彼の進学先の高校に行く事に決めた。
高校に入学して、私は教室に九条君がいることを知った。これは偶然だったが、私は神に感謝した。教室に行って座席表を確認してみると、彼が私の席の隣とわかった。
私ははやる気持ちを抑えながら、自分の席へと向かう。周りが何か話しかけてきても全て無視した。
私は席に座り、隣をちらりと見た。
九条君は、寝たふりをしていた。私にはすぐわかった。何故ならあれは友達がいない人がよくやる仕草だから。
案の定、彼は起きていて、私の方を見てきた。目があった。
――とくん
心臓が高鳴る。彼と目があった。
言わなきゃ、「ありがとう」って。そうしなきゃ。
心の中ではそう思っているのに、私は声に出せなかった。今まで世界に誰も入れなかったことによって、私は誰かの世界に入ることも出来なくなっていたのだ。
でも、それでも彼に会えたこと、彼が私と同じひとりぼっちなことが、どうしようもなく嬉しくて、
「ふっ」
思わず笑ってしまった。
いけない、気づかれたかしら。
私はそんな事を恥ずかしがりながら、彼に話しかけられないでいた。
そして1ヶ月が経った。結局私は彼に話しかけられず、クラスメイトの男子どもからは次々と告白された。
クラスの女子からの妬みも日に日に強くなっていくし、どうしましょう。
そんなある日の放課後、私はイタズラされた自分の机を拭いていると誰かが教室に入ってくるのに気づいた。
振り返ると、そこには九条君がいた。
心臓が止まるかと思った。
今にも心臓が胸から飛び出してしまいそうだけれど、ここで何かを言わなきゃ私は一生変われない。
そんな風に思った私の口から出た言葉は、
「あら、あなたは……友達がいないぼっちぼちお君だったかしら」
そんな言葉だった。
自分で自分を殴りたい。何故こんな言葉しか出てこないのよ!
でも相手は私に気づいていないのに九条君なん呼んだら変だと思われるし、こうするしかなかった。
「酷い覚え方だな。僕は九条だよ」
彼が私の目を見て、そう話しかけてくれた。
嬉しくて嬉しくて、それだけで私は目から涙が溢れてきそうだった。
「そう。で、ぼちお君、もう放課後よ。何をしにきたの」
気をぬくとすぐに泣いてしまいそうだったから、強気な言葉で自分を隠す。
気持ちに気付かれないように出来るだけ淡々と。彼とずっと話していたい。私は感動から楽しさへと感情が移り変わっていた。
「まぁ頑張って。僕はスマホを手に入れたので退散するとするよ」
ああ、このままでは彼がいってしまう。
「あら、優しくないのねぼちお君。机を拭くのを手伝ってくれないのかしら」
「人の名前を覚えない人を手伝いたくはないな」
「面白い人だわ。ねぇ、『九条』君」
初めて彼の名前を呼べた。ずっと呼びたかった。
だから出来るだけ彼にその声が聞こえるように、強調してそう呼ぶ。
「あなたは何で私のことを好きにならないの?」
私の口から出た言葉は、自惚れと純粋な疑問などではなく、ただ話し続けたいという浅ましい欲求によるものだった。
その後も彼との会話は続く。私がクラス男子から告白されたことを話した。
「それは知らなかった」
「それはそうでしょうね。あなたには友達がいないもの」
そう、あなたは私と同じ。友達がいない。
けれど今はそんなことはどうでもいい。
「うるさいよ。別にいいだろ」
「というかそんな事はどうでもいいのよ。なんであなたは私の事が好きにならないの?」
彼と話を続けていたい。
けれど、次の彼の言葉は私の想像とは違うものだった。
「簡単な事だよ。だって君の読んでる小説――官能小説だろ?」
私は反応ができなかった。
と、同時に嬉しさで倒れてしまいそうだった。
九条君は私を見ていてくれたのだ。官能小説は別に好きで読んでるわけじゃない。周りが押し付けてくる清楚で清純なイメージがハリボテだと皮肉るために読んでいるだけ。
それだけしていても、周りの人はそんなことに気づかない。それを彼は気づいてくれていた。
私は嬉しくなって話を続ける。いつのまにか、話すつもりもなかった自分自身のことまで話してしまっていた。
そして、私は勢いのまま彼に、
「だからね、九条君。あなたは私の初めての『友達』になれる可能性があるわ」
そう告げた。
彼はぽかんとしていたが、私は気にせずに話す。
私の人生の分岐点があるならば、きっとここなのだろう。
私は彼を友達登録して、スマホでも連絡を取れるようにした。
これで今日はやれることはやった。心臓がもう痛いくらいだ。九条君には帰っていいと告げた。これ以上一緒にいると余計なことを言ってしまいそうだし。
「そう。じゃあ僕は先に帰るよ。じゃあね」
「あ、そうだひとつだけ、注意があるわ」
私は帰ろうとする彼を引き止めた。彼がこちらを振り返る。
「私の事は――好きにならないでね」
それは自分に対しての宣誓だった。
友達を作る。彼は恩人であってそこを履き違えてはいけないと、自分自身に言い聞かせるためにそう言った。
すると彼は、何も言わずに手だけ振ってそのまま帰ってしまった。
いっそ、好きになんてならないってハッキリ言ってくれたら楽なのに。
私はそんな事を思いながら、彼の後ろ姿を見送った。
次の日、登校して教室に入ると隣の席の九条君は机に突っ伏して寝ていた。いや、あれは寝たふりだ。
なんてわかりやすい寝たふりなのかしら。
私は笑ってしまいそうになりながら、席についていつものように本を広げる。周りから見たら本を読んでいるようにしか見えないだろう。
机の下でスマホを操作して、九条君に向かってメッセージを送る。彼は気づいたようでこちらを見てきた。
さて、次は何を送ろうかしら。そう思って、私は少しいたずらをすることにした。
『ねぇ九条君。私のために死ねる?』
そう送った。
ワクワクしながら返信を待っていると、
『嫌だよ。好きな漫画が終わるまでは死ねないんだ僕』
そう返ってきた。
やっぱりあなたはこういう人なのね。私の事は知らなくても、きっとあなたは何かがあれば、また私を助けてくれるのでしょうね。それは私が知ってる九条君の秘密。
彼が私を知らなくても、私だけが彼の秘密を知っている。
私はこっそりと九条君の方を見て、思わず微笑んでしまった。
するとその時に彼がこっちを見てきたので、目が合ってしまう。少し恥ずかしくて顔をそらそうかと思ったけれど、彼の方が先にそらしてくれた。
九条君は窓の外を見ている。
私も見てみた。校庭の桜は既にない。ないはずなのだけれど、私には満開の桜が咲き誇っているように見えた。
――ありがとう、九条君。
あとできっとお礼を言おう。そう心に誓った。
ふと窓の外の空を見ると、青空が広がっていることに気づいた。空ってこんなに綺麗だったのね。
やれやれ……全く遅い春だこと。
ということで佐々木さん視点のお話でした。
この物語の続きは一応構想としてはあるんですが、僕のモチベが続くかわからないので不定期更新で更新するかもしれないししれないかもしれないです。
適当で申し訳ありませんが、そんな感じです。
ちなみに続きを書くとしたら、次は有里香の掘り下げかな…
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