3.超絶ぼっちな僕、部活に入る【挿絵有】
はてさて、僕というやつはどこで何を間違えたのか佐々木さんと食事まで一緒にとってしまった。こうなってくると、流石に僕の日常生活にも色々と変化が出てくるというものだ。
例えば、これ。
「おい、田島。お前なんで佐々木さんと一緒にご飯食べてるんだよ、もしかして幼馴染だったりするのか?」
僕は今、クラスメイト3人に、教室の隅っこの方で尋問のようなことをされている。やっぱり食事はまずかったかなぁ。僕に尋ねてきたのは、御堂君というちょっと不良チックな男子生徒だ。残りの二人はよく御堂君と一緒にいる友達のようだ。
というか僕の名前がいつのまにか田島で固定してしまっているみたいだ。やれやれ、最初に言いだしたのは誰だよ、全く。
「最初に言っておくけど、僕は田島じゃなくて九条だよ、御堂君。それと佐々木さんとは幼馴染じゃないよ」
僕がそう言うと、御堂君は納得がいかなかったようで、引き続き僕のことを尋問した。結局彼からの疑いが晴れることはなく、休憩時間が終わるまで続いた。ちなみに名前も覚えてもらっていない。
こんな面倒な事が続くのは嫌だなぁ。
「大変そうね」
もぐもぐと弁当を食べながら対面に座っている佐々木さんはそう言った。今はお昼休みだ。
「いや、君のせいなんだけれど」
「人のせいにするのは良くないわよ九条君。いったい私の何がいけないと言うのかしら」
「いや今この状態のせいだよね」
「あら、私が食事をしているだけなのに、何がいけないというのかしら」
「わかっている癖にはぐらかすのは君の悪いところだね」
「あら、怒った? それよりも九条君、あなた部活はどこに入るか決めたの?」
「一回文芸部に入ろうかと思ったけど、どうやら廃部寸前で部員を受け付けてなかったみたいだから断念したよ」
あの引きの悪さを発揮した時に僕の高校生活というやつが決定付けられたような気がしたなぁ。
「そうなの。なら今日の放課後は私に付き合ってくれるかしら」
「嫌な予感しかしないんだけれど」
「気のせいよ」
佐々木さんは基本的に表情が無いから、何を考えているのかが分かりづらい。だが今回は悪巧みをしているような気配を感じる。
そんなこんなで放課後になった。
「さぁ九条君。行くわよ」
「わかったよ」
佐々木さんに付いていくと、そこは見覚えのある場所だった。校舎1階の端っこにある、ボロボロの看板を立てた部室。文芸部だった。
ちなみに木の看板には雑に筆で『ぶんげーぶ』と書かれている。
「え……と、何しにきたの佐々木さん? この部活は入れないって言わなかったっけ?」
流石に僕も驚きを隠せない。いったい佐々木さんは何を考えてるんだろうか。部室の前で佐々木さんは僕の方を振り返って、
「聞いたわ」
さも当然かのようにそう答えた。
「じゃあ何しに?」
「乗っ取りにきたのよ」
「の、乗っ取り?」
乗っとるという言葉を現代社会の中で聞く機会があるとは思っていなかったよ。
「まぁ私に任せなさい。失礼するわ」
佐々木さんは部室の扉を無造作に開いた。
中は小さな部屋に本棚が2つ。そして長机に一人だけぽつんと座っている女生徒の姿があった。身長は小さい、小学三年生と言っても信じるだろう。薄紫色の髪をストレートに伸ばしている。
彼女は僕たちの存在に気づくと、読んでいた本を机に置いた。驚いているようだ。
「な、なんじゃお主らは? 部員なら集めておらんぞ」
「あなたが文芸部の部長さんかしら?」
「そ、そうじゃが。だとしたらなんだというのじゃ」
「文芸部に入部しに来たの。二人よ、お願いできるかしら」
「お前は私の二言前のセリフを覚えておらんのか!? 文芸部は部員を集めておらん!」
「何故かしら。見たところ部員は小学生のあなたしかいないみたいだけれど」
「私は高校二年生じゃ!」
「驚いたわ、てっきり小学三年生かと思ったのに、そんな冗談みたいなこともあるのね。ねえ九条君」
そこで僕に振られても困るんだけれど。
何を言おうか迷っていると、部長さんは僕の方を見て何かに気づいたようだ。
「あっ、お前は! 数少ない入部希望者! お前には説明したじゃろう。この部活はもう廃部だから人を集めておらんと」
「ええ、そんな事言われた気がします」
「じゃあなんで来たんじゃ!」
「なんでと言われても……」
佐々木さんに連れてこられたからだとしか言えないんだよな。そう思っていると、佐々木さんは眉をひそめて部長さんに尋ねた。
「そもそもなんで文芸部は廃部なのかしら?」
そう聞かれた部長さんは、少したじろいだ様子だった。
「ひ、人が少ないからのう。私しかおらん。これは無くなるのも致し方あるまい」
「あら、それなら人を集めればいいじゃない。確か五人いればいいんでしょう? 私たちで三人。あとたった二人じゃない」
「え、ええい、うるさい! 私が無理と言ったら無理なんじゃ。ほれ、さっさと出て行け!」
「あ、ちょっと、もう!」
僕たちは無理やり追い出されてしまった。有無を言わせない感じだったな。
「これは手ぶらで行っても無理みたいね。それに、名前を尋ねるのを忘れてしまったわ」
「そもそもなんで文芸部なのさ。別に部活に入るだけならどこでもいいじゃないか」
「あら、人が多いとすぐに九条君がぼっち化してしまうじゃない」
む……それは全く否定できないな。
「それに男子部員が全員私に惚れてしまって部活クラッシャーになっても嫌だもの」
「それも否定できないのが怖いよ」
「さて、それじゃああの部長の事を調べるとしますか」
「え、調べるの?」
「当たり前でしょう。何か弱みが見つかるかもしれないじゃない」
佐々木さんは、当然といった顔で淡々とそう言う。
考え方が怖いんだよな……。
「明日からは早速調査よ」
「わかったよ」
結局その日僕らは帰った。次の日になって、お昼ご飯も食べ終わり、暇ができたので佐々木さんは早速行動を始めた。
佐々木さんはまず、部長が高校二年生である事からあの部長の名前を知ろうと新聞部の同級生に声をかけた。声をかけた生徒は沼田さんと言い、眼鏡をかけたジャーナリズム溢れる新入女子部員らしい。
「ええ、佐々木さんが私に声をかけてくれるなんて! ね、ね、写真撮っていい?」
「粉々になるまでカメラを砕かれたくなければ写真は撮らない方が賢明だと思うわ」
「そっかー、残念」
沼田さんは、首からぶら下げた一眼レフを残念そうにいじっていた。そんなしょげている沼田さんを、佐々木さんはじっと見つめると、
「……まぁ一緒に撮るのであればやぶさかではないわ」
そう言った。珍しい、こういう元気元気タイプは苦手なのだろうか。
「え、本当! はい、じゃあ九条君、撮ってー」
「はいはい」
僕は適当に二、三枚彼女たちのツーショット写真を撮ってあげた。彼女は撮った写真を満足げに見ると、唐突に僕の方を見て、
「はいはい、九条君も佐々木さんとツーショット撮ってあげるから!」
「え? 何? 別にいいよ」
僕は別にわざわざそんな事をしてもらわなくても良かったのだが、沼田さんはグイグイと僕のことを佐々木さんの横に寄せてしまった。
「随分と渋るじゃない、ぼちおの癖に生意気よ。私と撮れるのだからもう少し嬉しそうにしなさい」
「そんな事言われてもな……」
「はい、チーズ!」
いつの間にやら沼田さんに写真を撮られてしまった。沼田さんはカメラを見ながら出来栄えをチェックしているようだ。
「おっ、これいいんじゃない? ねえ佐々木さん、これもしかしてちょっと照れてる? ね、ね!」
「な、何を言っているのかしら。そんなわけがないでしょう。ほらよく見なさい、いつも通りの私だわ」
佐々木さんは気丈に振る舞っているが明らかに焦っている。これは珍しいぞ。僕も見てみよう。
そう思って近寄ってみようとしたが、佐々木さんが手で遮り僕を近づけさせなかった。
「あなたは見ちゃ駄目」
「なんでさ……」
理不尽を感じた春の日だった。
「あ、それとさ! そこにいる九条君と付き合ってるって本当!?」
ちょっと前に落ち込んだと思ったらキラキラした目で再び佐々木さんに尋ねている。そんな噂が立っているのか。まぁあの佐々木さんと一緒にいたらそんな噂が立つのも仕方ないのかもね。
「違うわ、これで満足かしら。私はあなたに聞きたいことがあるのよ」
「えー、何何?」
「文芸部の部長さんが誰かわかるかしら」
「文芸部? ええと、人が少ないんだよね確か。うーんと、去年の三年生が卒業して一人だけ残ったんだっけ。誰だったかな……そうだ、去年の文芸部の部誌があったからちょっと待っててね」
沼田さんは小走りで自分の部室に向かったようだ。それにしても僕らと同じ時間しか過ごしてないのに、なんで去年の部誌なんて知ってるんだろうか。なかなかツワモノのようだ。
帰ってきた沼田さんは、片手に小冊子を持ってきていた。彼女はそれをペラペラとめくる。中は小説やエッセイや詩が書かれているもののようだ。そのほとんどは三年生のものだが、最後の一人だけ一年生のものだった。
「これが今の部長さんのやつだね。ええと、名前は……藤原小鳥さんだ」
藤原部長か。どんな小説を書いてるんだろう。そう思って、彼女の小説のタイトルを見た。
『リア充すぎる私が友達から頼られ過ぎて困る件』
そう書いてあった。僕は思わず「うわぁ」と声に出してしまった。
中身を見てみると、タイトル通り主人公が脈絡もなく沢山いる友達から頼られて凄い凄いと言われている小説だった。主人公の名前は真中で、藤原部長とは異なっているが、明らかに自己投影している。バレバレだ。
なんだか自分の恥部を他人が勝手に晒しているようなそんな気分だ。僕も友達がいて、頼られているような妄想をしないわけじゃないから否定することはできない。
ふと一緒に読んでいた佐々木さんの表情を見ると、面白いものを見つけたと言わんばかりに、珍しく口を吊り上げて笑った。
「ねぇ沼田さん。この冊子少し借りてもいいかしら」
「いいよー」
「ありがとう、明日返すわ」
「それじゃあ私はそろそろ失礼するねー、あっ今日の写真はこっそり佐々木さんにあげるからねー」
沼田さんは派手に手を振りながら教室に戻っていった。
「それを今言ってる時点で全然こっそりではないじゃない……」
佐々木さんはあきれた様子でため息をついていた。うーむ、佐々木さんの扱いに困ったら沼田さんに頼もうかな。
僕らはその日放課後に何かをするわけでもなく、帰宅した。
行動を起こしたのは次の日の放課後だ。佐々木さんは再び文芸部に行くと言い始めた。
「また門前払いな気がするんだけど」
「私に考えがあるわ。任せなさい」
なぜか佐々木さんは片手に紙袋を持っていた。
とりあえず佐々木さんの言うように文芸部の部室に向かった。扉を開けると心底驚いた様子で藤原部長が座っていた。
「な、なんじゃお前ら。昨日来なかったと思えば、また来よった」
「部員にしてもらおうと思ったの」
「じゃからそれは無理じゃと言っとろうが」
「ふうん、どうしても?」
佐々木さんは挑発するようにそう言ったが、藤原部長も負けじとない胸を張って反発した。
「どうしてもじゃ!」
「そう、なら仕方ないわね」
佐々木さんは持っていた紙袋から紙を数枚取り出しておもむろにそれを音読し始めた。
「んー、ごほん。『わぁ真中さんは本当に頼りになるわ』『本当ね、こんなに頼れる友達がいて私たち幸せ』『全く、私は何もしていないのに、なぜ彼女達は私をそんなに褒めるのだろうか。困ったもの――」
「――うわわわわわわ!!? な、なんじゃなんじゃ! なんでじゃ!? なんでなんじゃ!?」
佐々木さんが読んでいる最中に藤原部長は突然奇怪な声を出し始めた。それもそのはずだ、あれは昨日見た藤原部長の小説の台詞。なるほど、佐々木さんの戦略はこれか。
「なんじゃなんじゃうるさいわね。どうしたのかしら急に」
わかっているくせに佐々木さんは白々しくそう言った。
「そ、それは私の……!」
「私の、何かしら」
「な、なんでもない」
「『最近は男子達からの視線も感じるが仕方ないことだ。何せ私はスタイル抜群で、胸も欲しくないのに大きく――」
「ぬわーーっっ!!」
「うるさいわね、どこぞのパパスかしら。まぁそれにしても面白い小説を書くじゃない、藤原小鳥部長。大層なプロポーションのようだけど」
「くっ……何が望みじゃ」
「最初から言ってるじゃない。部活に入れてちょうだい」
「ぬ、ぬぬぬ……」
藤原部長は悔しそうに口を歪めている。なんでここまで嫌がっているのだろうか。そんなに嫌な理由がよくわからない。
「くっ……仕方ない。わかった、お前達の入部を認めよう」
「最初からそうすればいいのよ」
ううん、なんだこの恐喝による入部は。絶対他では見られない光景だよこれ。
「なら入部届けを書くのじゃ、担任の先生にでも言えば貰えるじゃろ」
「もう書いてあるわ、私の分と九条君の分」
「えっ」
佐々木さんは紙袋から紙を二枚取り出した。
僕の分? なんで? 僕はそんなもの一度も書いた覚えがないのだけれど。紙にはしっかりと僕の名前が書かれていた。
「よ、用意が早いのう。わかった、これは預かろう。それにしてもどこで私の黒歴史を手に入れたんじゃ……ちょっと見せてくれ」
「いいわよ、はい」
佐々木さんは、持っていた紙を藤原部長に渡した。
瞬間、藤原部長はかつてないほど口を吊り上げて満面の笑みを浮かべた。
「ぬかったな!」
そして、持っていた紙をビリビリに破いてしまった。おっと、強気に出たな。
佐々木さんの表情を伺ったが、やっぱりいつものクールフェイスで変化はない。
「ふははははっ、証拠隠滅じゃあああ。これで私の弱みなどない! 無敵なのじゃ!」
「見たらコピーってわかるでしょう。もちろんまだあるわよ」
「えっ?」
佐々木さんは紙袋から新しい紙を取り出した。そこにはさっきと同じ藤原部長の小説が書かれている。
「ぬわーーっ!!」
こうして僕らは文芸部に入部した。
ここからは短編の続きになります。
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