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28.超絶ぼっちな僕、気づく


 電話越しの佐々木さんの声はいつもと変わらない。

 それがどうしようもなく僕の何かを揺さぶっていた。


「う、嘘なんてついてないさ」

「『芯』がブレてるわ九条君。誰かに吹き込まれたのでしょう? まぁ誰かなんて言い方しなくてもあなたに知り合いなんて殆どいないのだから、予想するのは容易だわ。もしかして、そこにいるのかしら。柳生さんとやら。お話をしましょう」


 あろうことか佐々木さんは一言も発していない麗奈さんを指名した。

 麗奈さんは笑顔じゃなくなっていた。彼女は僕に向かって手を差し出した。スマホを渡せということだろう。

 僕は彼女にスマホを手渡す。


「柳生麗奈です」

「はじめまして、柳生さん。佐々木です」

「こちらこそはじめまして。いったい何の用事です? 私の方はあなたに用事はないんですけど」

「まぁそういきり立つことないじゃない。柳生さん、まず説明して欲しいのだけれど、何故あなたの隣に九条君がいるのかしら」

「ふぅ……言う必要もないけど教えてあげます。幸村君の汚れを落としてるんですよ」

「意味がわからないわね」


 スマホはスピーカーにしているので佐々木さんの声が僕にも聞こえてくる。

 相変わらず驚いたりする事とは無縁のようだ。


「最初の頃の幸村君は、それはそれは綺麗でした。誰とも関わらず、完全に『個』を確立していた。でも、それを佐々木雫、あなたが壊したんですよ」

「私が? それは酷い誤解だわ。彼は最初からぼっちだったし、今も同様にぼっちよ」

「わかっていませんね。まぁ……この事についていくら話し合っても無駄でしょう。とにかく、私の努力の甲斐あって、幸村君は元の綺麗な状態に戻る事ができたんです」

「それはギャグで言っているのかしら」

「本気ですよ。もう幸村君はあなた達に興味はないので、近づかないでください、いいですか」


 麗奈さんは、終始攻撃しているが何故か余裕がないように見える。


「みえみえの嘘ね。くすくす……あなたと会ったことはないけれど、あなたという人物がわかってきたわ。どうせ無理やり九条君を追い詰めたのでしょう」

「何を馬鹿な。根拠でもあるんですか」

「馬鹿なのはあなたでしょう。九条君がたった1日でそんな心変りするなんて普通ありえないわ。それくらい少し考えればわかるでしょう?」

「う、うるさいっ!」


 麗奈さんは焦ったようにそう言った。

 彼女が動揺しているところを見るのは初めてだ。


「あらあら、怒らせたのならごめんなさい。それで? 九条君には何をしたのかしら。まぁさっきの九条君の声を聞いたらあまり良い環境にはいさせてもらえていないようだけれど」

「あなたにいう必要はありません」

「あらそう、残念ね。結局九条君はなんで部活を辞めるとか言い出したのだっけ。ねぇ九条君、聴いているのでしょう? そろそろわかったんじゃないかしら。あなた、『芯』がブレているわ」


 その言葉は、僕の胸の奥深くに突き刺さった。

 そう、僕は会話を聞いていて、少しずつ頭がクリーンになっていくのを感じていた。


 僕は何故部活をやめようとしていた? 佐々木さんたちを傷つけないため? なんだそれは。僕は何故部活に入ったんだ?

 そうだ、そうだよ。『傷』がなんだ。いつまでも一人で内に閉じこもっていたかったとでも言うのか?


 違う――違う違う!


 差し伸ばされた手が、ただ嬉しくて僕は部活に入ったんだ。でも、僕はまだその手を掴めていない。

 その手を掴むと、僕の無色が移ってしまいそうで。

 傷つくことを恐れて、前に進めないのは当たり前なのかもしれない。僕は弱い。意見もころころ変わる。それでも……それでも僕は、やっぱりその手を掴んで前に進みたい。


「ふふ……はははっ!」


 僕はなんだかおかしくなって笑いが止まらなかった。


「そうだよね。佐々木さん、僕はまだ君との『秘密』を達成出来ていない」

「そうよ。それを放って逃げるなんて許さないわ」

「ああ……その通りだ。もう逃げないさ」


 僕はそう言って、麗奈さんの方を見た。

 彼女にもはや笑みはない。全く余裕などなく、今起きている事実が信じられていないようだ。


「そ、その目……なんで。やっと幸村君から佐々木雫を取り除いたと思ったのに。なんでそんな目をしてるんですっ!」

「麗奈さん。悪いけどもう君の洗脳は受けないよ。いや、洗脳じゃないか。あれは僕の弱さだ。『芯』がブレていた。もう、迷わない」

「おかしいです! こんなのおかしい! 今のだって、結局は佐々木雫に洗脳されたようなものじゃないですか! 私と何が違うんですか!」

「違う、間違っているよ麗奈さん。僕の心の拠り所は僕だけだ。でも今は少しだけ文芸部にもある。そこに『芯』がある。佐々木さんはそれに気づかせてくれたのさ」

「うぅ……!」


 よろよろと、彼女はキッチンの方へと向かっていった。そして何を思ったのか、彼女は包丁を取り出してそれを構えた。


「危ないよ麗奈さん」

「幸村君が汚れていくのを見るくらいなら、ここで殺したほうがマシです」


 ちょっと待て。本気か?

 目がマジなんだけど。

 ヒステリー起こしやがった。


「あら、なんだかピンチみたいね九条君」


 電話越しに呑気にそう言ってくる佐々木さん。

 いや命の危機なんだけど。


「うふふ、余裕を持っていられるのも今のうちですよ佐々木雫。幸村君を殺して最後に勝つのは私です」

「勝つとかよくわからないのだけれど。勝ち負けがあるのだとしたら、この勝負」


 その瞬間、部屋の窓ガラスを突き破って黒づくめの男たちが入ってきた。


「えっ!? な、何!? なんなの!?」


 そして、一瞬のうちに麗奈さんを無力化して組み伏せる。


「この勝負――文芸部の勝ちよ」


 そう言って佐々木さんは、玄関の方から破壊された扉を通過して僕たちの目の前に現れた。彼女は耳にスマホを当てている。

 通話したままここまでやってきていたのか。

 そして、彼女の後ろには、有里香、小鳥部長、美雲さんがいた。


「何故、あなたたちがここを……?」


 組み伏せられた麗奈さんは睨みつけるようにしてそう言った。


「ふふーん、宮本家の財力と権力を舐めないで欲しいわね。パパの力を借りればこれくらいチョチョイのちょいよ!」


 有里香はドヤ顔でそう言った。

 そうか、この黒服の男たちは有里香の力か。


「間抜けなことに君は選挙カーの音も聴こえるこの部屋で電話に出てくれたからね。そこから場所を探し当てるのは難しい話じゃなかったよ」


 美雲さんはそう言いながら、麗奈さんを凄い形相で睨みつけている。あんなに怒っているのを見るのは初めてだ。

 文芸部が協力して僕のためにいろいろとしてくれたのか。


「ていうことは小鳥部長は?」

「私はみんながちゃんとやっているのを見守っていたのじゃ!!」


 安定だね。

 部長と話していると真剣な時でも気が抜ける。


「そういうわけよ。残念だけれど九条君はあなたにはあげられないわ」

「佐々木、雫……! うぅ……!」


 麗奈さんは涙を流していた。

 正直言って僕は散々な目に遭ったけれど、彼女のことは自分でも驚くくらい恨んでいない。歪んではいるけど僕のためにやろうとしたことだし。それに何より、これは僕の心の弱さが招いたことでもある。

 だから僕は、黒服の人に言って、麗奈さんの拘束を解いてもらった。僕はしゃがんで、彼女と目を合わせる。


「麗奈さん。また、歌聴かせてよ」

「え……?」

「今度は普通にさ。明るいところで聴きたいかな」

「……幸村、くん」

「じゃあね」

 

 僕はそれだけ言って、その場から離れることにした。とにかくお腹が空いた。

 そういえば妹はどうしてるんだろう。

 そう思っていたら、どうやら危険という理由で家で待機させられてるらしい。しかも黒服の監視付き。

 有難い、あいつは一人でも僕のところに向かってきちゃいそうだからね。

 それにしても疲れた。


「疲れ切った顔をしているね、九条君」

「幸村! あんた顔がおじいちゃんみたいよ!?」

「何を言っとるんじゃ有里香。前から幸村はおじいちゃんみたいな顔じゃろう」

「おじいちゃんみたいな喋り方の小鳥部長に言われたくはないです」


 僕たちはいつものように他愛ない会話をしながら、リムジンみたいな車に乗せてもらって帰宅をしていく。


「シューティングスター。私が流れ星だったなら、君は祈ってくれるかな。私に翼があったなら、君に逢いに行けるかな」


 ふと、僕は車内であの歌を歌いたくなった。

 本当なら恐怖しかないはずなのだが。


「何よ、その歌」


 隣の佐々木さんがあまり興味なさげにそう言った。


「いや別に」


 翼なんかなくても、逢いに行けるんだって。

 そう思っただけさ。

 こうして僕の、忘れることのできないデートは終わりを告げた。やれやれ、人生って面白いね。

暗かった…。


一応次話で話としては終わります。

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