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27.超絶ぼっちな僕、電話をする


 時間の感覚がわからない。

 どれだけ経ったんだ?

 何も食べてないからお腹と背中がくっついてしまいそうだ。だが一周回って空腹のピークは過ぎた。

 それより何より喉が渇いた。カラカラだ。


 暗闇の中、そんな事を考えていると麗奈さんが再びドアを開けてやってきた。


「み、水を……」


 僕は必死でそう言った。

 麗奈さんは、にこりと微笑んでコップに水を注いでくると僕の目の前にコップを置いた。


「ありがとう……」


 僕はそう言った後に間違いに気づいた。

 ありがとう? そもそも原因はこいつじゃないか。なんで僕がお礼なんて言ってるんだ。

 怒りがふつふつと湧き上がってきたが、そんな事よりも喉を潤わせる方が先決だ。


 僕はコップの水を一気に飲み干した。急ぎすぎて口から少し漏れてしまう。冷たい水が喉を通っていく。水が全身の細胞に行き渡っているかのような感覚がする。美味しい。なんて美味しさだ。

 人生で飲んだ水の中で一番美味しかった。


「美味しいですか? 幸村君。憎いですか? 私が」

「ああ……そうだね。今僕は世界一美味しく水を飲める自信がある。CMでもやりたいところだね。それにしても君がいったい何がしたいのか、僕には皆目見当もつかない」

「言ったじゃないですか。あなたの中から佐々木雫を消す事です」

「くくく……そうかい。それなら成功したと言えるんじゃないかな。今の僕には佐々木さんの事を考える余裕なんてありはしないよ」


 実際閉じ込められている間、最初の頃は文芸部の事なんかを考えていたけれど、後半はそんな事を考えていられなかった。


「でもまだ駄目ですね。まだ余裕がある」

「余裕? 君が言う余裕というやつは全くもって理解出来ないな。今の僕のどこに余裕があるというんだ? 余裕があるなら今すぐに君を組み伏せてこの鎖を解かせるさ」

「良い傾向ですね。言葉にも刺々しさが戻ってきています。そう、暗闇にいたあの時のように」


 麗奈さんは嬉しそうに微笑んだ。


「まぁ、でも」そう言って麗奈さんはポケットからスマートフォンを取り出した。


「そろそろ次の段階にいってもいいかもしれません。あなたの最後の雑念を消し去ってしまいましょうか」

「何をする気だ」

「さて、クイズです。実は、あなたと同じような目に遭っている人がいます。それは誰でしょーか?」

「僕と……同じ? 何を……」


 何を言っているんだ?

 それってつまり、僕と同じように暗闇の中で監禁されているってことか?


「ヒントは、私の嫌いな人物でーす。うふふ、これは大ヒントですよー。たびたび私の発言にも出てきますからね」

「待て、まさか……」

「正解がわかっちゃいました? まぁもう言っちゃうかー。そうです、正解は、佐々木雫でーす」


 そう言って彼女はスマホの画面を僕に見せてきた。

 そこには僕と同じようにベッドに縛られて気を失っている女性が映っていた。

 そして、柳生麗奈はすぐに僕からスマホを離した。


「お前っ!!」


 愉しそうに手を叩く柳生麗奈を見て、僕は無意識に飛びかかろうとした。だが足についている鎖に引っ張られて、僕はベッドの下に思い切り転んだ。


「あんまり無理しちゃ駄目ですよ。足が痛みますよ?」

「く、くそ。佐々木さんに何をしたんだ! 彼女は関係ないだろう!」

「関係大有りですよー。幸村君が汚れた原因何ですから」

「佐々木さんはどこにいるんだ」

「言うわけないじゃないですか。あーあ、そんなに心配なんですか? あなたが佐々木雫と関わらなければ、彼女もこんな目に遭わずに済んだのに」

「僕の……せい、なのか?」


 僕が、佐々木さんと関わったりなんかしたから、彼女はこんな目に遭っている。

 僕は人と関わるべきじゃない。そんな事はもうとっくの昔にわかっていた筈なのに! 何をやっているんだ、僕は。


 空腹と暗闇で削られた精神は、もはや正常に考えることを阻害していた。

 心を黒くどろりとした何かが覆っていく。


 僕さえいなければ……僕さえ。


「良い感じですね。それじゃあまた」


 彼女はドアを閉めて、再び僕は闇に覆われる。

 だけど、今の僕にはその暗闇がずいぶんと心地よかった。何も見えない暗闇は、何も見なくていい気がしてくる。見なければいけない現実も、見なくていい気がするのだ。


 そうだ、この闇は僕の心を元々覆っていたのだ。昼休みに意味もなく寝たふりをしていたあの時や、止まったように思える学校生活の中で、僕の心を覆っていた闇。


 佐々木さん達と出会って、話しているうちにそんな事すらも忘れていた。


 人と関わる必要なんて無い。関われば、心に傷が増えていくだけだ。増えるのなら、最初から人と関わらなければいい。

 騙されて、裏切られて、裏切って、騙して。そんな事に何の意味がある?


 ――だからほら、佐々木雫はお前のせいで傷ついている


 心の中で僕がそう言った。

 身体が、沈んでゆく。深く、暗く、ゆっくりと。

 僕は、光がないはずの部屋がなぜか眩しくて、そっと目を閉じた。


 次に目を開けたのは、再び麗奈さんがドアを開けた時だった。僕は何も言わずに彼女を見る。


「九条幸村君、結論は出ましたか?」

「ああ……僕が間違っていた。君の言うことは正しい。僕に繋がりなんていらなかったんだ。人一倍傷つく事を恐れている僕が、誰かと関わりを持つなんておかしかったんだよ」


 僕が枯れた喉でそう答えると、麗奈さんは恍惚とした表情で頬を赤らめた。


「あはっ。やった! 正解、大正解ですよ幸村君」


 そう言って彼女は僕を包み込むようにして抱きしめた。


「これで、幸村君についた汚れは綺麗に落ちました。あとは完全に文芸部との関係を断ち切る事です」

「そうだね。もう彼女たちとは話さないよ。僕はまた、無色の僕に戻る。だから佐々木さんだけは解放してくれ」

「素晴らしい。いいですよ、彼女は助けてあげます。大丈夫ですよ。乱暴なことは何もしていません。さて、それじゃあ、もうその鎖も外しましょう」


 麗奈さんは僕の足に付いている錠を解いた。

 まぁ解かれたからといって今さら抵抗する気もない。

 僕はただ戻ったのだ。少し前の僕に。


 麗奈さんは僕の手を掴んで、部屋の外へと連れ出した。そしてリビングに来た。窓の外から車の音や選挙カーの音が聞こえる。

 どうやら先ほどの部屋は防音室だったらしい。



「さて、じゃあ少し私とお喋りしましょう――」


 ヴーヴーと、バイブ音が鳴った。

 麗奈さんは、ポケットからスマホを取り出す。それは、僕のスマホだった。

 僕は家族からの着信はサイレントにしているのでバイブは鳴らない。つまりあれは、家族以外からの電話。だけど僕には家族以外に連絡先を知っている人は一人しかいない。

 麗奈さんは、微笑みながらスマホを僕に渡してきた。


 着信は佐々木さんからだった。


「いい機会です。その電話で関係を断つ事をきっぱりと言ってください」


 麗奈さんはそう言った。

 そうだね、これは良い機会だ。

 僕は画面をタッチして、電話に出る。


「もしもし」

「……九条君? あなたどこにいるの?」


 電話越しに聞こえる佐々木さんの声は、元気なようだった。何故だ? 僕と同じ監禁をされていたはずなのに。


「僕にもわからない。それより佐々木さん、君は無事なのかい?」

「無事? 無事も何も私は今学校にいるもの。ちなみに横には小鳥と有里香と華凛もいるわよ」


 どういう事だ?

 僕はその瞬間麗奈さんを見た。彼女は微笑んでいる。そして僕は察した。

 そうか、そういうことか。全部嘘だったんだな。僕の心を折るための……大成功だよくそったれ。


 それにしても学校?

 僕はスマホで日付を見た。今は日曜日の夕方だった。1日しか経ってなかったのか……。


「いや……なんでもないよ。それよりなんで電話を?」

「なんでってあなたの妹さんが私にまで訪ねて来たからよ。兄が帰ってきてないから何かしらないかって。話を聞いて一大事だとわかったわ。友達がいないあなたが誰かの家に泊まるなんてありえない。だから帰ってこないのは事件に巻き込まれたからだって」


 概ね間違ってないね。

 さすが僕の妹。僕のことはわかってるな。


「それで急遽文芸部のメンバーを集めて事情を説明したのよ。集めるの苦労したわ、連絡先交換してないから」

「そうかい。でも大丈夫さ、僕はなんともない。すぐに帰るよ」

「……そう、ならいいのだけれど」

「それよりも、君たちに言わなきゃならない事があってね」


 僕は感情の起伏もなく、そう切り出した。

 佐々木さんは少し間を開けて答える。


「何かしら」

「僕、文芸部を辞めることにした」

「……意味がわからないわね。急に何故かしら」

「気づいたんだよ。僕はやっぱり人と関わるべきじゃないんだ。僕に部活なんて無理だったんだよ。大切にすればするほど傷ついてしまうのが、怖くて仕方がない」

「随分とそれらしい事を言っているけれど、じゃあ部活にいる時間は無意味だったということかしら」


 そう言われた途端、佐々木さんと出会い部活が始まるまでのことを思い出した。

 僕に色がついた思い出。それは確かに、美しく見える。

 決して無意味なんかじゃない。そう言いたいけれど、傷つくくらいなら部活をする意味なんてない。

 そう思っているのに、


「……そうさ。意味なんてなかった」


 その言葉を絞り出すのは心が締め付けられるようだった。

 そこから佐々木さんの返答がしばらく返ってこなかった。だけど、不意に彼女は、


「あはははっ」


 笑った。

 僕は佐々木さんが何故笑っているのかわからなかった。


「くすくす……九条君、やっぱりあなた――嘘が下手ね」


 佐々木さんの声が電話越しに僕の体を行き渡っていく。

 僕の心の奥底にチクリと何かが刺さったのを感じた。




嘘発見器佐々木さん


暗い展開が続いて申し訳ない。

ここから収束していきます。

よろしければ感想とポイントを是非。

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