23.超絶ぼっちな僕、沼にハマる
「僕のどこが好きになったの?」
僕は告白の答えにはなっていないが、そう返した。まさか僕がこんなセリフを言う日が来るとは。
「言うなれば全て、でしょうか。九条君の髪や顔、体つきから仕草まで。でも……そうですね一つに絞れと言うなら……『孤独』ですかね」
柳生さんは、僕の心を覗き込むように、その底の見えない黒い瞳を僕に向けた。
孤独? なんだこの子は。もしかしてアイタタな人なのか?
「君が何を言っているのかよくわからないんだけど」
「九条君、友達がいませんよね」
「ズバリと言うね。まぁいないけど」
「人は誰しも、孤独に対して寂しさを持っています。それは大人になるにつれて隠すことが上手くなりますが、やはり本音では寂しがっている」
まるでこの子は大人から子供まで全てを見て来たかのような口ぶりで話すな。
「でも、九条君。あなたは違います。あなたは孤独を嫌っていない。楽しそうにしている人を見て羨ましさを感じていない。あなたの中には孤独への安心感がある。それは美しい。誰も持っていない黄金の宝石。あなたは孤独と共にある」
今わかってしまった。この子もやっぱり常識的な子じゃない。なんで僕の周りはこんな人ばかりなんだ。
「私は高校に入って初めて九条君を見たときに、世界が変わりました。ああ、こんなに安らかな孤独を持った人がいるなんて。感動すら覚えました。想いは感動から恋へと変わり、その衝動は増していきました。九条君、私にはあなたしかいません。わかるんです」
熱でもあるんじゃないかと思うくらい、柳生さんの頬は紅色に染まっている。恍惚とした表情で今にもよだれが出て来そうだ。
可愛らしい顔がだらしなくなっている。そしてちょっとエロい。
「ずいぶんな言いようだけど、何故君にそんなことがわかるんだい?」
「私も同じだから」
そう言って、彼女は僕の手のひらを自分の胸元へと寄せた。必然的に僕の手は彼女の膨らむ胸をガッチリと掴むことになってしまう。
え、これって僕は悪くないよね?
「ちょ、何を」
「聴こえますか? 私の『孤独』の音色が」
「いやそれどころじゃないんだけど。僕の心臓の音色の方が聴こえてきてるよ」
「うふふ。私だって好きな人に触られてキンチョーしているんですよ?」
そう言って頬を染めながらも彼女は手を離した。
危ない危ない、こんなとこ誰かに見られたら捕まっちゃうよ。
僕は深呼吸して落ち着けた後に、こう返した。
「君は僕が友達を羨ましいと思っていないと言ったけれど、僕は友達は欲しいと思っているよ」
「嘘ですよ。あなたのそれは本当に欲しいと思っていない。本当に欲しいなら、手に入られるでしょう。あなたは自分で『友達』のレベルを上げて神聖化している。そのレベルでなければ、友達では無い、と……。九条君、『傷』ですか? あなたにはきっと、過去に友達への『傷』があるんでしょう?」
グイグイと、話しながら柳生さんは僕への距離を詰めてくる。
そして、彼女の手のひらが僕の頬に触れた。冷たい手だった。彼女は僕を慈しむようにその手でそっと僕の頬を撫でた。
「傷なんか……ないさ」
「まぁその話は、お付き合いしてから深くぬるりと、話し合えばいいことです。さぁ私と一緒になりましょう」
彼女の声は心地よく、ずっと聴いていると何か沼のようなものに足を囚われてしまうような気がする。
「……君は、僕の孤独が好きだと言ったけれど、矛盾していないか。君と一緒になってしまったら、僕は孤独では無くなる。それじゃ君の好きな僕は消えるんじゃないのか」
僕がそう言うと柳生さんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうです。だから私はあなたを見つめているだけで良かったんです。あなたを見て私は癒されていた。叶わない片想いのまま終えるつもりだったんです。あなたが文芸部に入るまでは」
「文芸部? なんでそれが関係あるんだ」
「あなたの孤独は、佐々木雫と会ってから変わってしまった。孤独の音色が変わってしまったんです。そしてその音色は文芸部に入ってしまって更に変わった。あんなに暗く淀んだ綺麗な音色だったのに……徐々に穢れていく。あの人達のせいで」
柳生さんは眉をしかめ、口を食いしばり憎しみに溢れた表情をした。
「僕はそれで良いと思ってる。変わったのかどうかは知らないけど、後悔はしていない」
「駄目です。あなたは自分の傷を見て見ぬフリをしているだけじゃないですか? また同じような傷を負うかもしれない。そう思っているんでしょう? それなのにあなたは文芸部にいる。そんなのは駄目です」
「それも音色というやつが教えてくれたのかい? 面白いね」
「私ならあなたと一緒にいれます。傷が増える事もない。あんな人たちと一緒にいて傷を負うなら私が九条君と一緒にいて、一生を終える。そう思ったから告白したんです」
いつのまにか一生の問題になっているんだけど。
怖いよ、僕はいったいどういう扱いをされてるんだ。
「あ、あの……柳生さん。話がちょっとシリアスというか重い感じになってきたから最初に戻りたいんだけど」
「あ、はい。ごめんなさい。私夢中になると喋りすぎちゃって」
「それで告白の返事だけれど……ごめん。正直僕は君のことをあまり知らないし、まだ付き合うとかそういうのはわからないや。だから、ごめんなさい」
僕がそう言うと、彼女は残念そうな顔をした。だけどすぐに元気を取り戻して、
「これから知っていけば良いんです。九条君、今度の土曜日デートしましょう」
そう言われた。
でーと? デートっていうのはあの恋人達がするあれ?
「柳生さん、僕は」
「大丈夫です。九条君、全て私に任せてください。そうすればあなたは幸せになれます。お試しでいいんです。気に食わなかったらすぐに捨ててください。だから、ね?」
彼女は近づいて僕の耳元でそう囁く。吐息から熱を感じるほどの距離。
彼女の声は甘く、僕をドロドロに溶かしてしまいそうだ。僕は逆らう術を知らなかった。足が浮く。浮遊感が漂う。現実と虚構が行き交っていた。
「わ、わかったよ」
僕はそう答えてしまった。
だからこのとき既に僕は、底の知れない沼へと引きずりこまれていたのだろう。
豆知識:有里香は運動神経が良い
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