20.超絶ぼっちな僕、雨の日の情景
放課後の部活で美雲さんが興味深い事を言った。
「そういえば、クラスの女の子が言っていたけど有里香の家がお金持ちっていうのは本当なのかい?」
「わ、私の家を知ってるって事は私に興味があるってことかしら!? 話しかけたら友達になってくれるわよね!?」
有里香が鼻息を荒くしている。全然質問の答えになっていない。
そういえば有里香と美雲さんは同じクラスなんだっけ。
「それはどうかわからないけど、お金持ちっていうのは本当みたいだね」
「まぁ隠す事でもないもの。私の家は会社経営者が代々続いているからお金はあるわ」
有里香ってお嬢様だったのか。そんな風には見えないけどな……。
「でも意外だね。この高校は県立だよ。お金があるなら隣のお嬢様学校の方が適してると思うんだけど」
「中学までは中等部に通っていたけど、パパが若いうちは色々な人を見ておけって言うからこっちに来たのよ。決して友達が出来なかったからとかじゃないんだからね!」
「誰も訊いてないけど……」
「そういう華凛はなんでこの学校に来たのよ」
「家が近いからさ。まぁ私の場合は最近こっちに引っ越してきたんだけど」
本屋の店長も一、ニヶ月前に来始めたとかそんな感じのこと言ってたな。
「小鳥はなんでここに来たの?」
「私は小中もここら辺じゃからな。流れじゃ」
「ふつーね。雫は?」
「まぁ敢えて言うなら気まぐれね」
「気まぐれ? 気まぐれって何よ」
「気まぐれは気まぐれよ」
そこで僕は疑問が一つ浮かんだので、思っていた事を言うことにした。
「そういえば佐々木さんって小中学校はどこだったんだ。僕はこの近くの学校に通ってたけれど君は見たことがない」
「ええ、そうね。でも割と近いところよ。私立だったけどね。帝龍中学」
「あの名門校か」
「別に……普通よ」
この近くには大まかに三校の小中学校がある。僕や小鳥部長が通っていた公立。有里香が通っていたお金持ち向け私立。そして佐々木さんが通っていた頭のいい子が通う私立。
でもおかしい。あの名門校ならもっと良い高校に行けたはずだ。
「ますます不思議だよ。なんであんな頭良い学校の君がここに来たんだ?」
僕らが通っている【花園高校】はいたって普通の高校だ。偏差値で言えば50半ばと言ったところだろう。
「さぁね、気まぐれよ」
結局佐々木さんはそれ以上言わなかった。
「じゃ幸村はなんでここにしたの?」
「僕は他の私立の高校も受けてたんだけど落ちちゃってね。家から近いしこっちにしたんだ」
「ふぅん」
結局そのあとは適当に雑談をして部活が終わった。家に帰ろうと学校から出ると、雨が降っていた。部活帰りの生徒たちは、傘をさしたりカバンを傘がわりにして走って帰っていた。
なかなか強い雨だ。そういえば今日天気予報見るの忘れてたな。
他の部活メンバーは傘を持っていたようで、僕をからかうように何か言いながら帰ってしまった。
残ったのは僕と、
「傘を持ってくるのを忘れてしまったわ」
佐々木さんだけだった。
どうやら彼女も天気予報を見ていなかったらしい。
「佐々木さんもうっかりしているところがあるんだね」
「迂闊だったわ。けれどきっとにわか雨でしょう。雨が止むまでお喋りでもしましょう」
「いいよ。何を話そうか」
「九条君は別の高校の入試に落ちたと言っていたけれど、どこを受けたのかしら」
「藤鷹高校さ」
「超進学校ね。何故落ちたの? テストの出来が悪かったのかしら」
「いや、それ以前の問題さ。僕はテストを受けられなかった」
「へぇ、それは何故? あなたの話を聴きたいわ」
佐々木さんは僕の方を見ないで、雨の降るグラウンドを見ながらそう言った。彼女の横顔からは、表情を窺い知る事は難しい。何より表情よりも、完璧な造形をしている横顔に思わず見惚れてしまう。
僕もグラウンドを見つめた。
「そうだなぁ。話すには長いし少し暗い話なんだけれど。少しというかだいぶかな。いやかなり暗い」
「話して。お願いよ」
「まぁ……雨が止むまでの時間稼ぎにはなるかもね」
僕はそう言いながら、過去の記憶に想いを馳せる。
意識が、記憶の底へと沈んでいく。
その日も、雨だった。
―――
――
―
自分の部屋の窓から外を見てみると、雨がざあざあと降っている。
参ったな、今日は第一志望の入試の日だって言うのに、とんだ悪天候だ。
「兄さん。そろそろ時間じゃないですかー?」
一階から妹の声が響いてきた。
そうだ、なんにせよさっさと家を出た方がいい。
僕は用意を済ませて、家を出た。道には水たまりができている。
今から受けにいく藤鷹高校は、僕の県では一二を争う進学校だ。家からは少し遠いが電車が出ているし通学には問題ない。
僕には友達がいないが、勉強は出来る自信がある。というよりそれがなかったら僕のアイデンティティというやつは何一つ無くなってしまうだろう。
勉強が出来ることで何か友達ができるきっかけになるかもしれない。そんな他人任せの淡い期待は叶う事はなかった。残ったのはペーパーテストが得意なひとりぼっちの15歳だけだ。
藤鷹高校を受けるのだって、頭のいい人たちなら……という懲りない幻想を抱いているからだ。
僕は最寄りの駅を使って、入試会場の藤鷹高校へと向かう。電車には中学の制服を着た同じような受験生が座っていた。
電車は何事もなく目的地に着いた。この駅から高校までは10分ほど歩く。実はこの近くにはもう一つの進学校がある。私立帝龍高校。
この高校には実は中等部のような帝龍中学がある。だが帝龍中から高校に入るにはエスカレーター式では無く、一般生徒と同じように入試テストを受けなければならない。
その代わり内部生はある合格ラインの点数を取れていれば倍率に関係なく合格という制度があるらしい。
電車から降りた受験生は、傘を片手に単語帳なんかを読みながら受験高校に向かっていく。僕が受ける藤鷹高校に行く人と、帝龍高校に向かう人で二手に分かれていた。
「嫌っ!」
雨の中、女の子の声が響いた。
駅から少し歩いた時、僕はとんでもない状況に出くわしてしまった。人通りや車通りの少ない田舎道で、明らかに嫌がっている女の子を大人の男たちが路駐している車に連れ込もうとしている。
女の子は学生服を着ていておそらく僕と同年代。あの制服は帝龍中学のものだ。ポニーテールをしているが顔を布で隠されていた。
男たちは若く、20代くらいだった。茶髪でチャラチャラしていて、筋肉質な体だった。犯罪の匂いがしていた。
僕の前を歩いていた学生たちは、その状況に気づいてはいるものの、誰も声をかけようとはしない。こんな田んぼばかりで家も無い田舎道にこの時間にいるのは僕らのような受験生だけだろう。大人はほとんど通らない。
もしかしたら既に誰かが通報しているのかもしれない。そんな思いを胸に、皆そのいかれた状況を見て見ぬ振りをしているのだ。
僕は、迷っていた。助けるべきか? いや、僕が行って何になる? そもそも勘違いだったらどうする?
それに僕が警察でも呼んでここで時間を使って試験に間に合わなくなる可能性の方が高い。
受験があるから。怖いから。面倒だから。
――『自分』には、関係ないから。
頭の中を駆け巡る、都合のいい言い訳。
車を発見してからここまでで10秒もかかっていないが、僕の足はもうすぐその車の近くに着こうとしている。
心臓が高鳴っていた。
ここを通り抜けた後に、あの車の番号を警察にだけ伝えて通報しよう。そうだ、それが一番現実的だ。
――警察が探している間に女の子が酷い目に合うかもしれないのに?
頭の中で誰かが僕の意見に反対する。
警察に通報すればいずれは捕まるかもしれない。けど女の子はどうなるかわからない。
だけれど、今僕が動けば、何か変わるかもしれない。それは無謀なのか勇気なのか。それとも正義感?
僕はごちゃごちゃになった頭で車の横を通り過ぎようとしている。僕の頭は自然と車の方を見ないようにしていた。そうだ、今までもそうだ。
僕は嫌なことから目を背け続けてきた。今だってそうだ。同じだ。
――やっぱり僕には助けるなんて無理だ。
心の中で屑な僕の気持ちが決定してしまった。
通り過ぎよう。見て見ぬ振りをしよう。
僕はそう思っていた。地面を向いて知らないふりをする。そう思っていたはずなのに、僕は車の横を通り過ぎる時、車の方を見てしまった。その瞬間、女の子の顔を覆っていた布が一部だけズレた。
――涙を流している女の子と目があった。
そして、周りの男が僕を睨んで威嚇してきた。男は運転席に一人と威嚇してきた男の二人いる。
女の子は完全に車の中に詰め込まれて、ドアが閉められようとしていた。
僕は俯いてその場を通り過ぎる。
そして、ポケットから携帯を取り出して110番をかけた。
「はい110番警察です。事件ですか、事故ですか」
電話越しに聞こえる警官の声。
僕は事件であることと現在の場所、車の番号を伝えると、途中で通話状態のまま携帯をポケットにしまった。
――僕はさしていた傘をその場に捨てた。
そして、僕は持っていたカバンで、後部座席のドアを閉めようとしていた男に思い切り殴りかかった。
「痛えっ!?」
男は咄嗟に頭を押さえてうずくまって地面に倒れる。参考書だらけで重くなったカバンは鈍器のようなものだ。
僕はその隙に車に入り込んで女の子を外に引きずり出した。運転席の男が異変に気付いた。
幸いにも女の子は手足は縛られているが緩い。僕は紐を解いて、すぐに叫んだ。
「走って逃げろ!!!!」
女の子は、恐怖に怯えきった顔をしていたが、僕の言葉を理解してくれたらしい。よろよろと立ち上がる。
「てめぇふざけてんじゃねえぞ!!」
だが運転席から降りてきた男が、僕の方へと近づいて僕を思い切り殴った。その衝撃は強く、僕の学ランに付いていた校章バッジは弾けて地面に落ちてしまった。
僕も地面に顔面がつく。雨で濡れたコンクリートはとても冷たかった。
男が再び女の子の方に行こうとしていたので、僕は咄嗟に男の足を掴んだ。
「てめぇ、殺すぞ!」
「は、早く、逃げろ!!」
僕の声で、彼女は泥だらけになりながらその場から走って離れていった。
女の子が見えなくなったあたりで、僕は力尽きて腕を男から離す。その後の僕に待ち構えていたのは、意識がなくなるほどの暴力だった。
不幸中の幸いだったのは、暴漢たちが僕に殴るのに夢中になっている間に警察が到着してくれた事だろうか。まぁその時は既に意識がなかったから後で聞いた話なんだけれど。
起きた時には病院だった。知らない天井っていうやつだ。まさかアニメで見たものを本当に体験することになるとは思わなかった。
妹が泣いていた。普段は強い子なのに僕が起きた後もしばらく泣き続けていた。
受験は駄目だったなぁ。まぁ家から近いし県立の花園高校でいいか。そもそも第一志望の動機も曖昧だったし。
あの後、警察伝えで襲われていた女の子が無事な事を知った。警察は彼女の家族が僕に会いたがっていると言っていたが僕から遠慮した。
こんな怪我をしたと彼女が知ったら恐らく罪悪感に苛まれるだろう。中途半端な人助けなんてしたくない。だから表彰も断った。
僕は周りにこの事件を言う友達もいないから、今回の事は誰も僕がやったとは知らない。けどそれでいいや。
僕は意外にも満足している。
―――
――
―
「――こんな感じかな。はは、こんな話人にするの初めてだな」
僕はところどころオブラートに包みながら話し終えた。
佐々木さんはまだ僕の方を見ていない。グラウンドを見つめたままだ。
やばい、少し暗すぎたかな。
そう思っていると、佐々木さんは静かに口を開いた。
「ねえ九条君。何故私にその話をしてくれたの?」
「ううん、そうだな。佐々木さんの秘密を僕は知ってるから、僕の秘密も教えた方がフェアだろう?」
まぁそんなこと考えて話したわけじゃないけど。なんだか彼女の前だと話してしまう。
「そう……ねえ、九条君……運命って信じる?」
「らしくない発言だな。さぁね、あったらラッキーって感じかな」
僕がそう言うと、彼女は静かに体を僕の方に向けた。ようやく彼女と視線が合う。
佐々木さんは、今までにないほど優しい瞳をしていた。
そして、
「私は信じているわ。命を運ぶから運命。きっと私はあの時既に――運ばれていたのね」
そう言った。佐々木さんはそれだけ言うと、すぐに僕に背中を向けてしまった。
「ん? それってどういう」
「あら、雨が上がったみたいね。帰りましょうか」
雨が止んでいた。そして佐々木さんは傘置き場から自分の傘を取り出した。
「えっ、傘あったの??」
「ええ、あったわ」
「なんで忘れたって言ったの?」
「くすくす……気まぐれよ」
やれやれ、相変わらず佐々木さんは何を考えているのかわからない。けれど、自分の記憶を整理して話したことで、あの時の選択は間違っていなかったと確信できた。
あの時の女の子は元気だろうか。元気だといいな。
あの日の選択は自信がない僕の人生の中で唯一の救いだ。
雨上がりの道の中、僕はそんな事を思いながら家へと帰った。
九条君のカバンの重さ、7kg。
投稿しなきゃいけないんですが、投稿するか躊躇した話です。
作者のやる気は感想とポイントで出来ています。
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