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1.超絶ぼっちな僕、佐々木さんの秘密を知る【挿絵有】


 もうすぐ授業が始まる。ポケットに入れたスマートフォンのバイブが鳴った。ポケットから取り出して見てみると、通知はどうでもいい広告だった。僕は思わず溜息を吐く。


 僕が高校生になって一ヶ月経つ。季節は春でも夏でもない中途半端な時期だ。校庭に咲く桜の木もすっかり寂しくなってしまった。桜が散った途端人から見向きもされない木は、まるで誰からも必要とされていない僕のようだ。あんなものを見つめていてもただ心が虚しくなるだけというものだ。


 元々人と話すのが得意ではない僕はクラスメイトが次々とグループを作っていくなか何もすることができず、休み時間に眠くもないのに寝たふりをして過ごしてた。


 僕の今の楽しみといえば、週刊雑誌で続いている漫画を読むことくらいだ。もうすぐ100巻を超える長編だが、まだ終わる気配がない。僕の生きがいはそんなものだ。だけど最終話を見るまでは死ねないかな。


「起立。礼、着席」


 授業が終わり、昼休みの時間になる。僕はいつも通り席でぼっち飯だ。こんな僕だがひとつだけ気になる出来事がある。それは隣の席の女の子、佐々木さんだ。佐々木さんは黙々と小説を読んでいる。

 佐々木さんはとても綺麗な人だ。すらりとした体形に、艶やかな黒髪。横から見ても完璧な整った顔立ち。超絶美少女なんて呼ばれてる。クラスが発表された当初は男子たちがこぞって彼女にアタックしていた。いや、今もか。


「ねえ、佐々木さん。今、時間ある?」


 今佐々木さんに話しかけたのは成績優秀スポーツ万能、おまけにイケメンという選り取り見取りの小林君だ。この時点で神さまなんていない事が証明できてしまう。それとも神さまにもおっちょこちょいな方がいるのだろうか。

 そんな小林君が話しかけた事で周りが浮き足立っている。ついにあの小林までも、みたいな雰囲気があるのだ。


「何かしら」


 周りの雰囲気はなんのその。佐々木さんは座ったまま淡々とそう返す。普通の女子なら小林君から話しかけられただけでキャーキャー言っているところだ。

 自分が思っていた反応と違ったのか、小林君は一瞬たじろいでいたが、気を取り直して話を続ける。


「大事な話があるんだ。放課後、体育館裏に来てくれないか」


 小林君がそう言うと、女子たちがやっぱり騒ぎ始めた。いや男子たちもか。体育館裏とはストレートな物言いだ。疑問なのは、放課後に体育館裏で告白する流れというものを作ったのは誰なんだろうか。

 それにしても、これだけ皆が騒いでいる中、唯一騒いでないのが佐々木さん自身というのが面白い。


「嫌よ面倒臭い。話があるなら今ここでして」


 そう来たか。本当に面白い人だ。はるか昔からある、伝統的な告白の流れをぶった切ってしまった。小林君だって何か準備とかあったかもしれないのにね。

 流石に小林君もその回答には驚いていたが、彼は深呼吸して気持ちを落ち着かせていた。彼もかなり気持ちの強い人だな。


「わかった。じゃあここで言うよ。佐々木さん、君が好きだ。俺と付き合ってほしい」


 女子から断末魔のような悲鳴が響いてきた。もちろん男子も大騒ぎ。いつのまにか我がクラスは動物園になってしまったらしい。それにしてもクラスメイトたちの前で、よくもまぁあんなに直接告白ができるものだ。そういう度胸があるところがモテる秘訣なのだろう。僕もメモっておこうかな。

 佐々木さんは小林君の言葉を聞くと、小さなため息をついた。そして少し間を空けたあと、試すように質問をする。


「私の、どこが好きになったのかしら」


 彼女の目はまっすぐ小林君を捉えている。まぁ当然といえば当然の質問なのだが、小林君からしたらレアケースと言えるだろう。

 何故なら彼が告白するなんてあり得ないからだ。基本的に放っておいても小林君の周りには女子が集まって次から次へと告白していく。小林君はその女子たちと付き合ったり別れたりを繰り返している。


「それは勿論、君の誰にも媚びない精神さ。誰にも頼らず、媚びず、淡々と読書なんてしてる。凄いクールじゃないか。僕はそんな知的な君の性格が好きになったんだ」


 小林君はそんなことを言った。佐々木さんは顔色一つ変えずにそれを聞き終えると、静かに手を突き出して、拒否の姿勢を示した。


「無理ね。ごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」


 野次馬たちが驚愕の声を上げる。小林君も今まで見たことがないような焦った顔をしている。まるで梅干しだ。


「な、なな何でだよ! 理由を聞かせてくれ」

「だってあなた……嘘をついてるでしょう」


 佐々木さんはまるで駄々をこねる子供をあやすようにそう言った。


「え?」

「あなたが好きなのは私の性格なんじゃなくて、顔でしょう?」

「ち、違う僕は君の精神が!」

「何よ精神って。あなたみたいに嘘をつくくらいならこの前の木下君みたいに顔だけ好きだと言ってくれた方がまだマシだわ」


 思わぬところで木下君が飛び火を食らったな。

 小林君は、眉をしかめて黙ってしまった。


「それなら聞くけど。あなた、私の為に死ねる?」


 佐々木さんがとんでもない質問をし出した。小林君は面を食らっていたが、最後のチャンスだと思ったのか食い気味で答えた。


「あ、ああ、死ねるさ! 死ねるとも」

「そう、じゃあ駄目ね。ごめんなさい。この話はここまでね」


 そう言うと、彼女は席に座って自分が持ってきた弁当を広げてあろうことかご飯を食べ始めた。

 そういえば今って昼休みだっけか、そんなことを僕は思ったが小林君は呆然としていた。周りのクラスメイトも呆然としていた。やっぱり佐々木さんは面白い。


 そんな昼休みも終わり、いつしか放課後になった。部活に行く奴や帰宅するやつと様々だが、僕は勿論帰宅だ。部活も入ろうかと頑張って文芸部に入部届けを出したけれど、文芸部は今年で廃部だから新入生は受け入れてないと言われた。神さまは、小林君は好きなのに僕が嫌いなのだろうか。


 家に帰る途中で忘れ物をしたことに気づいた。スマートフォンを机に入れっぱなしにしてしまったらしい。別に誰からも連絡がかかってこないので携帯する必要は皆無だけど、ないと暇なので取りに行こう。


 グラウンドでは運動部が部活をしていて、学内では吹奏楽部が楽器を弾いてる。僕はいそいそと教室に戻った。教室には誰もいないと思っていたのだけど、一人だけ教室に残っていた。佐々木さんだった。

 彼女は、自分の机を雑巾か何かで拭いていた。僕が入ってきたことに気づいたらしく、こっちを見る。


「あら、あなたは……友達がいないぼっちぼちお君だったかしら」

「酷い覚え方だな。僕は九条くじょうだよ」


 でも、名前はボロボロだったとはいえ覚えてくれてたのは嬉しいな。この前担任の先生にすら田島君と呼ばれたくらいだし。せめて一文字くらいかすって欲しかった。


「そう。で、ぼちお君、もう放課後よ。何をしにきたの」


 どうやら僕の名前を覚える気はないらしい。まあいいけど。


「僕は忘れ物を取りに来たんだ。それを取ったら帰るさ」

「ふうん」

「それより君は何してるのさ」

「別に、机に嫌がらせをされたから消してるだけよ」


 机を覗き込んでみると、何やら罵倒が書かれていた。しかも沢山。犯人はクラスメイトの女子だろうな。今日の出来事のせいか。こんなもの今日のいつ書いたんだろうか。


「嫉妬ってやつか」

「そうみたいね。小林君を振ったのが気に食わなかったのかしら。けれど付き合っていたら余計に嫌われていたと思うわ」

「まぁ君は目立ちすぎるからね。小林君を振ったらさらに目立つようになるさ」

「厄介なことだわ。当たり前のことを言っただけなのに」


 佐々木さんは特に後悔する様子もなく、淡々とそう言った。相変わらず何を考えているのかわからない人だ。


「まぁ頑張って。僕はスマホを手に入れたので退散するとするよ」


 僕はじゃあね、と言いながらスマホを持った手をひらひらと振って教室から出ようとした。


「あら、優しくないのねぼちお君。机を拭くのを手伝ってくれないのかしら」

「人の名前を覚えない人を手伝いたくはないな」

「面白い人だわ。ねぇ、『九条』君。あなたは何で私のことを好きにならないの?」


 無表情で、唐突にそんなことを言い出した。何を言ってるのだろうかこの子は。今までのどこで佐々木さんを好きになる要素があったんだ。人の名前を間違えまくってるのに。


「急に何さ。もしかして君はとんでもないナルシストなのかい?」

「いいえ。これはナルシズムでもなんでもないわ。今のクラスの男子は皆私のことが好きなのよ。それなのにあなただけ私が好きじゃない」

「何? クラスの男子が皆好き? そんなのどうやってわかるのさ」

「簡単よ。あなた以外全員私に告白してきたもの。最後が小林君。あの人は私が告白するとでも思っていたのでしょうね。我慢しきれなくて今日告白してきたのよ」


 おっと予想外の展開だ。まさか全員告白していたとは。あのアニメオタクの三村君もか。それを言われるとぐうの音も出ないな。


「それは知らなかった」

「それはそうでしょうね。あなたには友達がいないもの」

「うるさいよ。別にいいだろ」

「というかそんな事はどうでもいいのよ。なんであなたは私の事が好きにならないの?」


 佐々木さんが僕を見つめながらそう言った。静寂の教室にはグラウンドで部活動に励む部員たちの声が響く。

 やれやれ、僕の人生で美少女にこんな詰め寄られる機会があるなんて思ってなかったな。


「簡単な事だよ。だって君の読んでる小説――」


 僕は一呼吸置いた。


「官能小説だろ?」


 そう言った。佐々木さんはその答えを聞くと目を見開いて呆然とした。

 官能小説。官能小説とは、官能に訴える、つまり男女間もしくは同性間での交流と性交を主題とした小説の一ジャンル。エロ小説とかポルノ小説とも言う。


「なんでその事を?」

「以前君が本を落とした事があったろう? 君は急いで拾ったがその時タイトルがちらっと見えてね。調べたんだ。そしたらどエロい小説だった。僕は君に興味を持ったよ。まさか学校で超絶美少女が官能小説を読んでるなんて思わないからね」

「私もぬかったわね」


 佐々木さんは焦ってるようにも見えるが、気にしてないようにも見える。彼女の心理はわからない。


「まぁそういうわけで僕は君に好意よりも興味を持ったのさ。これで満足かい?」

「ええそうね。ますますあなたの謎が深まったわ。そんな脅迫のタネを持っているのに何故私を脅さないの? 私を脅してあなたの溜まりに溜まった欲望を私にぶちまけようとは思わないの?」

「何だいその表現は。官能小説の出来事を現実と一緒にしちゃいけないよ。まぁ安心しなよ。君が実は淫乱だなんて事は誰にも言わないさ」


 というか話す相手が誰もいないのだけれど。

 僕がそういうと、佐々木さんはくすりと笑った。


「ふうん。面白いのねあなた。ねぇ、九条君。勘違いしないで欲しいのだけれど、私は別に性欲が強くて官能小説を読んでたわけじゃないのよ」


 今更何を言いだすのだろうかこの人は。

 佐々木さんはため息を吐くと、自分の机に座って足をプラプラと浮かせ始めた。


挿絵(By みてみん)


「私はね、うんざりしてるの。こんなに可愛く生まれてしまったがために、生まれてからずうっと男たちに付きまとわれ、女たちからは嫉妬されているのよ。それってかなりのストレスだと思わない?」

「そうかもしれないね。僕は超絶美少女じゃないから気持ちなんて分かりっこないけど」


 やっぱり佐々木さんはナルシストなんじゃないだろうか。まぁこの場合可愛いのは事実だから何も言えないけど。


「私はね、ずっと友達が欲しかったの。嫉妬とか好意とかそういうの抜きにした友達がね」


 そんなものは幻想だ。友達なんていうのはそんな綺麗なものじゃない。友達がいない僕がいう事じゃないけれど、僕にだってわかる。


「でもね、周りの人は私という存在には微塵も興味ないの。気にするのは私の外見だけ。だってそうでしょ、私が読んでる小説が何かもわからないんだもの。もちろん中身を見ようとする人もいたけれど、どれもこれも下卑た感情が垣間見えていたわ。それに女子は流行りものがなんだ、あれが可愛いだ、なんてそんな会話ばかり。私は自分の意思を持った人と仲良くしたいのよ」


 高校生に何を期待しているのだろうかこの子は。そんな強い心を持った人なんて普通いやしない。人はみんな誰かを頼って生きているからだ。だけど、それは悪い事じゃない。人はひとりで生きていくようには出来ていない。僕はとても苦労しているから説得力があると思う。


「だからね、九条君。あなたは私の初めての『友達』になれる可能性があるわ」

「なんでそうなったのさ」

「あなたは私と一ヶ月も同じ空間にいて私を好きになっていないんだもの。新記録だわ」

「随分と安っぽい新記録だ」

「それは冗談にしても、あなたは誰にも頼らず、自分の世界を作り上げているでしょう?」

「それは友達がいないだけだ」


 話を聞いてみればなんて事はない。佐々木さんは年頃の女の子らしく友達が欲しかっただけなのだ。

 謎めいてみえた彼女が少しだけ普通の女の子に見えた。


「ねぇ九条君。私の初めての友達になるために、明日から協力してくれないかしら」

「友達ってそんな風にして頑張るものだっけ」

「そういうものなのよ。あなたは逆に友達のなり方を知っているの?」

「いや……知らないね」


 友達か。どうやったら友達なんだろうか。考え始めると答えが出ない気がするからやめよう。


「で、協力してくれるのかしら。本当の友達になるために」

「わかった。いいよ。で、僕は何をすればいいのさ」

「まずはIDの交換をしましょう。友達登録よ」


 そう言ってスマホを取り出した佐々木さんは途中で動くを止めた。どうしたのだろうか。


「友達登録って、まだ私たちは友達ではないのに……登録していいものかしら」

「いいと思うよ」

「じゃあはい」


 あっさりと僕たちは友達登録をした。友達じゃないのに友達登録。変な感じがする。


「これでよし。じゃあ私の用事は終わったから九条君は帰っていいわよ」

「そう。じゃあ僕は先に帰るよ。じゃあね」

「あ、そうだひとつだけ、注意があるわ」


 佐々木さんがそう言ったので僕は振り返る。佐々木さんはいつも通りクールな表情で淡々と言った。


「私の事は好きにならないでね」


 なるわけないさ、とは言わなかった。

 僕は手だけ振って家に帰った。


 僕が高校生になって一ヶ月経つ。季節は春でも夏でもない中途半端な時期だ。友達がいない僕は、今日も休み時間に眠くもないのに寝たふりをして過ごしている。


 もうすぐ授業が始まる。するとポケットに入れたスマートフォンのバイブが鳴った。ポケットから取り出して見てみると、通知は佐々木さんだった。隣なんだから話しかければいいのに、とは言わず僕は中身を見た。中身にはこう書かれていた。


『寝たふりが下手ね』


 その下には可愛らしいクマのスタンプが使われていた。

 僕は起き上がって隣の席の彼女の方を見た。佐々木さんはいつも通り小説を読んでいる。


 どうやって打ったんだろうこれ。そう思っていると、彼女からまた通知が届いた。本人をよく見ると、片手で机の下のスマホを操作していたようだ。器用だな。

 僕はもう一度スマホを見る。そこにはこう書かれていた。


『早く返信しなさい』


 それと怒ったクマのスタンプが貼られている。全然怖くない。彼女はああ見えてクマみたいな可愛らしいものが好きらしい。


 超絶ぼっちの僕は、唯一クラスの超絶美少女佐々木さんの秘密を知っている。


 それは、彼女が読んでいる小説がただのエロ小説であることと……ネットだと少しだけ素直だという事だ。小さな秘密だけれど、おそらくこのクラスの誰も知らない秘密だろう。


  僕は適当に返信をした。すると再び返信が来る。もうすぐ授業が始まるんだけどな。


『ねえ九条君』


『私の為に、死ねる?』


 それだけ返ってきたので、僕は少しだけ笑って、スマホに手を伸ばしたのだった。


『嫌だよ。好きな漫画が終わるまでは死ねないんだ僕』


 それだけ返すと、返信は止まった。

 隣の席の佐々木さんを見てみた。彼女は僕の方を見ていた。


 ――すると彼女は、僕を見て確かに微笑んだ。

 

 その笑顔はまるで透き通った海のようだ。これで、佐々木さんの秘密がまた1つ増えたな、なんて思いながら、見つめていると照れてしまいなので、僕は首を反対に曲げて桜が散り終わった校庭を眺めるのだった。

 桜が散った木っていうのも、少しは情緒があるものだ。


反響があったので短編を連載にしました。

僕の執筆意欲はポイントで決まるので面白かったら、ブックマークと評価をどうぞよろしくお願いします。

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