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大体は嘘になる 03

 本格的な雨はやがて通り過ぎたようで、薄っすらとした暑さを感じるようになってきた。

 久しぶりの晴れの日は、ある意味で屋上への歓迎の意なのか、それとも長期に渡って続いた雨に飽きてしまったのか。もしも宇宙人が天気を操作しているとしたら、国枝を止めるための精一杯の抗議だったのかもしれない。ま、そんな話は誰も信じないだろうけど。

「とはいえ、セーブポイントとかないんだよな」

 屋上へのドアはさながらラスボス手前のドアのような重厚感を放っていた。曇りガラスから差し込む鈍い陽光がいつもに増して不気味だ。階段の下から聞こえる昼休みを過ごす生徒の声に押されるようにしてドアをゆっくりと開く。少しだけ鈍い音はしたが、数週間振りの開閉は案外あっさりとしたものだった。

「晴天とはいかないか」

 所々に深い灰色の雲が陽光を遮っているが、傘は不要だった。まだ昼休みも数分しか経っていないのにグラウンドは既に賑わいの声が聞こえる。昼ご飯は食べているのだろうか。

 屋上の真ん中には朽ち果てた椅子が二つと間を挟むようにして机が設置されていた。

「ピクニックでもするつもりか」

「だとしたら、すでに会場は整っているよ」

 国枝は大した反応もなく机の上に弁当箱を広げ始めた。

 どうやら待っていてくれたらしい。

「というか、こんな広い屋上に机揃えて弁当とかシュールだな」

「そうかな。でも教室もこんな感じだと思うよ。清水君も」

 それは視覚的な意味ではなく、心象風景的な意味だろう。あんなに教室に埋め尽くされた机や椅子も一人で見た風景は無いものに等しい。ただ視界が遮られているという問題があるだけだ。

「青空教室とはよくいったものだ。俺の心は寒空だな」

「思ってもないことを言わないほうがいいよ」

「痛烈なコメントだな、それ。誰かにも言われた気がする」

 反対側の椅子に座ってみるが、机は一つしかないので変な違和感はある。それでも机と椅子を運んだのは国枝なので何も文句は言えないが。

「風がないのが救いだな」

「そうだね」

 幸い強い風もなく、平和に昼食が摂れそうだ。昼食の入ったコンビニの袋を机の上に置く。既に国枝は食べ始めてる。なんとなく向き合いながら食べるのも気恥しいので少し斜めを向いて昼食のパンを取り出してみる。視界の向こうには木々が生えそろった山しか見えない。そういう意味ではピクニックでも間違いはないかと思う。

「そういえば、この間、屋上シーはないって言ったけど、あれは嘘よ」

「どういう意味だ」

「ここ数日の雨で昨日は本当にシーだったわ」

 わざわざ屋上に行ったのか。

 確かに屋上の床は所々まだ乾いていない場所があり、水たまりも若干残ってはいる。つまり排水がうまくできていないのだろう。

「せき止めたら、プールとかできないかな」

「おそらく階段のところのドアの隙間から漏水するだろうな」

 そもそも屋上のコンクリートの淵は浅く、そこから鉄格子のフェンスが貼られているから、溜まったとしてもそこから流れてしまうだろう。逆にそれはそれで流れているところを遠くから見てみたい気持ちはあるけれども。

「うーん、そうなると雨の日に籠城すればいいんだよね。で、ドアのところを防水テープで塞ぐとか」

「屋上に籠城ってそれ、籠城っていうのか。城が半壊してるだろ、それ」

 籠るという文字を屋上に充てるのは無理があるだろう。

 それに屋上には雨風を凌げる場所がどこにもない、プールができるまでずっと傘をさしている必要がある。とはいっても、幼稚園のプールにも満たない水嵩にしかならないだろうけど。

「貯水タンクの所にテント張れば、行けると思う」

「本格的に籠城するつもりか、というかペグ打てないだろ」

「そこは石とか置いて代用すればいいし。ちょっと面白そう」

「そういうのは、天文学部とかそういったところはやりそうだけどな」

 残念ながらこの学校に天文学部はないはずだ。もしかしたら幽霊部員くらいはいるかもしれないだろうが。それに最近の学校のセキュリティ的な問題から正式な部員がいたとしても学校に泊まることは許してもらえないだろう。

 そもそもこの学校ってセキュリティどうなっているのだろうか。あまり興味もないのでドアとかみたことないけど、普通は窓ガラスとかにセコ○のシールが貼ってありそうだけど。

「天文学部か。ある意味、私と近い存在なのかもね」

「宇宙という視点といい、漢字的な部分もな。フィーリングって言ってたな」

「そうだね。私、文芸部だし漢字も似ていて近いわね」

「ぶっちゃけ言うと、野球部と蹴球部の方が一文字違いで近いけど」

「ロマンがないわね」

 拗ねた表情で軽く肩を小突かれる。

「でも、移籍したらいいんじゃないか。天文学部に。あるかどうか知らないけど」

「そういうのは調べたうえで薦めるものじゃないかなぁ。でも幽霊部員が移動したところで大して変わらないしな」

「幽霊が移動っていうのも言い得て妙だな」

 そもそも文芸部ですら存在するかどうかも不明だ。顧問の先生とかいるのだろうか。

 買ってきたカレーパンを咀嚼しながらぼんやりと考える。屋上からはもちろん時計が見えないので、ポケットの中に入れいている携帯から時間を見てみる。まだ数十分しか経っていない。

 国枝も黙々と弁当の中身を消化していっている。なんというか食べ方が事務的だ。

 会話は少なくなったけど、かといって気まずさは特に感じない。

「あぁ、そうか」

 似ていると思った。先日の朱華と二人きりだった時のように、特に何も言わなくても気にしなくてもいい。ただその感覚の根拠はなんなのだろうか。

「どうかした?」

「いや、いっそのこと幽霊になれればいいのにと思った」

 咄嗟に出まかせが口から零れ落ちる。でも、案外それは嘘でもなんでもなくて、本当に幽霊になることは国枝の問題を解決できるのではないだろうかと気になってしまった。もちろん幽霊なんてなれるはずもないんだろうけど。

「考えたことなかったな。そもそもお化けと幽霊ってどう違うのかな」

「視認できるかどうかじゃないか。お化けって人間を脅かしそうなイメージだけど、幽霊って透明なイメージがある」

「なるほど。死人だけに視認できないってこと?」

 特に駄洒落を言ったつもりはないのだけど。それにあまり面白くない。

 それにこちらが面白いことを言おうとして、すべったみたいになって少し居心地が悪い。

 ただ言葉としての面白さとは別に、同義だと思った。存在しないというのは認識しないのと一緒ではないだろうか。

「というか世界が違うんじゃないかな。うーん、説明が難しいけど、一緒の場所にはいるけれども、でも違う場所にいるみたいな」

「平衡世界みたいなものか」

「そうとも言えないような気がする。でも、私の中でも説明できていないんだよね」

「そうか」

 目線を逸らして遠くの景色を眺める。

 ちょうど屋上の真ん中に座っているので、周りから見られる心配はない。

「あれ?」

 ふと、国枝が振り返り入口の方を眺める。すると屋上のドアのロックを外す音が聞こえた。

「鍵閉めたっけ?」

「閉めたはずだけど」

 最後に入ってきたときに鍵は閉めたはずだ。となるとこのドアを開けれるのは鍵を持っている人間に限られる。緊張の一瞬のように思えて、特に緊張感はなかった。

 既に一度屋上に立ち入ったことがバレているので、二度目に関しては諦めの心ができていた。

「やっぱり」

 果たしてそこに現れたのは、ピンクのカーディガンを羽織った加藤さんだった。

 腕組みをして嘆息をしながらこちらを眺める。

「加藤先生、心臓に悪いのでやめてもらってもいいですか」

 国枝ははっきりとした拒絶反応を見せたが、教員側からするとやめてほしいのはこちらだろうというのは黙っておいた。ともあれコンビニの袋を持っている姿は明らかに昼食を取りに来た様子だ。

 それに国枝の表情は一つも変わっていないところから、心臓に悪いという言葉は純粋な拒絶間からきたものだろう。

「清水くん、椅子一つ取ってきて。よろしくね」

 にっこりとした笑顔に断る気力もなかった。というか別に今の椅子を明け渡して教室に戻るという選択肢もなくはないのだが。

「分かりました。というかよくここに居ると思いましたね」

「そんなの簡単でしょ。だって、そもそも君たちが出会ったのがここなんだから」

 言われてみるとその通りだ。あの出会いの流れから偶々屋上にいたという話は難しい。であれば、屋上に常日頃から出入りがあったと考えてもおかしくはない。

「はい、よろしく」

 席を離れたと同時に加藤さんは座ってコンビニのサンドイッチを取り出す。

 二人きりにするのもなんだか心配になったが、別に長時間席を外すわけでもないので、大人しく椅子を取りに行くことにした。


 屋上の階段下にはいくつか教室があるが、どこも特別教室がほとんどなので出入りが少ない。

 すぐ近くの空き教室に入り、椅子を一つ抱えてUターンをする。

 と、そこに朱華はねずの姿があった。

「いや、サイレントに後ろにいるのやめてもらえる。超びっくりしたわ」

「そう?」

「一瞬、幽霊かと思ったわ」

「ま、私は幽霊のようなものよ」

「それはお互い様かもしれんがな」

「で、どう?」

 お互い様というお互いに向けた皮肉には、ぴくりとも反応を見せない。

 この鉄仮面を取り払いたくなってしまうのは、自分だけだろうか。

「ま、普通かな」

 どうとも答えられない状況に陥っているのは間違いないが、それでも致命的でも楽観的とも言い難い状況だ。それを普通といっても間違いではないと思う。

「とはいえ、進展もないし、後退もない感じかな」

 朱華はこくりと頷いただけで、会話が途切れた後の教室はひやりとした空気が流れる。

 机の上にあげられた椅子、何も書かれていない黒板は無機質な壁となって異様な威圧感がある。

 この教室は呼吸をしていないのだ。生活感というと語弊があるけれども、砂漠のような環境―――そうか、冷たい宇宙のようなものだ。

 あれ、宇宙の気温ってどうなのだろうか。

 しばらく間、朱華と無意味な睨み合いが続いたのちに、彼女は踵を返して教室を出る。

 つまり睨み合いの結果、縄張り争いはこちらの勝利ということだろう。

「それにしても、珍しいな」

 誰もいない教室で呟いた声は誰にも届くことはない。それでも朱華がこうやって聞き出しにくることは想定外だった。

「いや、そうでもないのか」

 喫茶店には来ていたわけだし、何かしら気にしている部分はあるのだろう。

 ただ今は朱華のことを気にしている場合ではない。といっても気にしたとしても彼女に対してできることはほぼ無いとみてよいだろう。そもそもこれまで頼られたこともないわけだし。

 いつかの教室か喫茶店でない袖は振れぬと言っていたが、彼女の短い腕ならば振り放題なのではと失礼なことを考えてしまった。

 そうやって物事の比喩を物理的な物事に置き換えて、心の拠り所に変えてみるが、対して心持ちは変わらないかった。

「つまり萌え袖には無限の可能性があるということか。納得したわ」

 当然、納得はしていないのだが。

 そろそろ椅子を持っていかないと、加藤さんに叱られる。


 椅子を抱えたまま屋上へと戻る。二人とも会話をしている様子はまるでない。

 加藤さんは何故来たのだろうか。

 取り合えず、持ってきた椅子を置いて座る。

「おかえり」

 若干の不機嫌そうな声で国枝は言う。椅子を取りに行っている間に加藤さんから何か小言でも言われたのだろうか。

「加藤さんは何故ここに来たんですか」

 このまま食事を続けてもいいのだけど、念のため聞いておくことにした。

「見て分からない。食事をするためよ」

「どちらかと言うと、そちらはついでもような気がしますが」

 それに食事ならわざわざここでする必要はない。屋上に来る理由がそれなりにあるはずだ。

「別に大人が息抜き不要というわけにはいかないのよ。色々あるのよ私にだって」

 つまりは保健室に居づらいことでもあったのだろうか。

「毎回毎回、怪我もしてないのに保健室に溜まりこまれちゃ、私も困るのよ」

「なるほど」

 分からなくもない。

「かといって、保健室以外で食べるところあるかと言われるとないしね」

 保健室を空けておいてもいいのかという疑問は当然あるのだが、生徒には分からない苦労がいろいろとあるのだろう。どちらにせよこの空間自体が規則違反をしている点でこちらとしては何も反論できる材料がない。つまり、共犯として運命を共にしてもらうほうが都合がよいということだ。

「あれ」

 と、一つ疑問が浮かぶ。

「どうかした?」

 頬にサンドイッチのパンくずを付けたまま加藤さんはこちらを向く。

「食べてる最中に話さないでください」

 突っ込みをしつつも、その疑問の言葉について疑問を抱く。

 加藤さんは興味を失ったとばかりに食事を再開する。サンドイッチを咀嚼する姿はまるでハムスターを髣髴とさせる。

 そうか―――と、その言葉は胸に秘めたまま、ため息をつく。

 当然、この環境を加藤さんに糾弾されれば、この食事会は二度とできなくなるだろう。

 でもそれを共犯として望んでいるということは、この環境を悪くないと思っているということだ。そんな自分の思考ですら俯瞰的な立場でしか汲み取れない自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 いや、実際に馬鹿なのだ。何も理解ができず、何もかもが流されたまま生きているだけ。


 つまり、漂流しているのだ。

 宇宙の無重力空間で地に足を付けられずに。


 それでも、酸素を求めている。

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