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大体は嘘になる 02

そういえば、逃げ出すことに関して特に抵抗がなくなったのはいつの頃からだったのだろう。

「それは逃げ出すのではなく、聞き流すの間違いね」

 朱華はねずは眼を瞑って珈琲を啜る。最近は居心地がいいのか週末は決まって飲みに来ているような気がする。常連客が増えるのはいいことだけども、同級生に仕事ぶりを見られるのはなんだか気恥ずかしさを感じてしまうのは何故だろうか。言うならば、授業参観みたいな感じではある。

 時刻は四時を回り、ちょうど朱華以外の客は出て行った。

「聞き流すのも、ある意味逃げだろ」

「そうね」

 これ以上の議論の意味がないとばかりに、朱華はまた読書へと戻った。

 こうして二人きりになったところで別に居心地の悪さは感じないけど、そういえばこうやって朱華と話すようになったのはいつからだろうか。特に国枝の件があってからというわけでもないし、ただ他愛のない会話を繰り返していたような気がする。

「そういえば、鍵もらったのよね」

「そうだな」

 屋上への鍵を国枝から受け取った話は既に済ませている。

「ふぅん」

「何その感想。逆に怖いな」

 なんとも煮え切らない回答ではある。ただ朱華にも思うところはあるのだろう。

 この一件に巻き込むつもりはなかったが、結果的には完全に巻き込んでしまっている。ただ朱華の顔からは不快感というか、そういった表情は読み取れない。というかそもそも表情筋が死んでいるのか、ポーカーフェイスなので読み取ることはほぼ不可能だ。読めるとしたら白河くらいだろう。

 退店した客のコップを洗いながらぼんやりと今後のことを考える―――が、特に何も思い浮かばない。

 こういったときに聞き流してばっかりだったから何も思いつかないのか、それともそもそもこの件に関しては打つ手がないのか正直分からないような状態だ。でも、簡単に解決できるような内容であれば、朱華や白河の手によって解決できた話だ。目の前にいる彼女も何も言わない―――もといは何か解決法を持っていても言わないことが現状を物語っている。

「屋上には行った?」

 洗い物があらかた終わったころに再び朱華は本から目を離した。こうやって洗い物の最中には話しかけてこない辺りは普通に空気は読めるのだろうけど、白河しか友達がいないことが不思議だ。というか、俺が勝手に友達が一人だと思い込んでいるだけで、本当はもっと居るかもしれないけど。

「行ってない」

「そう」

 さっきから空回りするような返事ばっかりだ。何か様子見というかこちらの動きを伺うような聞き方だ。

「読んでる本、面白いか?」

 自分でも馬鹿みたいな質問をしたと思う。この場に白河がいたのならば、「お見合いでもしてるの?」と言われていただろう。

「そこそこ」

 どうしてこう辺り障りのない回答ばかりなんだろうか。

「いや、そこは会話広げろよ。終わってしまうだろ」

「私に広げるような器量はないわ。そもそも始まりも終わりもないわ、別に呼吸じゃあるまいし」

 確かに朱華はねずの言う通り、窒息するわけでもないし会話する必要性はあまりない。そうか、会話が続かなくて息苦しくなるという言葉遣いは、言いえて妙だと意味もなく感心してしまった。

 つまり、そういった人達にとっては会話は呼吸するのと一緒ということなんだろう。だとしたら、俺や朱華は呼吸しなくても生きていけるので、宇宙にでも行けるんじゃないだろうか―――と、馬鹿みたいな考えをしてしまう。

「いや」

 ちらりと朱華の視線が本から動くが、またすぐに本へと戻る。

 一つ呼吸を置いて、一人呟く。

 結局のところ、国枝は他人との会話が必要な環境が息苦しくて宇宙に行きたがっているのではないだろうか。そこは会話―――つまり呼吸は必要ない。だから、UFOを探した。

 完全に馬鹿みたいな話だけれども、でもそんなに的外れでも荒唐無稽な考えでもないような気がした。でも誰かに口にしてしまうと、やはり崩れてしまいそうな考えだ。

「でも」

 でも、それは叶わない夢だと考え直す。呼吸しなくてもいいのは、あくまでその人たちの中だけの世界であって、この世界ではその理論は通用しない。

「どうかした?」

「あ、いや。確かに朱華とは会話しなくても特に困らないなと。特に嫌いだからとかではなく、会話がなくても不快じゃないというか」

「ふぅ、ん」

 なんか一瞬言葉に詰まったようにも見えたが気にしないことにする。でもこの一瞬のやり取りに何か違和感を感じる。眼を瞑って何とか違和感という名の靄を掴もうとするけれども、すぐに霧散してしまう。

 こちらも手持ち無沙汰になったので、携帯電話を取り出してメールがないかチェックしてみるが、何も入っていない。そもそも友達がいないので、来るとしても迷惑メールの類ばかりだ。

 こうしている間にも国枝は消えようとしているのだろうか。

「本質を掴むことが解決に繋がるとは限らないわね」

 ふと、朱華は本から目を離して呟く。

「それは俺に言ってる?」

「お互いに言ってるのよ」

 溜息を吐きつつ朱華は目線を本に落とした。ただその本は既に閉じられていて、その目は何を見ているのだろうか。

 お互い様と言いたいのだろうけど、本質を掴まないことが解決することがあるのだろうか。ただ普通にありそうなのは、知らない方が幸せだったとかそういった類の話だろう。

 でもそれは解決になるのだろうか。

「いや、そうなんだろうな」

 つまり、死んでしまえば当人としては死ぬまで知る由がないわけで解決に値するのだろう。幸せのまま死を迎え真実を知ることなく終わってしまう。

 本質から目を逸らしつつ生きていけるのであればそれまでなんだろう。

 でも国枝はそれが出来なかった。若しくは許容することができなかったのだろう。

 椅子に座ったまま窓の向こうを眺める。でもその景色は処理されることなく、他のことを考えてしまう。

朱華はねずは死にたいと思ったことあるか?」

「あるわ。誰にだって一度はあるんじゃない」

「それは、恥ずかしくて死にたいとか軽い感じじゃなくて?」

「それも十分な死亡動機だと思うわ。でもそれを除いたってあると思うわ」

「そうか」

 今もあるのかと聞きたかったが、それは藪蛇になりそうなのでやめておいた。というか聞く意味はないだろう。結局のところそれが真実とは限らないからだ。

「でも、時々思うわ」

「何を?」

「例えば私がもっと別の人と出会っていたら、死んでいたかもしれないし、むしろ死ぬなんてこと一度も考えなかったかもって」

 でも、それは―――。と、思考を読むようにして朱華は続ける。

「でも、それは―――、周りの環境によって左右されるものよ。考えたってしょうがないわ」

「同意だな」

 本当だろうが、嘘の世界だろうが、結局のところ環境によって左右されるものだ。

 でも、できることならば嘘の世界だろうと国枝は騙され続けて生きて欲しいと少しだけ願った。

 願うということは他力本願ということは分かっているのだけれども。


 暫くは雨が続き、屋上への出入りはお互いなかったように思う。もしかしたら雨の中でも国枝は傘を差しながらも屋上にいたかもしれないけど、約束しているわけでもないし、行くことに何故か躊躇している部分はあった。別に咎められることもないはずなんだけど。

 昼休みに入ると、国枝は真っ先に教室を出る。鍵を受け取って以来、話しかけれらたことはなかった。

 何か決定的なことがあったかと言われると、むしろ何もないのだけれども、何もないことが既に何かを終わらせているのではないかと穿った考え方をしてしまう。

 でも、それなら国枝はいったいどこにいるのだろうか。

「とはいえ、会話する内容もないんだよな」

 実際問題、先日まで国枝と会話できていたのが嘘のようだった。意識的に会話しなければならないとなると、逆に会話ができなるというやつだ。つまり息苦しいということにならないだろうか。

 窓ガラスから滴る雨粒を眺めながら、この後のことを考えてみる。既にグラウンドには大きな水たまりができており、部活動は軒並み室内か休みになるだろう。

「雨だね」

「―――珍しいな、教室で声をかけるなんて」

「え、普通じゃない。別にいじめられてるわけじゃないでしょ」

「逆にいじめられていたら声はかけないのか」

「うーん、どうだろ。その時次第じゃないかな」

 白河は正面の椅子に座り、こちらを振り向く。椅子の主は食堂に行っているので問題ないだろう。

「というより、そっちが大丈夫ならいいけど」

「あー、それは、んー」

 この顔は悩んでいるようで、実際には悩んでいないような顔だ。

「そういったところは、本当に尊敬するよ」

「尊敬じゃなくて、参考にしてれればいいのにね。そうすればこんなことにならなかったと思うよ」

 呆れたように白河はため息をつく。

「でも、それじゃこんなことは気付けなかった」

「そうね。君だからこそ、だからかもしれない」

 気になって教室の周りを眺めているが、白河と普段一緒に行動するメンバーはいないようだ。どうやらそこを狙っていたのだろうか。逆に朱華はどこにもいない。

「はぁ」

 その視線を見切られたのか、白河はもう一つため息をついた。

「他人の心配しているくらいだったら、自分の心配をしたら」

「生憎、どちらも他人事なのでね」

 少しだけ白川は目を見開く。

「驚いた―――確かに他人事ではあるね」

 そして、自分の膝の上に弁当箱を広げた。俺の机を使わず、それも正面を向き合うのではなく身体を横にして座る姿に白河の気遣いを感じる。向き合って机をシェアして食べる姿は周りから変な目で見られる可能性がある。この配置ならギリギリ許容範囲だろう。

「そうそう、昨日は朱華ちゃんが来たみたいだね」

「聞いたのか。ま、大したことを話したわけじゃないけど」

「ふぅん。清水ジャパンのキャプテンとしてメンバーのメンタルケアはちゃんとしておいてね」

「まだそのネタ引っ張るの。そもそもチームが組めてないと思うけど」

 そもそも男女混合のスポーツなんて存在するのだろうか。

「チームはチームでしょ。人数足りなくても。それにパワ〇ロポケットでも最初は部員探しからやってたわよ」

「うちのチームにはボブ君はいない」

 今、清水ジャパンに必要なのはこの状況を打開できる長距離バッターだ。というか、白河がこういうネタを振るのも珍しい。ラグビーは知らないけど、野球は知っているのだろうか。

「でも朱華ちゃんがいる」

 白河は卵焼きを一口齧る。人が食べてるのを凝視するのも悪いと思い、コンビニで買ってきたパンを机の上に用意する。

「朱華ちゃんがエースだよ」

「どちらかというと、ジョーカーじゃないか」

「ジョーカーは清水君でしょ」

「何? 死神って言いたいの?」

「違うわよ。切り札っていう意味。むしろ死神って自覚があるんだ」

 無表情でもう半分になった卵焼きを口に運ぶ。

「というか、自虐すぎ。朱華ちゃんが聞いたら鼻で笑うでしょうね」

「笑うどころか、無表情で一蹴しそうだ」

 苦笑しつつも時計を眺める。昼休みもすでに十分が回っていた。白河のグループはおそらく購買に向かっているのだろう、そろそろ話を切り上げたほうがよさそうだ。

「安心して。今日は食堂に行くって言ってたから。ま、戻られても別に困らないけど」

 だから視線を見て、心を読むのはやめていただきたい。白河に関しては気の回しがことごとく読まれて少し気恥しい。かといって無遠慮に接するわけにもいかない。

「大丈夫。私は私の距離感を弁えてるから」

「メジャーでも持って量ってたりでもしてるの?」

「うーん、比喩としては近いかも。話していて踏み込める範囲を量ってるというか」

「羨ましい限りだ」

「嘘」

 今日何度目になるだろうかの、ため息をつく。

「清水君はそのメジャー使わないでしょ。持っていたとしても」

「使わないんじゃなくて、失くしたんだ」

「失くしているふりをしているだけよ」

「手厳しいな」

「それに羨ましいとも思ってないでしょ」

 会話が切れたところで、窓の外を眺める。相変わらず雨の量は変わらず、遠く向こうの空模様も変わらず暗い雲が続いている。これは一日中雨が止むことはないだろう。

 教室の中も半分以上が食堂にいるので、うるさくもなく、静かすぎる感じでもない。

「だってそうでしょ。私と話している限りでは、推し量れていると思う」

 白河の視線はいまだに廊下側の窓を眺めたままだ。

 でもどうだろうか、仮に俺と白川がお互いの距離感を持って会話しているのであれば、それはまるで連なった歯車のように決して軸に届くことはなくただ回り続ける。

 まるでミラーゲームだ。

「褒め言葉として受け取っておこう」

「褒めては―――ないかな」

 そうなのかよ。でも推し量ることができるのは、量るべき対象の位置を把握しているからこそできるわけだ。たとえ定規を持っていたとしても、量る物が見つからなければどうしようもない。

 逆説的に言えば、白河は自らがその立ち位置を示している。だからこそ量れる。

「褒めるところがあるのなら、その心の無さね」

「それは貶しているとしか受け取れないけど」

「どうだろうね。性格なんてものは紙一重なもので、好きと思ったら周りがどう思うとも美点にしか見えなくなるものじゃない?」

 ということは、白河としては心が無いことは美点と思っているということだろうか。

「そうじゃないと、今頃結婚している人は美男美女だけのグループになるわ」

「おっしゃる通りで」

「少なくとも枝ちーは、そういう清水君のところに惹かれたと思うよ」

「引かれたの間違いでは」

「そっちもあると思うけど」

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