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大体は嘘にならない 04

 国枝の話を整理すると、とにかく学校生活のしがらみに嫌気がさしてどこか遠い世界に行こうと考えていた。結局のところ遠い世界というのは、つまり人間が存在しない世界、宇宙だ。宇宙に行くにはUFOが必要なので、屋上で呼び寄せていたということになる。

 世間一般論で考えるとほぼ全員が馬鹿みたいな考えだと批判するだろうけども―――いや、確かに僕も同じ考えだけど、それはUFOを呼び寄せたという部分に関してだけだ。遠くに行こうと思う理由はよく分かるし、共感もしている。ただこの理由はきっと後付けであり、思いつきに違いがない。

 でも、もしも本当に潜在的にそれを望んでの行動だったとしたらどうだろうか。無意識に望んでいる。

「でも、それは叶うことはないだろうな」

 正確には適うことはないと言った方がいいのかもしれない。だから何らかの理由を付けて僕たちは縛られたままに過ごしていくしかないのだ。ただその希望を行動に移す姿は僕は否定することはできない。

「そもそも馬鹿な考えよ、それ」

 朱華はねずは嘆息しながら珈琲を口に運んだ。

 昼休みの一件を経て、バイト先に出向いた僕だけども、そこに居たのは店長とちょうど珈琲を頼んだ朱華の姿だった。朱華はそのまま制服姿で立ち寄っており、所謂買い食いにあたるわけだけど、誰も指摘するような人間は居ない。

 店長は朱華に珈琲を出してからは二階に籠ってしまった。僕がほとんど仕事の内容を覚えてからは、一緒に働くことは少なくなってしまった。そもそも客入りも悪いのにどうやって生計を立てているのだろうか。アルバイトの身ながら不安になってしまう。

「色々な意見があるとは思うけど、結局一人で生きるなんて無理な話よ」

「そうだな」

「例えば一人で無人島で暮らせばいいというかもしれないけど、結局どうやって行くのかとか、無人島で生き続けられるのか、問題は山ほどあるわ」

 朱華の言うとおり、現実問題としてたった一人で暮らしていくにも、場所が必要だし生きるための食糧などが必要になる。

「でも、そうだとしたらUFOなんて荒唐無稽なことを言わないと思うけど」

「案外この間の話は当たっているかもよ」

「――――それは考えたくない」

 では、たった一人で生きていくにはどうしたらいいのだろうか。いや、結論からいうと不可能ということになる。だったらどうすればいいのだろうか。

「死ぬしかないのよ」

 つまり自殺。国枝の言ったUFOに乗って遠い所に行くという話は、結局のところ死を暗喩していたのだろうか。でも、本当のことをあの場で言ったとしても、おそらく見張られるか、しかるべき施設に送られていただろう。だから言わなかった。

 本当にそれが正解なのだろうか。

「ま、もはやそれが嘘かどうかは些末な問題だと思うけどね」

「些末なのか、それ」

「そうよ、嘘なんてどうでもいいのよ。彼女は死にたがっているという事実があればね」

「事実かどうかは分からないだろ」

「そうね。だったら尚更嘘なんて意味のないものよ」

 理屈は分からなくもない。ただどうにも納得できないのも事実だ。

「結局のところ根本から崩れているのよ、彼女は」

 崩れているのは思考なのか、それとも理論なのか。それとも両方なのか。国枝の思考を推測することはできても理解することはできない。だったら朱華の意見もまた根拠のない推測だ。でも、だからこそ嘘は些末な問題であり、この議論自体が何か確固たる地盤を持たないものとなっている。

 思考するだけ無駄なのだろうか。

「清水君、彼女が自殺を図ったと打ち明けても、清水君には止められないわ」

「他の人には止められるとでも」

「分からないけど、確率の話をするのであれば清水君以外の人間の方が止められる可能性はあるわ。理由は分かるでしょ」

 それは僕が国枝の思考を共感し、その共感が国枝にも伝わっているからだ。だからこそ僕は国枝の自殺を止めることはできないだろうし、国枝もまた僕の制止は上っ面の嘘ということが分かってしまう。いや、止める気持ちは嘘ではないのだろうけど、止めるだけの説得力を持ち合わせてはいない。

「でも逆説的に清水君の言葉しか通らないでしょうね」

「言っている意味は分かるけど、理解しない振りをしておこう」

「賢明ね、おそらくだけど」

 本当に賢明な判断なのだろうか。逆説的に誰の言葉も耳を傾けないのだから、唯一共感している僕にだけその言葉の効力が国枝に届くのかもしれない。だけどその言葉の持ち主には説得できる材料を持ち合わせが無い状態だ。

「でも確定ではないのだから、静観するしかないのが実際のところよ」

 結局のところ、国枝の気持ちは分かりようがないし、未来を見ることも不可能だ。可能性の話をするのであれば自殺でもないし、僕自身が死ぬかもしれない。それは僕だけじゃなく朱華だって白河だって、ましてや加藤さんにだってあり得る話だ。

 現実問題にそれが起こってしまったとして、後悔したところでやり直すことはできないし、じゃあ止めておけばよかった――――なんて、結局のところ結果論に過ぎない。それに止められていたのかどうかも正直なところ不明確だ。二つの未来を見ることはできないのだから。

 時計の針がカチリと音を立てる。ちょうど七時を過ぎたところだ。朱華が入店していた頃にははっきりと見えた景色が今では真っ暗になっている。こんな時間の中でも誰かがきっと消えてしまっているのだ。

 僕は大きなため息をついて、カウンタ内の丸椅子に座る。八時が閉店時間だけども、もうこの時間から入る客はほとんどいない。アルコールでも扱えば客入りもよくなるだろうけど、そうなれば閉店時間も伸びるだろうし、店長がそれを望んではいない。とは言っても珈琲にこだわりがあるかと言われるとそうでもないようだし、実は大金持ちで娯楽としてやっているのだろうか。だとしたらアルバイトにここまで任せきりにはしないはずだけれども。

「静観なのか、達観するしかないのか」

「いずれにせよ、私の言ったことは戯言よ。変に惑わせたらごめんなさい」

 惑わすというか、正直なところ動揺もしていない。ある程度考えていた路線だし、別に自殺願望なんて国枝に限らず思うことはあるだろう。ただそれを実行に起こすほどの勇気や思いがないだけであって。

「どちらにせよ、もう終着点なんだろうな」

 それも執着することも叶わないような状況。巡り合わせがよかったのか、悪かったのか。どちらにしろ逢ってしまったがこそ、合うことができない。

「終着よ。そもそも人生は最初から最終電車よ」

「変な例え方だなそれ。辿りつく先は死ということか」

「それは人それぞれなんじゃない。むしろ死ぬということは脱線なんじゃないかしら」

 それだと終着点が明確でない人間の方が大多数な気はするけど。それでもなお進む先も分からずに時間というレールが敷かれ、無自覚にも走り続けている。その速度だけは平等だ。

「ま、いずれにせよ、この変な空気は収まるでしょうけど、またいずれ来るでしょうね」

「もう仕方ないと思ってあきらめるよ。白河にも変な心配かけてそうだな」

「みどりんもまたクラスでは微妙な立ち位置だしね。むしろ私と関わっておきながらよくあのポジションを維持できるわね」

「そのあたりは世渡りが上手いというか、バランス感覚あるよな」

 朱華の前で思考するのも申し訳ない話だけれども、朱華はどちらかというとクラスではやや外れた位置に存在している。ある意味、僕と同じようなところだ。対して白河と言えば、クラスでも割と中心的になりつつも朱華との関係も続いている。少しでもどちらかに傾くと白河自身が破滅してしまいそうな危うさを持っている。

「さすが、空気は読める男ね。そのバランスを崩している私たちからすると何も協力できないのが痛い所だけど」

「協力もなにも、白河が望んでやっていることだろ」

 そもそも無理にやっているようだったら、今頃は朱華と白河は一緒にいないだろう。そのあたりは白河にも変な正義感みたいなものを持って付き合っている感じはしない。

「どうでしょうね。でも私に対して多少なりとも負い目はあるのかもね」

「負い目っていうのは」

「そりゃまぁ色々よ。それは番外編で話すわ」

「その番外編って一生来ないような気がするけど」

 そもそも何が本編で何が番外なのかがよく分からない。ここでいう本筋は国枝のことだろうけど。

「いっそ、清水君がみどりんと付き合えば色々な化学変化が起こって楽しそうだと思うけど」

「さすがに周りへの余波は想像できない」

「あら、付き合うことに否定はしないのね」

「好き、嫌いという根拠から付き合うことに繋がっているのであれば否定するけど、そうじゃないのであれば付き合ってもいいとは思う。これは本人の意思とは関係ないけど」

 これはもはや消去法の類に近いような気がするし、甚だ失礼な話かもしれない。

「本人の意思は別として、清水君らしい考えね。でもそれは少し残酷ね」

「少しどころではないくらい残酷だと思うけど。ある意味利用できるから付き合うって考えが大半だし」

 その言葉を吐きつつも、結局のところお互いの利害関係が合ったからこそお付き合いに発展するわけであって、案外残酷でもないように思えてきた。

 いや、でもその理屈を伝える前に自分自身の考えを否定する。その思考には好き嫌いという恋愛感情が抜けているからだ。つまりは、その利害関係を度外視できるほどの気持ちがあれば付き合うという理由を持つことができる。たぶんだけど。

「あれ、そうすると」

「どうしたの。もしかしなくても、あややと付き合えばワンチャンあるんじゃね。とか考えてない」

「お前、ほんとエスパーなの。怖いわ」

 何故思考が読まれているのか。

「エスパーではないわ。というか単純に思考すればそうなるでしょ」

「そうなるのか」

「そうよ。付き合うって話は、会話の流れで考えただけだけど、自殺願望を止めるだけの理由を作ればいいだけでしょ」

「でも、さっきは終着って言ってなかったか」

「それは清水君がでしょ。確かに間違ってないわ。そもそも言葉が通じない相手に自殺を止めるだけも理由を作るなんてそう簡単にできないわよ」

 こいつの思考スピードはどうなっているのだろうか。会話の二、三手先を読まれているような感覚だ。

「だから唯一会話の通じる清水君があややをメロメロにするという作戦しかないけど」

「それは無理な話だな」

「それは清水君の意思というよりも、清水君の立ち位置が既に自殺願望側に立っているからよ」

 なるほど。確かに前に話した通り、僕は国枝の思考を全面的に認めている。それを翻して止めるような行為に走ったとしても認められることはないだろう。

「それに、清水君もまた自殺に走る可能性はあるわ」

「それは影響されるってことか」

「そうね。その可能性もゼロではないわ。だって純粋に楽に死ぬことができるのであれば吝かでもないと思っているでしょう」

「それは―――」

 それはどうだろうか。自分自身に問い詰めてみるが答えはでない。

 ここで朱華が大きくため息をつく。

「あのねぇ。そこをすぐさま否定できない時点で駄目なのよ。普通の人は思考するまでもなく否定するところよ。思考するということは検討するだけの価値があるということよ」

 確かにそうだ、自殺した後の影響範囲を吟味している時点で、実行の余地は多少なりともある。それも思考してすぐさま否定できるのであれば別だが、朱華の言葉を聞いてもまだ僕は答えを出せないでいる。

「何も考えていない可能性もある」

「嘘ね。清水君に限ってそれはない」

「信頼されているんだな」

「違うわ、信頼されていないから嘘にならないのよ」

 信頼されていないから嘘にならない。言い得て妙だ。というか、それはただの事実なのでは。

「いや、信頼という言葉ではないかもね。清水君はそうね、いい意味でも悪い意味でも自分が存在しないのよ。意味は理解しなくていいわ」

 実際に理解できない。

「大いに脱線した気がするから話を戻すと、結局のところ国枝の自殺を止める理由を作れるという結論でいいわけだな」

「いいわ。でも自殺するかどうかも定かではないのに、自殺前提で議論に乗せた時点で間違っていると思うけど」

 もし仮に国枝が本当に自殺ではなく、どこか遠くの未開の地に行くことが願望だったとしたらこの話はこれで終わりだ。だからこそ、ある意味この話は自己満足で、欺瞞に満ちた理屈しかないだろう。

「それでも、なんとなく自分の天秤のなかでは国枝を自殺させない方に傾いているんだよな」

 その反対の天秤に乗っている物は不明だ。というか天秤なんていう同時に二つの物しか測れないような道具では表現できないくらいの比較検討する思いがあるのだけれども。でも、その材料のどれを比べたとしても、今のところ傾くだろうと考えているものがあるだけ御の字だろう。

「それがふわっとした傾きでないことを祈るわ」

「傾いた時点で勝ちだろう」

「そもそも勝ち負けなんて――――いえ、そうね勝ち負けはあるかもしれないわね」

 朱華は若干諦めつつも肯定する。僕の言葉が及第点に届いたのか、それとも平均以下で見限られたのかは定かではないけど。でもそのどちらだとしても、目的自体は変わることはない。

「でも、どうするの。あややの前で全裸になって肉体的アピールでもするつもりかしら」

「それはもはや露出狂なのでは」

「合意の上ならセーフよ」

 いやセーフとはいっても、合意を取る行為がもう犯罪のような気がする。

「ま、冗談はさておき、本気なら止めはしないけど勝算はあるの」

「正直言ってないな」

「ま、そうだと思ったけど」

 今日何度目になるかというほどの朱華のため息が聞こえる。

「私も関わった以上、多少の協力は惜しまないけど、無い袖は振れないからね」

 それだけでも十分にありがたい。ただまぁ、無い袖とはよく言ったもので、結局、協力するための材料が無ければならないわけで、朱華の力を借りるのは後になりそうだ。そもそも自分自身がどうしようかということを決めきれていないわけだし。

 もう一度、僕は丸椅子に座りこむ。といってもいいアイディアは浮かばないわけで、取り敢えず今日の昼ご飯の出来事を回想してみるも、あまり会話を覚えてはいない。

 と、そこでドアにつけられたベルがカラカラと鳴り始める。こんな時間に来るお客は珍しい。

「あ、やっぱりここに居たんだ」

 ドアから覗いた顔は白河だった。真面目なのか不真面目なのか、白のタートルネックのセータに真っ黒なスカート姿だ。真面目な部分に関しては私服というところだけど、こんな遅い時間にうろつく場所ではない。

「真打ち登場ね」

「なに、またホームラン打ってくれるの」

 そもそもこの間もホームランを打った記憶がないのだが。というかピッチャーはどこの誰だ。

「助っ人外国人だからね」

 しれっとした顔で朱華は言う。

「外国人ではないだろう」

「でも清水君からすればみんな外国人みたいなものでしょ」

「いろいろコメントしたいことはあるが、黙っとく」

「うーんと、何の話」

 予想通り、というか白河には酷な話だけれども、会話が理解できないのは仕方がない話だし、説明する気にもなれない。

「そういえば、宇宙人だったら助っ人外国人なのかしら」

「いや、助っ人異世界人なのでは」

 もしくは助っ人宇宙人とか。あれ、なんか昔の野球ゲームにそんなのなかったっけ。

 それこそ、国枝が本当に宇宙に行ってしまったら、国枝自身が助っ人異世界人となってしまうわけだけど。

 そもそも何を助けるのか不明だし、まずは国枝を助けることが先決だ。

 それは助けるという行為かどうかも不明だし、SOSがあるかどうかも分からない。

「ま、清水ジャパンに仲間が一人加わったというわけね」

「朱華の話だと、お前ら二人は外国人扱いなわけなんだけど」

「あの、何の話なのかな。スポーツでもするの」

「えぇ、ラグビーよ」

「あと十三人も集められねーよ」

 試合が始まる前に、既に廃部の危機である。

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