大体は嘘にならない 02
言い訳をさせてもらうとクラスに溶け込んでいない僕が悪いわけであるだけど。
誰に対してでもない言い訳を考えて、でもそれは言い訳ではなく原因になっている。
「そういう冷たい人間とは思っていませんでした」
朱華は一言言い残すと、頬杖をついて窓の外を眺め始めた。窓の外に見えるのは生い茂った木々とコンクリートの壁だけで何も面白いものはない。そもそも隠れてアルバイトをしているはずだったのに、朱華にはすぐにばれてしまった。朱華にばれるということは、その友人である白河 碧にも露見していることを意味する。
隠れ家というほどでもないけど、わざわざ路地裏の奥にある珈琲店に飲みに来るあたり、嫌がらせとしか考えられない。黒川朱華はそういった人間だ。
「今日は相棒はいないんだな」
「いや、ここで待ち合わせ」
「仲がいいことはよいことですね」
もはや白河にも伝わっているのだろう。お互いに幼馴染ということではないのだろうけど、苗字と名前に色の文字が入っていることから、仲良くなったと僕は勝手に分析している。周囲からはお互いの先頭の文字を取ってモノクロと名付けられている。
「清水君が言っても、説得力なしだけどね」
呆れ顔の朱華。
「まぁ、あややはミステリアスなところあるからね」
「あややって国枝のことか」
「下の名前が綾子だからね。んーでも自殺するとしたら給水塔の上じゃ役不足ね」
果たしてその表現は正しいのだろうか。だれもそんな役回りは請け負いたくない。無機物だから問題ないのだろうけど。ただ便宜的に落ちたと表現しているものの実際には落ちたかどうかも不明。ただ飛び込み自殺という線はないだろう。だったら校舎から飛び降りている。
「ただ予行演習だとしたらどうだろう」
「わざわざ予行演習はしないだろう。かえって心配されてやりにくくなるんじゃないか」
「それもそうね。だとしたら高い所に登りたかっただけなんじゃないかな」
「わざわざ学校の給水塔に。そこらへんの高層マンションの方が高いと思うけど」
「お手頃な高さってものがあるんじゃない」
買い物ではないのだから。
「ま、そこの審議は判断できないから置いておくとして、なんか不思議ちゃんということか」
「うーん、不思議ちゃんというほど不思議じゃないけど。どこか抜けてるというか、電波受信しているというか」
「前後で大きな乖離があると思うけど」
電波受信しているのはさすがに問題ありと認識せざるを得ない。
「でも、結局あややが何言ったとしても証拠がないわけだから、平行線よね。唯一お互いが合致するとしたら、自分で飛び降りましたというオチだけども」
オチと言われているが、実際のところはこれが一番平和な着地点ではある。オチなだけに。
「あら、どうやら到着したみたいだわ。真打ちが」
「何を打つんだ」
「ホームランよ」
「誰がホームランを打つのか分からないけど、私こんなとこに来ちゃってよかったの」
どうやら白河碧は僕のバイト先ということを知らなかったようだ。だとしたら尚更たちが悪いのだけど。
「白河、悪いけど内緒な」
「取引には、それ相応の対価が必要」
すかさず朱華の言葉。
「好きな飲み物を頼みな」
飲み物一杯で秘密にしてもらえるのであれば安いものだ。
「飲み物一杯で満足するとでも」
「朱華ちゃん、一応私の意思決定が必要な案件だと思うけど」
「みどりんを誘った理由は清水君に奢ってもらうためよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「私としては一杯奢ってもらえれば、それで手打ちにしようと思うのだけど」
「みどりんは優しいね」
みどりん、いまどきそのニックネームで白河を呼ぶのは朱華くらいだろう。
白河から注文を受け、ドリンクを作る。ほとんどマニュアル化されているので店長が店前に出てくることは少ない。どうやらその間に朱華が昨日の放送で呼び出された話を説明しているようだ。女性陣側に理解者がいれば来週の平和な日々が少しだけ回復することに期待が持てる。
「ふぅん、それで枝ちーは居なかったのか」
「ちなみに枝ちーって誰でしょうか」
「枝ちーは枝ちーだよ」
いや、半分理解して聞いたのだが、国枝のことだろう。にしても名付けのセンスがひどいような気がする。最近はそういうものなのかと誤解してしまいそうだが。いや、誤解じゃないかもしれないのだが。
「でも枝ちーって月に一回くらいは体調不良で教室抜け出すよね。なにか病気なのかも、浮遊病かな」
「それを言うなら、夢遊病ね。睡眠時遊行症が正式名称」
「詳しいんだな」
「嗜んでますから」
「何をだ」
夢遊病を嗜む人なんていないだろう。そもそも夢を見ている状態なんだから嗜みも何もあったもんじゃない。
「そうそう、それそれ。でも意識ははっきりしているからちょっと違うかな」
「普通に歩いてるのか」
「そうね。清水君は同じクラスの人も分からないから仕方ないかもしれないけど」
割と白河もそこらへんは軽蔑しているらしい。そもそもクラス全員の顔と名前が分かるかと問い詰めたくなる。ただ僕が答えを持っていないので、正解かどうか判定できないので聞くことはないのだけど。
「私の勝手なイメージだけど、夢遊病ってゾンビみたいに歩きそうだよね」
「うん、○リオ○ートで池に落ちて、テ○サに釣られて移動しているみたいね」
「例え方が極小的すぎんだろ」
大体には伝わるだろうけど。ただ白河のゾンビ案の方が伝わりやすい気がする。
というかそれ、浮いてませんかね。
「でも、枝ちーもそうだけど、清水君もなんで屋上に居たの。立ち入り禁止だったよね」
「みどりん、清水君は友達いないからだよ」
「そっか、そっとしておいた方がいいこともあるよね」
既にたたき起こされているのですが。
「僕が友達がいないのは置いといて、国枝が何故昼休みに居たのだろう」
屋上の鍵は僕が持っていたし、非合法なことをしない限りは入れないはずだ。
「鍵を借りたんじゃない」
「さすがにそれはないと思うよ。立ち入り禁止だし、先生が簡単に貸すとは思えないけど」
だとするならば最初から鍵を複製して持っていたという線が強い気がする。人には言えないけれども僕もまた先輩から勝手に引き継いだものだから。ただ今回の件を受けて、さすがに鍵は変えられているだろう。
自殺者、とまではいかないまでも怪我人がでてきた以上、屋上への入り口は固くなっているだろう。
「うーん、私は屋上に上がったことないけど、何が楽しいの」
「何も楽しくないの。ただ友達が居ないことを知られたくないから、隠れているだけなの」
「おい、そっとしておく方針はどこにいった」
別に隠れているわけじゃないけど。
「話が逸れるのを覚悟で言わせてもらうけど、別にそっとしておいてくれるならどこでもいいわけであって。ただ放っておいてくれない人がいるから誰もいない場所に移動しているだけだ」
「みどりん、どう思う」
「私はノーコメントかなぁ」
「理解して頂こうとは思っていない」
別に誰かといるのが苦しいわけじゃないのだけども、でもだからと言って一人でいるのがまるだ悪であるかのように取り扱われるのが気に入らないだけだ。よく好きで一人でいるわけじゃないという台詞があるが、僕の場合は好きだから一人でいるのだ。
「要するに一人大好き人間ってわけだ。ナルシストだね」
「ナルシストなのかな、むしろ清水君ってネガティブ思考っぽいけど」
「いや、そういった自分に酔ってる可能性も」
「ネガティブナルシストってことかな。それはまた面倒な性格をしているね」
「話を戻そう」
「あ、戻すんだ」
話が脱線してしまったがために、約一名に大きな事故が起きてしまったが気にしないことにする。怪我をしたとしても痛みを認識しなければ、つまるところ痛くはない。当たり前の話なんだけど。ただ傷だらけで痛みを感じなくても、動けるかどうかはまた別の話であって。
「僕としては国枝に真実を詳らかに公開してもらって、無実を証明していただきたい」
「ま、最初の話に戻るわけだけど、もはや嘘か本当か判断できない状況なわけだ。なにを言っても信じてもらえないし、嘘も本当になるかもしれない」
「それは僕が突き飛ばしたとか、そういった発言がでるかもしれないってことか」
「そうね。ま、本当に清水君が突き飛ばしていないのならば、あややが嘘をつくメリットは数ミリもないのだけど」
一般的に考えれば、それは間違ったことではない。
「ただ朱華が言うようにもし僕を訴えろという電波が発信された場合は終わりなわけか」
「その電波が何ヘルツか分からないけど。でもその域を受信する可能性はあるわね」
「あるのか」
「数ミリは無いといったけど、数マイクロミリはあるわ」
確かに百の確率ではないわけだし、朱華の言っていることは正しい。心情的には肯定したくはないのだけど。
「ただもうこの議論は果てしなく不毛だな」
「そうだね。枝ちーを何とか蘇生するしかないんじゃないかなぁ」
何だろう、蘇生という言葉がはやっているのだろうか。だから死んでないといいたいのだけど。
「アレ○ズとかザオ○クとかバイキ○トとか覚えるしかないんじゃない」
「最後のは違うだろ。というか何でゲーム例えなの。縛りでもあるの」
覚えられるなら覚えて、国枝を復活させたい。いや、だから死んでないのでホイ○とかケア○だろ。二人に釣られて死んでいる判定してしまった。
「ただ言わせてもらうけど、清水君がどうあがこうともクラスでの評判は悪いから、あまりいい空気にはならないと思ってた方がいいよ」
それもこれも加藤さんの校内放送のせいなんだけど。いや、実際には僕の素行というか態度が周りから見ると悪いだけなんだろうけど。半分誤解で半分は自業自得な部分があるのは否めない。
「というか、そういった空気は清水君が一番理解していると思うけど」
「そうだねぇ、聞こえない振りをしているもんね」
「みどりん、空気は読むものだから、読めない振りをしているんだよ」
そこ訂正する必要ありますかね。
加藤さんにも言われたけど、気付かない振りをしているだけだ。もっとも気付いていても僕にできることは何もないのだけど。ただ滑稽にその場に立ち尽くすしかないのだ。
「んーと、これはフォローでもなんでもないんだけど、清水君って空気読めるんだから本気出せば友達なんて簡単にできると思うけど」
「みどりん、そこが本質ではないよ」
そう、白河の言っているように相手に合わせて友達の振りをするくらいなら僕にもできるかもしれない。でも僕が求めているのはそこではないのだ。ただ単純に僕というものを理解して放置してくれる人間が欲しいのだ。いや、欲しいといいつつも放置してほしいという矛盾した考えだけども。
ただ友達の振りをする―――なんていう奢った考え自体が自分が如何に最低な人間かを語っている。そしてその最低な人間ということを理由にして、一人でいることを正当化しようとしている。
「この話に本質があるかどうかは分からないけど、あと一か月後にはクラス替えなんだからあまり考えなくてもいいだろ」
「そのリセット論ってよく聞くけど、実際問題リセットされてないんじゃないかな。だって何人かは同じクラスのままで進級するんだし」
「みどりん、留年したらリセットだよ」
「そっかー」
「いや、留年しないから」
そもそも白河論を擁護するわけじゃないけど、完全リセットなんてできない。留年したとしてもどうしたって噂は残り続けるし、むしろ留年した方が注目度が上がって過ごしにくくなるだろう。
更に言うと一年経てば卒業なわけだし、このモノクロコンビとの付き合いも終了だ。もちろん僕も人間なので別れるということに一抹の寂しさは理解している。理解しなければ悲しむ振りもできない。
「モノクロコンビと話してると、もはやどうでもよくなってきたな」
正直なところ、クラスメイトからの評価は何となく把握はしているし、今回の事で多少心証が悪くなろうがあまり影響されないという予想を持っている。ただ単純に突き落としたという疑いが晴れてくれればそれで十分なのだ。
「よく言われる。モノクロコンビに相談すると悩みもどうでもよくなるって」
「そこは解決と言ってほしいところだけど」
「でも、それも一つの解決だと思うよ。実際どうでもよくなるってことは悩みがなくなるってことでしょ」
「果てしなくイコールに近い、ニアリーだな。それ」
その意見には同意したくはなる。興味がなくなるというのは、結局のところ放置と一緒なのだ。悩みの程度や種類にも左右されると思うけど、でも間違ってはいない。
「清水君だってそうでしょ。最終的にはどうでもいいって理由で片付けれる人間でしょ」
「そうだな」
「清水君、今のは否定して怒るとこだと思うけど」
白河のコメントには反応せずに僕は朱華の言葉の意味を考える。大方その意見には同意なんだけど、同意するには何だか消化しきれない思いがある。それが言葉にできれば楽なんだけど、なかなか文章で紡ぎだせない。
「でも、ちゃんとお片付けできる人間は私は好きよ」
「それは皮肉で言ってるだろ」
「半分はね。でも片付けできなくて聞き分けのない人を見るよりかは百倍マシよ」
朱華の言葉は不思議と実感が籠っている。
「でもあなたは片付け上手というよりも、片付けて綺麗な部屋を演出しているだけよ」
「朱華ちゃん、どういう意味」
「漫画とかでよくあるじゃない。可愛い女の子が遊びにくるから、押し入れに全部詰め込むってやつ」
「押し入れとか何気なしに開けると、大量に物が飛び出てくるやつだね」
「そうそれよ。清水君、あなたはたぶん分別できてないのよ。だからどんなものでも押入れに詰め込んじゃう、人間の感情ってのはブラックホールじゃないんだからいつか爆発するわよ」
「それは忠告なのか」
言葉の意味は分かる。だけどもそれは僕には響かない。いや、それも響かない振りをしているだけなのか。僕自身がそれを理解できていないのだろう。
「そうかもね。モノクロコンビ特製のどうでもよくなる相談室」
「それむしろ悪化させてねぇか」
「現状維持よ。他の人は押入れから掘り出してゴミとして捨させるけど、清水君は押入れが空かないから変わりはないわ」
それはうまい表現なんだろうか。他人がこの話を聞いた時にどこまで理解できるのだろうけど。
「朱華ちゃん、他人の悩みをゴミ扱いはひどくないかな」
「そうね。でも大体ゴミよ」
他人の悩みをゴミ呼ばわりできる朱華もまた、加藤さんと同じで最悪なまでに最低な人間なんだろう。いや、最低なまでに最悪か。
「それも、不燃ゴミね。ちっとも燃えないし、燃やすと身体に毒なことが多いわ」
「おあとがよろしいようで」
何もよろしくない。