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鬼は桃を喰らう  作者: 雨天
4/4

集会


 翌日、千鶴を学校に送り届けた僕は、彼女と同じように学舎へ入るのでは無く、踵を返しとある場所へと赴いていた。


 簡潔に纏めると昨日の報告会だ。


 殺風景な、時季外れとも言える紅葉が寂しく彩る山の中腹。空は枯れ果て、色味の無い、けれど多少濁りのある、何処か不安を掻き立てる様な、何とも言い難い姿をしている。


 そんな摩訶不思議な空間の中で、僕は頭を空っぽに歩いていた。思っていたより淳平たちの到着が遅れてしまったようなのだ。暇で暇で仕方がない。

 しかし、だからといってここら周辺に暇を潰せるようなものは存在しない。麓まで下りたとしてもその先が無いし、この山に川や滝なんていう洒落たものも無い。あるのは年中紅葉するしか能の無い木々に、死んでしまった空のみ。此処は地獄ですか。


 到着して三十分、そろそろ歩き疲れたなと思い始めた頃、僕のスマホに一件の電話が入った。淳平からだ。


「もしもしー。遅すぎるよー」

『ハハッ、ごめんごめん。もう到着したから、いつもの場所まで来てくれ』


 思わず安堵の声が漏れる。あと数十分遅かったら干物になっていたところだよ。ここに太陽は存在しないけど。


「りょーかい。今から向かいますー」

『おけー』


 耳元に当てていたスマホを再度ポケットにしまう。


 こんなことなら集合地周辺を散策していればよかった、と少しムッとなってしまったが、淳平たちを待たせてしまっては元も子もないと〝妖力〟を胞子状に身体周辺へを撒き散らした。そして、着火剤がてら指を一鳴らし――。




「お、来た来た」


 零コンマ数秒のタイムラグも無く、視界が切り替わった。特に背景に変わりは無いが、代わりに淳平たちが其処ら辺に散らばって待機している。

 真っ先に僕に気が付いた淳平は、腰掛けていた切り株から立ち上がり僕を見つめた。


「……最近おもうんだけどさ」

「ん? なんだよ」

「淳平って、やっぱりゲイなんじゃ――」

「どうしてそうなったっ!」


 言葉を遮った彼は素早く僕に迫り頭を叩いた。

 しかし、全く痛みの感じない攻撃にニヒルな笑みをお見舞いしてやり、地団駄を踏む淳平を置き去りに集合地中央に躍り出る。


「皆集合!」同時に手を鳴らす。「今日は忙しいところ集まってもらって悪いね。緊急で報告する事があってさ。それと皆の進捗確認」


 僕の合図に反応し、集まってくれたのは淳平を含め四人。平日だというのに全員集合はありがたい事だ。

 中には一人、学生では無く社会人も混じっているというのに。


 全員にお礼を言おうと口を開く。が、それよりも早く長い銀髪を束ねた女性――白雪命(しらゆきみこと)さんが声を発する。先程言っていた唯一の社会人だ。


「軽い内容は淳平から聞いている。犬に属する者を食ったとか」


 豊かに育った双丘の下に腕を組み、しかし、凛とした出で立ちで一歩前進した命さん。着ている服が身体にフィットするようなシャツのせいか、余計色っぽく見えてしまうのは男の性だろうか。

 極力感情を表出さず身体ごと彼女に向き直る。


「そう、その通り。今回僕が食べた少女の名前は尾形千佳さん。僕と淳平と同じ蘭学に通う一年生だ。罪状は僕の妹を虐めたことだよ」

「ほぉ、こらまた命知らずな奴じゃのう。それも入学して間もないじゃろうに」


 次に反応したのは酒井玉藻(さかいたまも)。真っ赤に染まったショートヘアーと口元から見え隠れする八重歯が特徴的な女の子だ。背が低く、よく小学生低学年と間違われるが、僕らと同じ高校二年生である。


「おチビちゃん、女たちの戦いに早いも糞も――ぶほぅおっ!」

「おっとすまん、足が滑ってしもうたわい」


 透かさず反応した淳平が玉藻に飛び蹴りをお見舞いされる。いつもの事だが、そろそろ懲りたらどうなのだろうか……それと、玉藻に関してはもう少しマシな嘘があったろうに。

 中々話の進まぬ状況に思わず頬が引き攣る。


「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

「おっおい! やめんか春一! 儂を持つでない!」

「じゃあ大人しくしてなさい」


 倒れた淳平の上で激しく足踏みをしていた玉藻の両脇に手を入れ、持ち上げた。それが相当恥ずかしかったのか、一気にシュンとなる彼女に顔が綻んでしまう。なんやかんや言って、玉藻は僕たちの中で和みの一つなのかもしれないな。


 何となくそのまま抱っこしたい欲に駆られた僕は、彼女を持ったまま先程淳平が座っていた切り株に腰を落とし、自身の腿に玉藻を下ろした。当然暴れるが、時間の問題だろう。


「それじゃ、仕切り直しね。多分、さっき言ったので分かったと思うけど、僕の食べた少女は犬の傘下、尾形家の孫娘だったみたいなんだ」

「ま、そうだろうな」


 命さんが頻りに首を振る。それに伴い胸も揺れる。


「けどよ、それがあの女の子っ、自分の意志で行動してたわけじゃなかったみたいなんだよ。なっ春!」

「口を開くなウジ虫が。ハエがうつる」


 また口煩くなるよな予感がし、瞬時に玉藻の両頬を右手で掴む。タコのように口を尖らせた玉藻は、眉を八の字に唇をピコピコと動かした。

 これで幾許かは大丈夫だろう。


 気を取り直して開口。


「淳平の言う通り、彼女は僕に殺されかける最期の瞬間まで自我が無い――というか操られていたんだよ。それも強力な呪術によって」


 ――呪術。簡単に説明すると精霊魔法のようなモノ。そこら中に生息する精霊の力を借り、それを承諾した精霊が発する呪文を同時に唱える事で非科学的な現象を巻き起こす特別な力の一つ。

 今回はその中でも最も生息個体の少ない精神干渉系の精霊を用いて、長期間催眠状態を保っていたようだ。恐らくその期間は――。


「約十年。彼女は自らの親に操られていたみたいだよ。皮肉な話だよね。最も信頼できる肉親が一番警戒すべき相手だったなんて」


 皆の顔に憤怒の色が色濃く表れる。それはそうだろう。彼女――尾形千佳さんは、人生の半分以上もあいつらの道具として生きてきた事になるのだから。


「恐らく、尾形家の目的は自らの家系の昇華と、それを可能にするだけの実績」

「なるほど。その結果、辿り着いた答えが――春ぴょんの抹殺という事か」

「……命さん、空気を壊さないでください」

「む? わ、悪い」


 次は貴女ですか命さん……。


 思わず溜息が零れる。

 真面目な空気をぶち壊した彼女は、顔をゆでだこのように赤くさせ身を縮こまらせるが、恐らく何故怒られたのか理解していない。その証拠に、頭上にハテナが大量に浮かんで見える。


 咳ばらいを一つ。


「ま、そういう事だよね。僕ら兄妹が世界で最後の――〝鬼人〟なんだから」


 瞳に熱が帯びる。


 ――〝鬼人〟。鬼は日本を代表する妖怪の一つとして有名であるが、鬼人は聴き慣れない事だろう。そもそも鬼と鬼人の違いは何なのか。大きく分けて二つある。


 一つが容姿。鬼というのはゴリラを彷彿とさせる鋼の筋肉に牛のような角、虎の毛皮で作られた腰巻をしているのが極々一般的に知られている鬼の姿だろう。

 それに間違いは無く、実際の鬼もそのような見た目をしている。しかし、これが鬼人になるとより人に近くなり、無駄な筋肉を削ぎ落し、顔から厳つさも抜けた、それこそ角を隠す認識阻害等を駆使すれば何一つ人間と判別がつかないような容姿になるのだ。

 それも、肉体強度や身体能力は鬼を数倍上回る。


 だが、個体数も限られており、現在までに十体しか討伐、目撃報告は上がっていない。その為、陰陽師や魔術師等の組合には僕らを殺せば多額の賞金に絶対的な地位を約束されおり、皆血眼で調査を行っていそうだ。

 因みに、過去の鬼人討伐に割いた人員は総勢三十名。相手は一人だというのに。


 そんなわけで、現代最後の鬼人である僕ら兄妹は常に陰陽師から狙われて生活しているわけだ。しかし、だからといって身バレはしておらず、今回千鶴がターゲットにされたのも身体から微量に出ていた妖力を感知されての事だった。


 ゆっくりと瞼を開閉させた僕は、玉藻の頬から右手を離し、彼女の太ももに組んだ両手を置く。


「という事だから、皆も気をつけてね。鬼人じゃなかろうと、全員希少種なんだから、いつ何が起こっても可笑しくない」


 一呼吸置き、玉藻の頭に顎を乗せる。


「それで、皆は怪我の具合とかどう?」


 膝元で玉藻が右手を上げた。


「儂は大切な瓢箪が壊れてしもうたわい。あれ高かったのじゃが……」

「自分の身体より酒器の心配かよっ。お前、背中バッサリいかれてたじゃねぇかよ!」

「なんじゃ、お前は一々儂に突っかからんと生きていけんのか?」

「は!? 心配してやってんのになんだよその物言いは!」

「ほぅ、珍しい事もあるもんじゃな。心配せずとも、あの程度の傷は既に治っておる」


 また始まった淳平と玉藻の言い争い。

 もう放っておこうと決め込んだ僕は、他の二人に視線を移した。淳平がこの間言っていたように、身体を欠損させられたのは命さんか? それとも――。


「俺、は。脚を、一本、持っ、ていか、れた。そんな、気が、する」


 奥で木に背を預けていた最後の一人、天久陽炎(あまひさかげろう)。彼は常に全身を黒いロングコートで隠している為、今迄一度も容姿を見たことが無い。そのせいもあり、彼が幾ら自発してくれようが全く確認が出来ない。


 因みにだが、一人称が〝俺〟なので男と思ってはいるが、唯一の情報源である声が中性的なせいで本当の性別は解らない。だが、背も僕より高いし男である可能性の方が高いだろう。


 地を滑るように寄って来た天久に軽く微笑み、口を開いた。


「天久がやられるなんて珍しい事もあるんだね。大丈夫?」

「う、ん。生えた、から、だいじょ、ぶい」


 天久はコートの中から同じく黒い手袋を嵌めた左手を出し、ブイサインを向けてくる。

 こういった少しお茶目というか、口調や見た目からは想像できない行動を偶にする天久だからこそ、未だに性別を断定できないでいるわけだ。基本こういった機会にしか会う事が無い為、殆ど推測も立てられないのが何とも歯痒い。


 それに口喧嘩を終えた玉藻がピースで返す。話聞いてたのか? まあいいか。


「じゃあ、結局今回も治りが遅いのは淳平だけか」

「まて春ぴょん。何故私には安否の確認が無いんだ!」


 今迄空気になっていた命さんが息を吹き返した。


「え? だって、命さん怪我なんかしないでしょ。僕は貴女に全幅の信頼を置いてるんだから」

「そ、そうか……」


 微笑んだ僕を見て白い肌を赤く染めた命さん。彼女はもじもじと手を遊ばせ、僕と距離を取るように一歩後退した。

 千鶴にも言える事だが、肌が白い人は感情が揺れる事で直ぐに顔に出てしまうのが結構しんどそうだな。


 それにもう一度微笑み、咳払いで注意を集める。そろそろお開きにもしたいしね。


「それじゃ、最後の確認。今回僕を除いた皆が相手にした犬の傘下、名前は分かる?」


 僕の声に淳平が反応する。彼は思い出すように視線を上に向け、腕を組んだ。


「えーっとな、確か影宮だった……かな?」

「ほ? 影宮とな? その割には手応えが無かったように思うのじゃが」

「たし、かに。寝こ、みを襲わ、れなかった、ら、あんな、ことには」

「気が弛んでるのではないか? 天久君」


 皆が一斉に反応する。


 影宮とは、表の陰陽師達から汚い仕事やあらゆる事から手を出しにくい仕事を代わりに請け負う、言わば暗部のような裏組織の筆頭家であり、その道に携わる者なら誰もが知る有名な家系だ。

 しかし、だからこそ僕らのような希少種族を相手取るような、大きな仕事には過去一度も関わったことが無く、それが何処か暗黙の了解のように周知されていた筈なのだ。


 疑問に思ったのも当然と言えば当然である。


「影宮かー、また面倒な相手が出て来たね。これキリにしてくれると嬉しいんだけど」

「ま、大丈夫じゃろう。今回の一件で奴らは大打撃を受けた筈じゃて、次に手を出すにしても三カ月以上先の話じゃろうな」


 僕の膝元で足をプラプラさせる玉藻が、上目遣いに僕を見上げそう言う。確かに、普通の人間だった場合、骨折程度でも二、三週間の安静が必要と言うし。玉藻たちがどれだけ反撃したのかは置いておいても、普通に死傷者は数名出ているだろう。

 考えを止めた僕は、お礼と言って玉藻の頭を撫でてやり、皆に向けて再度口を開く。


「今回の報告会も終わった事だし、今日はこれでお開きにするよー」


 それに反応した皆はそれぞれ返答を返してくれる。今回は結構時間を食ってしまったが、それでも一時間で結構貴重な情報共有が出来た。これで今後どうなるかは解らない。しかし、確実に今後に響いてくるだろう。


 僕がそう思考を巡らせている間にも、皆が一言掛け各々の場所へと戻っていく。最後に残ったのは僕と淳平の二人。なんか、太ももが寂しい。


「じゃ、俺らも学校に戻りますか」

「それなら別々に戻ろうね。変な噂が立ちかねない」

「マジでこの件いつまで続くんだろ……」




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