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鬼は桃を喰らう  作者: 雨天
3/4

鬼はお好き?


 昔々、あるところに桃太郎と呼ばれる勇敢な少年が居ました。

 彼は捨て子だった自分を育ててくれた老夫婦を心の底から敬愛し、得体の知れない自身を受け入れてくれた村の人々も同じように愛していました。


 桃太郎が成人の議を迎える数週間前、彼の元にボロ雑巾のように姿を変えた仲の良い女の子が訪れました。

 彼女は桃太郎が幼い頃からずっと一緒だった、所謂(いわゆる)幼馴染というやつです。

 慌てた桃太郎は何があったのかを尋ねました。彼女は『鬼が、鬼が来た』そう小さく呟き、桃太郎の腕の中で深い眠りに着きました。


 〝鬼〟。そう呼ばれる彼らは、桃太郎の住む村から数十里程離れた小さな離れ島に生息されていると言われていた幻の(あやかし)。噂では時々耳にしていましたが、桃太郎の身の回りで被害を受けたのはこれが初めてでした。


 怒り狂った桃太郎は、動物の異名を持つ侍三人を引き連れ鬼の住む島――鬼が島に殴り込みに行きました。


 結果は圧勝。鬼を退治した桃太郎たちは、沢山の人々から褒め称えられ英雄と祭り上げられました。



 そんなある日、桃太郎の元に一人の美しい女性が現れました。


 雪のように白い肌、それと対照的に夜闇を彷彿とさせる絹のような髪、日の本では珍しい真っ赤な瞳。彼女は自らを――。



   ***



 土の香りがする。これは敏感になった僕の嗅覚には少し、いや大きな問題である。

 大地を感じさせる、心安らぐ森の中なら話が変わってくる。が、ここは少々癖が強い。


 僕――僕()を覆い隠す土のドーム。それらに視線を這わせ、足元から響く呻き声に思わず口角が上がる。


 やはり、この瞬間というのは快楽が勝ってしまう。というのも、様々な条件が重なり、尚且つ僕自身の気持ちが高揚した時のみ得られるものであって、そう簡単に再現できる感覚ではない。悔しいものだ。


 何となく現実を突きつけられたような気がして眉が下がった。だが、下の音が厚くなるにつれて徐々に元に戻る。あ、力入れ過ぎてたかな。

 僕は這わせていた視線を足元に降ろした。


「気持ちい? 気持ちいよね? もうその歳だし、こういった快感は既に身体に染み込んでいる筈だけど」

「――ッ! ――――ッッ!!」

「ハハハ、あまりの快楽に声も出ないって? 全く、可愛いじゃないか」


 潰れた喉は声を発せられない。それなのに死んだ喉笛を懸命に震わそうなど、死期を早めるだけだと思うけどな。

 僕はそんな、愛おしくもおバカな少女――尾形さんをまじまじと見つめるため、足腰を畳んで行く。


「――――――ッ!」

「うん、可愛いよ。そう喘いでくれると、僕も気持ちが良くなってしまう。こういう時は何て言えばいいのかな? いい具合だね? 気持ちいいよ? それとも――逝く?」


 彼女の喘ぎがより一層深まった。達してくれたみたいだね。


 にんまりと笑みが張り付いて剥がれないが、そんな僕を見つめる尾形さんは瞳から大粒の涙を溢して喜んでくれる。恐らく、こういうのを相思相愛というのだろうね。

 内心妹に謝りつつ、僕は彼女の瞳から落ちた雫を掬い取った。うん、甘い。甘過ぎる。


「君は良い。今迄経験した中でも特に良い。誰仕込みなのかなー。お兄さん気になって仕方がないよ」


 舐めた自らの人差し指を彼女の口に突き刺し、それに彼女の香りを染み込ませるようにゆっくりと、ねっとりと、より濃厚なモノになるよう掻き混ぜる。


 時折(えず)く彼女の顔は徐々に赤みを帯び、(なま)めかしく、年齢にそぐわない色味に変化していく。息が荒い、風が漏れる。

 何かを期待するように僕を見つめる彼女の瞳には――。


「フフフッ」

「――? ――ッ! ――ッ――――ッ!」


 おっ、察しの良い事で。彼女の感情に恐怖が消えかけた今、それが再発したように瞳が影に染まった。何も、僕は指二本で君の舌を摘まんだだけだというのに。だが、君の予想は的中かな?


 僕は柔らく肉厚なそれを、気持ち一杯引き抜いた(・・・・・)


「ゴボッ――ゴボゴボッ――!!」


 尾形さんの口から溢れた聖なる(つゆ)。通常より粘度を増したそれは、何故か明かりの灯った土の中で(きら)びやかに輝いている。


 突然だが、よく映画とかで舌を噛み切ったり、引っこ抜いたりすると人が直ぐに死んでしまう、と表現されているが、それは少し間違い。死んでしまうに時間がかかってしまう。舌を噛み切っただけで簡単に死ねるほど人の身体は軟じゃない。


 彼らの死因は単純に出血多量か――窒息だ。


 そう考えを巡らせていただけで、尾形さんは今にも溺れてしまいそう。

 気が付いた僕は虚ろな瞳の彼女の顔を両手で挟み、露の溢れる唇に自らの唇を宛がった。



 数秒の沈黙。



「――ごちそうさま」


 糸を引く僕らの口元。彼女の瞳には何処か哀愁(あいしゅう)が漂っているようにも感じる。その理由を探るのは野暮ってものだろう。流石の僕もそれくらいは心得ている。


 ぬらりと濡れた上唇を舐め取り、力の抜けた尾形さんを抱き締めた。そう、絞めるのだ。

 光の失われた瞳に、徐々に黒い何かが見え始める。


「――……――――……」


 彼女が何と言っているのかは全く分らない。だが、その中に僕に対する愛が含まれているのは感じ取ることが出来た。深い深い、マリアナ海溝すらも突き抜けた思慕(しぼ)の念を。


「ありがとう、尾形さん。君は僕らの恩人だよ」


 そっと微笑んだ僕は、君の瞳にどう映っているのかな。仏かな? 神様かな? それとも――。

 



 肉片の付着した指先をゆっくりと舐る。そうすることで彼女の事を更に理解できるような気がしたから。

 明かりの灯る土で出来たドーム。その中に佇む僕は、濃密に凝縮された彼女の香りを鼻腔に転がし余韻(よいん)に浸る。


 大切な情報は手に入れられた。悪いのは僕でも彼女でも無かった。彼女は知らず知らずのうちに染まってしまったのだ。彼女には申し訳ない事をしたとも感じるが、それでも彼女は罪を犯した。裁かれて当然だろう。


 足元に芽生えた小さな緑に「こんにちは」と挨拶を送った僕は、それから数十分、彼女に包まれ続けた。



  ***



「お疲れ様っ」


 土が崩れ、元に戻った山肌を何気なしに眺めていると、背後から聞き慣れた声が耳に入る。

 予期していたタイミングで訪れたそれに、僕は振り返らず、声の主――淳平に返答を返した。


「あぁ。今回はサクッといったよ」


 後味はイマイチだったが。そう続けようとして、声を飲んだ。こういう事には淳平の方が僕よりストイックな為、あまりいい思いはしないだろう、そう考えての配慮だ。


「そうか。収穫は――あったみたいだな」


 振り返った僕の表情で察した淳平は、いつも通りニシシと笑い数メートル空いた僕との距離を詰めた。


「それにしても、今回のは殺さなくても良かった気がするけどなー」

「なんで? 僕の妹を傷つけたんだよ?」


 唐突によく理解できぬことを呟いた淳平に押し迫る。こいつはとうとう脳髄までやられてしまったのか。可哀そうに。


「近い近いっ! 違うんだよ! なんかさ、どうにかこうにかしてスパイ的な~」

「なるほど、新しい傀儡(くぐつ)が欲しかったってわけね。はいはい」

「いや! ちげーから! そんな卑猥(ひわい)な事考えてねーよ!」

「はい自爆お疲れ様。僕一言も卑猥なんて言ってませんけど」

「あ、やべ」


 淳平の顔が青く染まる。

 何かサディスティックな感情が芽生えた僕は、そんな淳平の脇腹を突きながらにやけ顔で弄り倒した。ここぞとばかりに。



 たった今人の命が消えたこの場所で繰り広げられる日常風景。それはいつもの事であり、あまり気に留める必要も無いほどどうでも良い事だ。

 しかし、何故か今回だけはそれを疑問に思い、仮に僕が普通の人間だった場合、殺人現場で殺人犯とその友人が親し気に談笑を繰り広げるのを目前にして平静でいられるのか、などという可笑しなことが脳裏を(よぎ)った。


 土を掘り返せばまだ彼女の血液は採取できるし、僕の口内には依然彼女の香りが残っている。普通に考えれば卒倒ものなのだろうか。

 しかし、幾らそれらに思考を巡らせようと、僕には答えを出す事が出来なかった。何故なら僕――いや、僕らは人ではない(・・・・・)から。


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