死んだ歌姫
黒と白に彩られた殺風景な部屋に、その男はいた。
その顔は美貌であるという印象しかなかった。
殺人事件というショッキングな話題にも、張り付いたような笑みは崩れることもなかった。
「そうですか、彼女が」
この国で最も有名といわれる人気歌手が刺殺死体で発見された。その知らせは当時始まったばかりの新聞で大々的に発表され、各新聞社はその事件の後追いをするだけで記録的な販売数を達成した。
この一軒が新聞をこの国に定着させる一助となったわけだがそれは閑話休題というものだろう。
イレーヌは彼が見出した歌手だったはずだ、しかし彼は驚くでも嘆くでもなくただそうかとだけ答えた。
「イレーヌの交友関係などは」
「彼女とは全く仕事以外で話したことはありませんね」
興味もなさそうに彼は言った。あくまで仕事の上だけの関係だと言い放つ。
「貴方がイレーヌをデビューにまで導いたんでしょう」
「彼女は素材として面白かっただけですよ、ですが、それ以上の気持ちはありません」
なんだか生きた人間と話しているような気がしなかった。
終始穏やかな笑みを浮かべているその顔を見ても違和感で眩暈がした。
不意に背後で何かが落ちるような音がした。
そして小さく開いた扉の隙間から見える緑色の目。
「何をしている」
不意に笑みが消えた。扉を開けると、そこにいた小さな子供をつまみ上げる。
そして自動人形にその子供、おそらく着ている服からして女の子だろうけれど、を引き渡した。
「あ、さっきの子供は?」
「娘です」
その言葉にしばし呆けた。
目の前の男と娘という単語が結びつかなかった。
「結婚なさっていたんですか?」
この男が家庭を持っていた、それが衝撃だ。
「妻はいません、娘だけです」
死別したのか、それとも離婚したのか、おそらく死別だろう。まともな女ならこの男のところに子供を置いてなんか行かない。
「では、心当たりはないということで」
その時は、そのまま辞した。
イレーヌは、降ってわいた出世劇にのぼせ上り、いろいろと問題行動が多かったという噂は聞いていた。
調査すればそれは紛れもなく真実で、稼いだ巨額の金は、様々な馬鹿なことに費やされていた。
彼女は、おそらく今殺されなくても、遠からず自滅していただろう。そんな予感すら感じさせる彼女の行動だった。
生来の欠点のせいで、鳴かず飛ばずだった歌手が、いきなりその欠点を解消され、巨万の富をいきなり渡されたら、そう考えれば、歌手としての技量はともかくイレーヌは平凡な人間だったのだろう。
廊下を歩いていたら、さっきの自動人形を振り払った子供が廊下を走っていた。
あの子はどう育つのだろう。
思わず不憫なものを見る目で見てしまった。