二重映し
女が死んでいた。
取り立てて豪華でもなければ質素でもない、特徴というものがない部屋の真ん中で。
長い髪を床に散らばらせ、両手は力なく広がっている。
頭から流れる血が、髪と床をゆっくりと染めていく。
虚ろな瞳は何も移さない、
その表情はただない、のっぺりとした無を宿した顔。
棚に飾っていた小さな飾り物が、女の傍らに散らばっている。
あるものは砕け、あるものはそのままに。
その顔は恐怖も悲哀も表現しない。ただ虚無。
警察官と呪具屋が、向かい合っていた。
「貴方の顧客ですね、アリアン・テッド」
そう言ってマディソンは小さなペンダントを差し出した。
ペンダントヘッドは翼を広げた鷹。それも漆黒に塗られて通常より大きな丸い目をしている。
それは闇夜鷹をかたどったペンダント、それはこの呪具屋の顧客すべてに渡されているものだ。
呪具屋は小さく頷いた。
「他殺死体で発見されました、明日の新聞に載るでしょう」
呪具屋は自らのあごに人差し指を当てる。
「確かに,アリアンは私の顧客ですが、どうして私が容疑者になるのでしょう」
「確実な無実が決定するまでは、誰もが容疑者なのですよ」
マディソンがそう言った。
「いつ発見されたのです」
「昨日の夕方ですね、通いの掃除婦が発見しました」
「すべての容疑者の元を訪れるまで、新聞を差し止めたわけだ」
「まず、アリバイをお聞きしても?」
アリバイとは転生者がもたらした犯罪用語だ、犯罪があったとき、犯罪をおこせる状態ではなかったという証拠を示せという問いかけだ。
「わかりました、遺体が発見されたのが昨日ということは、おとといから昨日までので構いませんか?」
「十分です」
二日前には確実にアリアンは生きていたということをマディソンは請け負った。
呪具屋は両手で自分の顔を覆った。
顎のあたりでかちりと音がする。
手をはずした時、その顔は変わっていた。
先程見た、小物屋の女主人の顔に若いほうの警察官が思わず息をのむ。
「なるほど、私と会って、店の通路を開いたんですね」
「見えにくくする術がかけられていただけですよ、防犯上必要ですので、道具や原材料には結構高価なものもございますので」
そう言って呪具屋は長い髪を払う。
「実はあの店とつながっているんですよ、まっすぐに歩いたつもりでも実は輪を描いて、あの店の裏にたどり着いただけなんです」
そう言って、自分の背中を指さした。さっきの小物屋はあちらにあるらしい。
「では、取り調べに応じましょうか、本名フェアリス・バナディース、ラウラ歴1957年5月6日誕生、父はルウドルフ・ウエイス、母はミリセント・ウエイス。3年前に結婚、夫はジョリアス・バナディース、子供なし」
つらつらと自分の経歴を並べていく。
「昨日と一昨日はずっと店に居りました、表の小物屋ですが、定期的に覗いてらっしゃるお嬢さんなどおりますので、それでアリバイは保証されると思われますが」
「夜間は?」
「夫がおりました、もしかして夫の証言はあてにならないのでしょうか、ですが、アリアンの家まで行くには馬車を使わなければならないので、その場合ご近所に気付かれず外出するのは難しいかと」
闇夜鷹ことフェアリスの言い分はそれなりに筋が通っている。
「では一応ご近所に聞き込みをさせていただきます、それによって何らかの不都合が生じたら署のほうに」
「かしこまりました」
悪戯っぽく笑いながら手の中のものを見せた。
先ほどまで顔であったものがある。
それは硬質な材料でできた仮面に見えた。しかし、生きているかのようにリアルだ。
「それと同じものをアリアン・テッドに渡したんですな」
さきほどまでの闇夜鷹の顔の仮面。無表情に見えたが、確かにしゃべるとき口が動いていたのが見えた。
「そういえば、お聞きしていいでしょうか、新聞にはどちらが死んだと知らせるのですか?」