来訪者
何度も何度も閑静な住宅街の中同じところをぐるぐる回っている男達がいる。
職業はあり得ないことに警察官だ。
一人はがっちりとした壮年の男性、もう一人まだ若い髪をこれ以上は切れないほど短く刈りこんだ、細身の男性だった。
「おかしいな、確かこの辺りにあったはずなんだが」
壮年の男性が首をかしげる、同じく若いほうも手の中のメモを手に、番地の記されたは標識を見比べ首をかしげている。
「おかしいな、引っ越したわけじゃないよな」
「それはないはずなんですが」
そして、何度も通り過ぎた、この辺りでたった一軒しかない店を横目で見る。
それは女性が使うような小物を売っている店だ。薄緑色に塗られた壁の中硝子戸の向こうには精緻な飾り物がいくつも見える。
ちょっと目にしたぐらいでも随分と手の込んだ細工ものだ。
「あそこで聞くしかないか」
警察としても人に道を聞くのはメンツにかかわることなのだがと、何度も入ろうとするのをためらったのだが。
硝子戸を開けて中に入ると、店の奥に若い女が座っていた。
緩やかにまいた栗色の髪を後ろに流し、緑色の目が予期せぬ来客に大きく見開かれる。
「どうなさいました」
なかなかに美しいその女性は、どうやらこの店の店主らしい。
そう判断したのは、他に従業員の姿が見えないからだが。
「呪具屋闇夜鷹をご存知ですか」
言われて、その女性はにっこりと笑う。
「あちらに、そこに向かう道がありますよ」
そう言って扉から身を乗り出し、何度も歩いたはずの道を指さした。
そっちは何回も行ったと喉元までせりあがった言葉を飲み込んで、一応礼を言ってその店を後にした。
不信感を覚えながら、再び何度も通ったはずの道を進むと、見覚えのない脇道があった。
こんもりとした木々の隙間に、明らかに人の通る道がある。
何度も通ったはずなのに、全く気が付かなかった。
「あの」
若いほうがおびえた顔をして後ずさる。
「行ってみよう」
壮年のほうがすたすたと歩いていく、その後を及び腰で若いほうが進む。
「空間を歪めてあるな」
力のある呪具屋であれば、空間すら歪ませることもできる。
そのための術式は自力で開発する。
地図上ではありえない小道を進めば、闇色に塗られた建物が見えた。
壁も扉も窓枠もすべてが漆黒に塗られた真黒な家。どうしてこんな異様な家に気付かなかったのか不思議ですらある。
艶消しの黒の扉を開ければ、仮面をつけた人形が一礼する。
腕の球体関節がむき出しなのですぐ人形だとわかったが、きっちり服を着つけていれば人間と見まごうばかりにその動きはスムーズだった。
人形に先導されて、主の住処に向かう。
建物の中はさすがに真っ黒に塗られていなかった。白壁に黒い柱や筋交いが走っている。
建物の中心にあると思われる応接間に入ると、すでに主はそこに立っていた。
中肉中背ほどの身体つきで全身を黒いケープですっぽりと覆い、目深にかぶったケープの下から無表情な顔がのぞいている。
それはとても奇妙な顔だった。
整っているうちには入るだろうに、若いとも年を取っているとも取れず、男とも女とも取れない。
それが口を開く。
「御用件は何でしょう」
壮年の男は身分証明書を出した。
「私は、マディソンと申します、身分は刑事部長。あなたをアリアン・テッド殺害の容疑で取り調べさせていただきます。
主の表情は変わらなかった。しかし次の言葉は出てこない。沈黙はしばらく続いた。
これからよろしくお願いします。