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忘れたころに思い出す

作者: 藤園未来

 人はいつだって罪悪感や後悔して生きている。そしてそれをこうして今日も積み重ねている。


「今日、道路で書類らしきものを大量に落としていた人がいたんだ。助けようかな、どうしようかな、みんなみてるな、そう思ってたら、ほかの同い年くらいの子が手伝ってたんだ。既に」


 そういって目の前の男性が入れてくれた珈琲を飲む。齢80は行くだろうというその男性は、自分にとって人生の先輩であり、こうして積み重なった罪悪感や後悔を懺悔しても許される人だ。男性は今も相槌を打つことはなく、カップを拭いたり他の客の珈琲を入れたりしている。本当は今の自分の行動もこの人にとっては邪魔なのかもしれない。本当はやめてほしいのかもしれない。何度もそう思った。だけどそう思うとまるで読んでいるかのようにその男性は「いいんですよ」と許してくれるのだ。その言葉だけでどれだけ自分が救われているか、男性はわかっているのだろうか。


「それを見たときにね、きっとこの子は周りとか気にせず、善意でその人を助けたんだろうなって。なんだかツラくなっちゃいました」


「人の社会で生きているのです。そういうこともございますでしょう」


 言葉がほしい時に、ピンポイントで声をかけてくれる。珈琲は飲むたびに味が違うが、それがこの男性のすごい所で、いつ飲んでも、その時にいいなと思える苦さで出てくる。

 店にはお客が自分含めて三人。全員が顔見知りだ。だからこそ、こうやって話すことが出来るわけだけど。その三人がそれぞれ何か言いたいことを秘めている。そのすべてが、罪悪感や後悔なのだ。時折数年前の話が出たりするが、それもこの罪悪感や後悔のすごい所で、忘れたと思っていたのに、ふとした拍子に表に出てくる。ずっとずっと記憶の奥底で眠って待っているのだ。


「あと、あと、これは数日前になるんだけど、電車で御爺さんがいっぱい荷物もって立ってたんだ。偶然目があって、あ、譲らなきゃって思って、声かけたんだけど、大丈夫ですって言われちゃって、挙句席探ししているのかどこか行ってしまったんだ。もしかして悪いことをしてしまったのかな、彼には。話しかけなければ、彼はあんなに歩き回らなくてすんだのかな」


「いいえ、とてもいいことをしました。ですかその方にとってはもしかするとその問いは重荷だったのかもしれませんね。しかし人の心というものは目に見えません。ですから、些細であれど、そういった行為が大切なのです」


 この店では曲を流さない。だからこの空間には、客と店主の声と、珈琲の作られる音、食器同士の当たるだけが響く。店主の言葉は自分たち客からしたらキリスト教の神父様の「お許し」であり、仏教の僧侶の「お言葉」である。どこまでも自分たちを許し、言葉をくれる。この人は、なんてすばらしい人なんだろう。

 男性が珈琲のお替りでついでくれた。そういえばと自分の手を見ると、そこには既に空になったカップだけが残っていた。


「そういうものです。人はそうして最終的に、何かにすがって生きるしかないのです。それがどんなものであっても、それが人がこの社会で生きていくには必要なことなのです。ですから私は、皆さまの縋りどころであろうと思ったのです」


 そういって男性が自分に微笑みかけてきた。ああ、なんてことだ。やはりこの人は心が見えているに違いない。

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